経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

出井伸之氏に聞く「日本のベンチャーが目指すべき道」

新型コロナ禍で多くの経済活動がストップしてしまったが、そんな中でも志を高く持つ起業家が続々と誕生している。経済界が主催するベンチャーアワード「金の卵発掘プロジェクト2021」で審査員を務める出井伸之氏に、日本のベンチャー企業が今後目指すべき方向性について聞いた。(聞き手・文=吉田浩)

出井伸之氏プロフィール

出井伸之
(いでい・のぶゆき)1937年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。ソニーに入社後、欧州で海外事業に従事。オーディオ、コンピュータ、VTR等の事業本部の責任者を歴任。95年社長就任。2005年会長兼グループCEO退任。06年クオンタムリープ株式会社設立。同社の代表取締役会長、ファウンダーとして大企業変革支援やベンチャー企業の育成支援活動を行う。

ベンチャー経営者にアジアとの関係や歴史を学んでほしい

―― 出井さんはスタートアップの創出とベンチャーと大企業の連携を目的とした「アドベンチャービレッジ」というコンセプトを2年前に発表されていますが、最近の状況はいかがですか?

出井 日本が再び春を迎えるためには、ベンチャーがもっと冒険心をもつこと、冒険心を持ったベンチャーと大企業が連携することが必須であるという考えのもと、ベンチャーへのサポートや、ベンチャーとの大企業の橋渡しをスタート時点から行っている。加えて、今年からベンチャーと大企業の30~40代のメンバーを集めて、「アドベンチャーフォーラム」という勉強会をスタートさせた。スピーカーには主に日本の現状、とアジアとの関係や様々なビジネスの変化などについて話してもらい、メンバーに勉強してもらっている。

―― なぜアジアなのか?

出井 インドと中国を含むアジア全域のGDPは、2050年には世界の50%程度を占めるようになると予測されている。今は依然として欧米に視点が向いているが、これからはもっとアジアに向けていかなければいけない。現状、日本ではアジアとの関係性やその歴史を正確に教えていないし、書店にもアジアの歴史に関連する本はほとんど置かれていない。アジアと日本の関係を歴史的に学ぶ必要がある。

技術的にはたとえば、次世代の半導体に関して日本企業は優れた特許を保有しているので、そうした部分でアジアに貢献できる。日本の製造業が長年蓄えたナレッジをアジアに移転する一方で、向こうからも学んでインターネットによる新しいビジネスを創出するといった取り組みをしなければならない。ベンチャーにチャンスがあるとすれば成長がすさまじいアジアを見ることだ。これが日本の取るべき海外戦略だと考えている。

一方で、国内戦略としては地方創生へのベンチャーの貢献だ。世界中を見ても、東京が全体をコントロールしているような国は日本以外にはない。日本人よりむしろ外国人のほうが地方の良さを見ていて、その魅力を知っていたりする。地方は東京の下請けではなく、その地方特有のもっと価値あるものを作っていけるはずだ。

―― 技術や事業の領域で最も注目しているのは?

出井 一番注目しているのはブロックチェーンに関わる分野だ。ただ、日本では政策的に何も決まらないから世界からどんどん取り残されている。たとえばDigital Entertainment Assetというエンターテインメント分野に特化したブロックチェーン事業を手掛ける企業があるが、日本では事業展開ができないから本拠地をシンガポールに移してしまった。日本の役人は保守的で、2018年に起きたコインチェックのハッキング事件などを契機に、ブロックチェーンに関わることをやめてしまった。しかし、今後の経済成長を考えると、いったいどこを見て政策を作っているのかと言いたい。

―― 日本から世界を席巻できるベンチャーは生まれるか。

出井 今、繁栄を謳歌しているのはGAFAや中国のバイドゥ、テンセントなどだが、なぜアメリカと中国から世界的な企業が誕生して、日本からは出なかったのか。それは政策の問題もあるだろうし、人口や言語の問題もあるだろう。日本はどれも中途半端だったうえに、製造業に重きを置き過ぎた。

でも、私がソニーにいた頃は検索エンジンなどの技術で日本も素晴らしいものを持っていた。今はキャッシュレスのプラットフォームを何十種類も生み出しているし、決して日本人はプラットフォーム創造を苦手とするわけではない。言語の問題はあるものの、アジア全体を視野に入れれば、今後はプラットフォーマーとしてやっていける可能性はある。

ベンチャーが活躍するためには政策面での環境整備が必要

―― 今後、ベンチャーが活躍できる環境を作るために政策面で必要なことは?

出井 本来は日本のように出遅れた国は、コロナ禍を生かして追いついていかなければならなかったが、とにかく規制が多すぎる。デジタル庁は設立されたが、何をやっているかよく分からない部分がある。若く、デジタルを理解しているグローバル人材をもっと抜擢していく必要があるだろう。

官庁による縦割り行政も弊害となっている。ソニーの時もテレビに関することは総務省、ITは経済産業省と管轄が全く違うので非常に苦労した。そんな状態でデジタル庁を作っても意味がない。

日本では認められていないが、アメリカでは企業がIPOしやすくするためにSPAC(特別買収目的会社:未公開株の買収を目的とし、上場後に株式市場から資金調達する会社)が注目されている。そういう点でも遅れているし、ベンチャーにもあれやっちゃいけない、これやっちゃいけない、ということが多い。政治家にも経営的なことが分かっている人材がいない。その点で、ベンチャーは可哀そうな状態にあるとも言える。

海外と国内の地方に目を向けて二重戦略を

―― 資金調達に関しては、日本でも徐々にエンジェル投資家などが増えているようだが。

出井 アメリカなどとは規模が全く違うし、銀行も土地などの担保がないベンチャーを十分支援できない。日本市場を主眼に置いたベンチャーは成長に限界があるので海外展開を視野に入れる必要があるが、会社の規模が拡大すると本当に資金がいるし、資金がなければ成長を維持できない。ソニーは日本に頼らない方針だったから成長することができた。私が入社した時と辞めた時ではでは売上高が1千倍にもなっていたが、それはグローバルに市場を求めなければ不可能だった。

―― 厳しい環境ではあるが、最後に起業家たちに向けてメッセージを。

出井 繰り返しになるが、海外への戦略はアジアに目を向けてビジネスを展開すること。そして、国内へは地方に目を向けた戦略をとること、海外と国内は異なる二重戦略を取ることで、日本は生き延びていけると思っている。

ソニーでは、20年前に私が思い描いた理想がようやく花開いているようだ。しかし時代のスピード感はどんどん早まっているので、これからは、5年程度で理想を現実にする姿勢が求められるだろう。 “The Future is faster than you think!(未来は思ったよりも早く訪れる)”が、私の好きな言葉だ。