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政治も経済も統制強化で暗澹たる中国情勢―石 平

中国共産党は2021年11月の中央委員会第6回全体会議で、習近平国家主席を毛沢東、鄧小平を継ぐ指導者とする「歴史決議」を採択した。作家で中国問題評論家の石平氏は、習主席は、盤石な体制を背景にこれまで以上に社会・経済への介入を強めるだろうと警戒する。22年以降の中国について語ってもらった。(『経済界』2022年2月号より加筆・転載)

石 平(作家・中国問題評論家)プロフィール

(せき・へい)1962年中国四川省成都生まれ。北京大学哲学部卒。88年に来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程を修了し民間研究機関に勤務。2000年代に入ってから評論活動に入り、日中関係・中国問題などを論じている。07年日本国籍を取得。

台湾併合に向け動き出す習近平

―― 2022年秋の党大会で、習近平国家主席の3期目が濃厚です。

 習近平の3期目入りは、ほぼ既定路線です。秋の党大会では人事で注目すべき点が2つあります。

 まず、習近平が後継者を誰にするかです。もし3期目の満了後は若い世代に引き継ぐと考えているのであれば、後継者候補を政治局常務委員など主要なポストに就かせるはずです。逆にそうした動きが見られなければ、3期では満足せず、その先も習近平自身が指導者であり続けるという意思表示と見てよいでしょう。

 2つ目は、習近平に敵対する人物の処遇です。習近平には、政治的な立場の違いから実権を握らせたくない人物が2人います。1人は首相の李克強。もう1人は改革開放路線の汪洋です。この2人を排除することができれば、習近平体制を内部から批判できる勢力はいなくなります。

 盤石の布陣が整った習近平は、台湾併合への動きを強めるでしょう。党大会後に「祖国統一」を打ち出し、23年にはいよいよ併合に動き出す可能性が高い。国際社会からの批判は避けられないですが、もはやお構いなしで居直り状態です。さすがにアメリカと戦争するのは中国にとっても危険ですから、出方を伺いながらアメリカが動けないように進めるでしょう。

 台湾併合は、習近平にとって毛沢東や鄧小平と並んで歴史的な指導者となるための重要な業績であり、何としても実現したいわけです。

 22年の日中関係について特に憂慮していることがあります。中国は、日米豪印の安全保障のための国際的な枠組みであるクワッド(QUAD)や、豪英米の軍事同盟であるオーカス(AUKUS)によって包囲され孤立しています。この状況を打破するために、対日外交を利用する懸念があります。

天安門事件後の日中外交の失敗

 日本では、21年秋に岸田文雄政権が発足しました。岸田氏といえば、自民党内の派閥、宏池会の会長です。「国際社会で孤立する中国」、「宏池会の首相」と聞けば、30年ほど昔の記憶がよみがえります。

 1989年に天安門事件が起き、中国は西側諸国から経済制裁を受けることになりました。孤立した中国政府が頼ったのは、91年に発足した宏池会の宮沢喜一内閣です。宮沢首相は、中国政府の働きかけに応じ、先進国の中で率先して経済制裁を解除しました。

 2021年11月には中国の王毅外相が岸田政権の林芳正外相と電話会談を行い、中国訪問を要請しています。林外相は、外相に就任する直前まで日中友好議連の会長を務めており、要請に前向きに応じる可能性が高い。せっかく安倍・菅政権で国際的な中国包囲網において重要な役割を果たしてきたにもかかわらず、手を差し伸べるようなことをしては、包囲網崩壊の原因となりかねません。日本政府の行動で国際社会に大きな負の影響を与えることがないか心配しています。

習近平主席の本音は「文化大革命をもう一度」

―― 中国国内に対する動きは。

 ますます社会と経済への統制を強めていくでしょう。21年7月、中国政府は「双減」という教育改革案を発表し、学習塾の新規上場を禁止し、既存の塾は非営利団体として登記するとの方針を打ち出しました。

 この改革案の目的は、受験勉強による児童・生徒の負担を減らすためや、教育費を抑えて少子化に歯止めをかけるなどと言われていますが、真の狙いはそうではない。教育産業へ介入し学校教育以外の学習環境を徹底的に潰すことで、共産党のコントロール外で教育を受けられなくすることが真の狙いです。

 他方、学校教育に対しても「習近平思想」の履修義務化によって介入を強めています。こうして、共産党が描く革命思想を徹底的に植え付けていくのです。

 習近平は、中国国民の価値観やライフスタイルのすべてを、毛沢東時代の革命的な理想に戻したいと考えています。

 毛沢東時代の1966年から10年間続いた文化大革命の後、鄧小平は経済成長を実現しなければ共産党の支配体制を維持できなくなると考えました。そこで78年から改革開放を進め、経済特区の設置によって海外企業を誘致したのです。

 国民の暮らしについては、共産党へ政治的に反対しない限り生活や娯楽には干渉しないという方針でした。こうした方針のもと、中国国民の生活意識や政治的な価値観は、徐々に自由主義的で資本主義的な西側の思考へと変化していきました。

 ところが習近平はこれをよく思っていない。極端に言えば、もう一度文化大革命を行い、国民の価値観を塗り替えたいと思っているのです。

 こうした価値観への介入は教育産業に限りません。共産党は厚化粧の女性や女性っぽい男性芸能人を「病的」と攻撃しました。さらに海外の芸能人に憧れる風潮に苦言を呈し、党の意向に沿った「正しい美醜感覚の確立」を主張しています。これ以外にも、テレビ局に対して「過度に娯楽化した番組がある」として改善を指導することがありました。

 今後、国民の生活や思想への干渉はより一層強くなるでしょう。なぜなら、共産党の幹部たちは習近平の歓心を買うために意向を汲んで勝手に競争するようになるからです。

 これからの中国は、教育も文化も芸術も委縮し、ライフスタイルから多様性は排除されていく、実に息苦しい社会になっていきます。

―― そんなことをして共産党の体制は維持できるのですか。

 それは逆です。習近平はこうした体制を築くからこそ共産党は維持できると考えている。国民が共産党イデオロギーから離れて自由自在に生きるようになっては共産党の存在価値もなくなってしまうから、共産党イデオロギーで染め上げるのです。しかしながらそれは中国という国にとってプラスとは限りません。習近平にとっては中国という国ではなく、共産党の維持こそが関心事だからです。

 国内外でここまで独自の強硬路線を貫けるのは、人口規模に基づく巨大な市場があるからです。世界の国々がいくら批判をしたとしても、最終的には圧倒的な市場のメリットを享受するためにけんか別れはできないだろうと踏んでいるのです。

崩壊が迫る14億人の巨大中国市場

―― 中国に進出している日本企業も政治的なリスクは割り切って考えているところが多いです。

 22年以降の中国はそうは言っていられない状況です。例えば、膨らみすぎた不動産バブルは常に崩壊の危険と隣り合わせです。

 21年10月以降、中国の不動産業界では恒大集団をはじめ複数のデベロッパーのデフォルト懸念が一段と高まり緊張状態が続いています。

 差し迫ったバブル崩壊の危機を避けるために中国政府が禁じ手ともいえる手段を取る可能性があります。それは、行政命令で不動産価格に一定の基準を設け、それ以下の値下げを禁じることです。バブル崩壊というのは不動産価格の暴落ですから、暴落が起こらないようにしてしまえばいいという考えです。しかしこれを実行してしまえば不動産の売買が止まり、市場は凍結してしまう。不動産が売買できないとなれば、新規の開発も止まってしまいます。

 中国国内の不動産開発投資は、波及効果まで含めるとGDPの約3割を生み出しているといわれます。デベロッパーのデフォルト発生、政府の価格コントロールによる市場の凍結、いずれにしても不動産市況を悪化させることになれば国全体の経済が不安定になるでしょう。

 20年5月、李克強が、国民のうち約6億人が毎月1千元の収入で生活していると発表しました。1千元というのは、日本円で約1万6千円です。こうした状況で国内経済が著しく失速することになれば、ますます暮らしは厳しくなる。

 さらに追い打ちをかけるように、物価上昇の兆しがあります。21年の9月と10月には、生産者物価指数の伸び率が史上最高を更新しました。いずれ必ず消費者物価指数にも反映されます。加えて、21年秋から続く電力不足を解消するために、電力の価格を2割程度上げることを政府が容認しました。電力価格が上がればあらゆる製品が値上がりします。

 こうして経済が失速し、物価だけが上昇し続けるスタグフレーションとなれば、貧困層を中心に多くの国民の暮らしを直撃します。社会全体に大混乱が起きるでしょう。

 習近平政権の馬鹿げた文化大革命政策で娯楽が締め付けられて心が貧しくなり、スタグフレーションによって物質的にも貧しくなる。中国国民は物心両面で生活が苦しくなる暗澹たる1年になるわけです。

―― 中国に生産拠点を持っているだけなら影響は限定的ですか。

 そんなことはありません。習近平政権は国内で広がる格差是正のために「共同富裕」というスローガンを掲げています。

 格差の解消は貧困層の収入を上げることで実現されるべきですが、習近平は企業や富裕層からお金を奪い貧困層の救済に回すというやり方で、国民全員を貧乏にすることで平等を実現しています。そのやり方も実に巧妙で、例えば企業は自主的な寄付を求められます。応じないと財務検査や衛生検査など適当に理由をつけて潰されることになる。これがひと通り中国国内の企業を回ったら、今度は外資企業が標的です。

 こうして22年以降の中国は政治の問題はこれまで以上に大きくなり、市場のうまみもなくなり、政治と経済両面でリスクが大きくなります。台湾有事ということになれば日本と中国の関係は徹底的な悪化は避けられません。これらはすべて日本企業の中国での活動に直結する問題です。

―― こうした展開は予想できましたか。

 習近平政権になった段階である程度は予想できましたが、予想よりも何倍も速い。驚くべき速度で、さすがにそこまではやらないだろうということを次々と実現してしまった。インターネットの時代ですから、習近平体制にとって都合の悪い情報もいずれは世界中に広がると思います。しかしそれをマスコミが報じるかは別の話です。動向を注視する必要があります。