経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

中小企業でも賃上げできる! 高収益を実現する仕組みづくりとは

連合は春闘で賃上げを勝ち取る算段だ。岸田首相も企業に対し賃上げを求めている。大企業ではそれが可能でも中小企業では至難の業。しかし悲観することはない。規模は小さいながらも賃上げに取り組む企業を取材した。賃上げをする企業とできない企業。その差は何か。文=ジャーナリスト/吉田典史(『経済界』2022年3月号より加筆・転載)

スリーハイ

賃上げにより高収益事業を可能にする人材を獲得

 大手士業系コンサルティングファーム・名南経営コンサルティング副社長で、社会保険労務士法人名南経営の代表社員・大津章敬氏は「ここ数年の賃上げの相談件数は、1994年に社労士になってから最も多い」と話す。背景には、深刻な人手不足がある。初任給や特に20~30代の賃上げをしないと、欲しい人材を採用できない状況が続くという。

 「政府からの要請ではなく、自社の存続のために賃上げをしている。以前は賃上げ相場は正社員100人以下の中小企業は3千円、100人以上の中小は4千円、数百人になると5千円だったが、最近はこの額を上回るケースが増えている」(大津副社長)

 一方、依然として賃上げをしない、あるいはできない企業は相当数あり、今後は双方の差は大きくなる可能性が高いという。

 大津氏は賃上げをする企業の1つのあり方として、高収益の事業とそれを可能にする優秀な人材の採用、育成があるとみる。

 次に紹介する4社はいずれもが、事業において他社と様々な点で差別化を図っている。その場合、業界の古き慣習や不合理な構造をただすミッションや責任感を持ってビジネスモデルを構築するところに1つの特徴がある。つまり、社会的な使命を持っているとも言える。

 この姿勢が注目を浴び、一定層に支持をされ、飽和した市場でもスムーズに参入し、シェアを獲得する。並行し、その事業を確実にまかなえる人材を次々と採用し、育成する。その好循環により、安定した収益構造が出来上がり、着実な賃上げが可能になる。4社の事例の特に高収益の事業とそれを可能にする優秀な人材の採用、育成に着眼し、ご覧いただきたい。

賃上げと高収益を両立させる企業4社

サプライチェーンを壊せば賃上げは可能―スリーハイ

 工場などで使うヒーターの製造販売をする町工場、スリーハイ(横浜市、正社員14人、パート24人)は昨年、正社員全員の賃上げをした。個々の成果・実績に基づき評価し、それに伴い、実施するが、過去10年では約5年に1度行い、今回が2回目。今回は月額平均で3~4%アップで、月額30万円の場合は5千~9千円。賞与は3年前までは年1回で、昨年からは2回。1回につき、基本給1カ月分だ。

 男澤誠社長は「町工場の製品を購入する顧客に届く流れや構造=サプライチェーンを大胆に変えない限り、賃上げは不可能」と言いきる。同社の場合、自社製品を顧客であるメーカーや工場に届けるまでに商社が介在し、マージンを取るケースが多い。商社がコーディネートするのが慣例なのだという。顧客がその商社を決める。顧客が代価として払う額の3~4割は商社が得て、残りが同社の売り上げとなる。男澤社長は「この構造があるために慢性的に売り上げが伸び悩む」と話す。

 2020年春、コロナウイルス感染拡大を機にある挑戦をした。ヒーターの製造販売をする企業が合同で開催するオンライン展示会に出展し、その数日後にベテランの社員が展示会で説明できなかった内容で、特に顧客が知りたいであろう情報を自社運営のブログに詳細に書き込んだ。それを見たメーカーから問い合わせがあると、デモ製品を郵送する。到着後に双方がZoomを使い、オンラインで向かい合う。この流れで契約が増え、昨年は月平均売り上げの3割がオンライン営業による。年売り上げは前年比10%増の3・5億円程になった。一方で交通費や出張費が大幅に減り、600万円以上削減となる。

 「ブログとオンライン営業で顧客との直接取引が可能になり、売り上げが増え賃上げができた。サプライチェーンを壊し、直接取引で質の高い製品を安く、早く届けることができれば町工場は賃上げができうる」(男澤社長)

アルバイトも参加して投資の最適化を考え抜く―ライト・ライズ

 「ビジネスモデルをいかに丁寧に磨きあげるか。例えば何にどのくらいのお金をかけるかやその効果を常に事実にもとづき確認する。ただ売れ、と号令をかけることはしない。売り方が緻密でないと、社員や職場が疲弊する。店舗や売り上げを拡大しても、お金や時間の使い方が丁寧でないと利益は捻出できない。賃上げもできない」

 千葉県で居酒屋「焼き鳥、串揚げ、釜めし とりのごん助」を運営するライト・ライズ(印西市、正社員20人、アルバイト80人)の寺本幸司社長が語る。

 同社は現在、千葉県印西市を拠点に7店舗を展開。限られたエリアで多店舗を構え、店舗間の相乗効果をはかる。正社員には毎年、月平均5千円~7千円の賃上げをする。賞与は年2回。

 昨年からコロナウイルス感染の影響を受け、売り上げは現状維持の状態だが、今年も賃上げを実施した。寺本社長は、持論を全社員によく語る。「仮に売り上げが3割減ったら、その売り上げの中で投資の最適化を考えよう」。投資とは、個々の商品の原価や様々なコストなど。そのために自社のビジネスモデルを全社規模で考え抜き、作り直し続ける。

 2週に1度、店長やアルバイトを含めた全従業員参加の会議「P(プロブレム)出し」を開く。全商品について1つずつ話し合う。特に売上、原価、経費、仕事量、人件費などだ。どのくらいのお金と時間をかけているかも念入りに議論する。アルバイトが参加するのは最前線の現場の声を聞くことで、特に経費、仕事量について正確な情報をつかむのと、全社で緻密な売り方を徹底するためでもある。寺本社長は「投資の最適化を考え抜くことで、適正な利益が出て、賃上げも可能になる」と語る。

エッジの効いたビジネスモデル―ビズメイツ

 オンライン英会話のビズメイツは正社員70人を対象に業績や成果に応じて毎年給与改定を実施する。過去の給与改定による昇給率は3%程度だが、評価の高い社員は10%を超える。例えば年収480万円で評価が高い社員は530万円前後になる。賞与は決算賞与が年1回。

 着実な賃上げを可能にしている大きな理由に、エッジの効いたビジネスモデルがもたらす好業績がある。売り上げは対前年比130%程度のペースで毎年拡大。数多くのオンライン英会話の企業の中でフィリピンにいち早く拠点を設け、12年にスタートした。日本よりはコストが低いことやフィリピン人のトレーナー(講師)としての質の高さ、日本人との親和性に着眼した。顧客の多くは日本の大企業や中堅、ベンチャー企業の社員。経営者や自営業者もいる。トレーナーの拠点をフィリピンに構え、顧客を日本のビジネスパーソンに絞るのは同社がパイオニア的な存在。

 「特化させることでトレーナーやレッスンのレベルが上がり、質の高いサービスになる」(鈴木伸明社長)

 トレーナーは高い英語力はもちろん、ビジネスの経験が豊富な人を厳選する。毎月平均1回の採用試験の採用率はエントリー者のうち、1%以下。会社の役員や管理職経験者、MBAホルダーや会計士、医師や弁護士などでその数は現在、1500人以上だ。

 採用後、教育訓練を受講し、講師デビューする。受講生(顧客)から指名が多数入る講師が人気講師となり、より高い報酬を受ける。

 「オンライン英会話の中ではレッスンの値段は高い部類だが、質は最も高いと自負している。それだけの採用、トレーナーや教育訓練態勢、トレーナーへの報酬、教材をそろえてある」(鈴木社長)

 一方、日本の本社では管理部門や営業、新規事業に関わる社員を雇う。20年まではあえて新卒(主に大卒、大学院)採用をしなかった。オンライン英会話の事業がゆるぎないものになった18年から採用活動をスタートした。22年4月入社の採用試験には2千人ほどのエントリーがあり、新卒採用を始めて3年目では相当に多い。内定者は6人。海外留学経験が豊富な学生が多い。

 し烈な競争が続く業界で、賃上げが毎年できる背景にはエッジのきいた高収益の事業とそれを可能にする人材の存在がある。

経営危機を契機に古い構造を変革―メンバーズ

 前記3社とは違いデジタルマーケティング支援のメンバーズ(中央区、1800人)は中小企業とは言えないが、リーダー(主に係長級)層を対象に現在の年収を1・6倍に引き上げることを経営計画「VISION 2030」に盛り込むなど賃上げに意欲的な企業だ。

 欧米においてデジタルクリエーターなどIT人材の平均年収は、日本に比べて約1・6倍の差があるといわれる。グローバル化が進むことを踏まえ、欧米の水準に合わせるのが狙いだ。業績や経営環境にもよるが、目安として30年まで毎年6%程のペースで賃上げをする。今年の場合なら、例えば約520万円の社員で、人事評価が標準クラスの場合、平均で560万円ほどとした。高い評価の社員は約600万円。いずれも賞与を含む。

 賃上げに力を入れる理由には、デジタル人材不足がある。30年に40万人前後足りなくなるといわれる。現時点でIT人材の賃金は前年比1・3%前後のペースで上昇中だが、それを大きく上回るペースを設定した。

 大胆な賃上げができるようになった契機が08年前後の経営危機。2期連続赤字、離職率25%となるが、その後、V字型回復をする。この時期から3~数十人のクリエーターがチームを組み、クライアント企業の1つの部署のごとく、デジタルマーケティング支援をするようにした。システム開発や運用、ウェブサイトの設計や改善、更新、デジタルプロダクトの開発運用に及ぶ。クライアント企業の多くは大企業となり、プロジェクトや予算、報酬額が大きくなる。また、クライアント企業と直接取引をするようにした。

 「業界ではエンジニアやクリエーターが、コンサルティング会社や代理店の下請け的な位置づけのために長年、賃上げができない構造があった。クリエーターたちがビジネスと切り離されている。私たちはエンジニアとクリエーターがクライアント企業と一緒にビジネス成果に向けて動くことで、古い構造を変えたい。そのための試みの1つとして賃上げを行う」(高野明彦取締役)

 4社に共通しているのは、この「古き構造を変えたい」といった思いだ。その向こうに顧客がいて、ニーズを持っている。そこに近づこうとするからこそ、高収益の事業とそれを可能にする人材を育てることができる。その結果が、賃上げにつながるのではないだろうか。