経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

社会全体で起業家をサポートしユニコーンを超える企業を 各務茂夫

各務茂夫 東京大学大学院工学研究科

ゲストは、東京大学大学院工学系研究科教授の各務茂夫さん。近年は弊社主催の起業家ビジネスアワード「経済界Golden Pitch」の審査員長を務めていただいています。各務先生が2005年に創設した東京大学アントレプレナー道場からは数多の起業家を輩出。昨今の起業家を取り巻く現状について伺いました。聞き手&似顔絵=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=川本聖哉(雑誌『経済界』2024年4月号「燦々トーク」より)

各務茂夫 東京大学大学院工学系研究科教授のプロフィール

各務茂夫 東京大学大学院工学研究科
各務茂夫 東京大学大学院工学系研究科教授
かがみ・しげお 1982年一橋大学商学部卒業。89年スイスIMEDE経営学修士。2000年米ケースウェスタンリザーブ大学経営大学院博士。ボストンコンサルティンググループなどを経て、20年より現職。日本ベンチャー学会会長。

次世代の起業家が続々。女性の台頭にも期待

佐藤 一昨年、昨年と「経済界Golden Pitch」(以下、GP)ではお世話になりました。近年の起業家やスタートアップを見て変わったなと感じることはありますか。

各務 今回のGPのグランプリを受賞したHelloWorldは、日本に居住する外国人宅でのホームステイ体験を「まちなか留学」としてサービス提供しています。共同代表の冨田啓輔さんと野中光さんが熱い想いを持って起業した会社ですが、社会課題をアベイラブルなモノを使って解決し、世界とつなげていく取り組みは先進的です。近年はこうした「優しさ」が伝播するビジネスを手掛ける起業家が増えましたね。

佐藤 なるほど。優しさですね。

各務 また女性起業家の台頭も目立ちます。東京都主催の「Tokyo Startup Gateway(TSG)」では、ファイナリスト10人中8人が女性でした。その一人、玉井里於さんは「トランスジェンダー女性の為のランジェリーの開発」でメンバーシップ賞を受賞しました。TSGとは別に、ホームレス支援に取り組む川口加奈さん(Homedoor理事長)、「女性の生理ライフを快適にする社会インフラ」の実現を目指す東大大学院生の髙堰うららさん(オモテテ代表)などもいます。

佐藤 女性ならではの視点や感性を生かして社会課題に真面目に向き合うビジネスが多いですね。

各務 われわれの世代、かつ男性の立場からすると気恥ずかしくなるようなテーマを社会課題として前面に出せる時代になったわけですね。

佐藤 途上国製の革製品を製造・販売する山口絵理子さん(マザーハウス代表)のように、世界の貧困問題に力を注ぐ方もいますし、元気よく前向きに頑張る女性が世に出てくるのは喜ばしいですよね。ただ男性社会の日本では、南場智子さん(DeNA創業者)のような女性経営者のロールモデルは多くありません。だからこそ女性の支援を強化し、働きやすい環境をつくることで、スポンサーも付き、男女の起業家が社会に好影響をもたらすようになるのでは。

各務 おっしゃるとおりです。従来の社会起業家の評価は、「立派なことをしていて偉いね」で終わりでしたが、最近は企業のスポンサーが付くようになりました。その意味では経済価値の追求と社会価値の追求が収斂されてきたと言えます。

若い世代を見守るだけでなく先輩として行動の後押しを

佐藤有美 各務茂夫
佐藤有美 各務茂夫

佐藤 各務先生が2005年に立ち上げた東京大学アントレプレナー道場の1期生には朝倉祐介さん(アニマルスピリッツ代表)や稲田大輔さん(atama plus代表)がいます。当時と比べて現在の東大の教育や支援体制はいかがですか。

各務 東大には現在、50以上の起業家向けプログラムがあり、また道場の卒業生のうち200人以上が起業に関与しています。産学連携も進化しており、東大駒場キャンパスの1・2年生を対象とした夏季短期集中プログラム「アントレプレナーシップ・サマー・ブートキャンプ」でも、IBMの若手社員をメンターとする「教育」要素をプラスしています。

佐藤 学生の起業意識の変化は。

各務 優秀な学生ほど大企業に一生を託すことをリスクと捉えています。それよりも出雲充さんのユーグレナのような先端企業で学び、自らを成長させたい気持ちが強いようです。一度失敗しても起業に再び挑戦する学生も出てきました。この他にも、企業向けAI開発・導入支援、DX推進等の事業を行う燈は、東大の学生の野呂侑希さんが起業し、既に100人の従業員がいます。彼は会社設立から2年間は自宅を持たずに働いていたようです。

佐藤 最近では珍しいストイックな学生ですね。起業家にはそういう不屈の精神も必要ですよね。昨年は石川聡彦さんのアイデミーも上場し、東大学生にとっても理想の経営者が増えましたね。各務先生の講義ではどんなことを意識されていますか。

各務 まず東大の強みは、先輩がもがき苦しんだ創業や上場ストーリーの蓄積があること。さらには在籍する学生の大半が起業する松尾豊研究室のような、学生たちが切磋琢磨する環境もあります。翻って私の講義では、入学したての4月中にマインドセットをし直します。学生は皆、大学入試を通して一般解を導き出すことには慣れているので、自ら問題を作って個別解を解くマインドに変えます。これが起業に際して社会課題を見つける思考を育てます。

佐藤 日本の未来に向けて、若い世代の起業家に期待することは。

各務 ピュアな若者が社会課題を見つけ、解決者として動き出した時に世の中は大きく変わります。われわれの世代の役目は、その姿を温かく見守るだけではなく、悪い大人から守りながら、行動しやすくなるようサポートすることです。すると彼ら・彼女らは、地域の良いモノやコトを世界と結び付けるようになる。われわれのアンコンシャスバイアスで若い芽を摘んではなりません。

佐藤 世界では若者がメガベンチャーを創設していますしね。

各務 スティーブ・ジョブズも、ラリー・ペイジも、マーク・ザッカーバーグも、また日本でも孫正義さんや江副浩正さんが行動を起こしたのは20代です。若者の行動を荒唐無稽だ、ベースがないと否定するのではなく、社会全体でその行動をサポートできれば、日本からもユニコーンを超える企業が出てくるはずです。

各務茂夫 東京大学大学院工学研究科 イラスト
各務茂夫 東京大学大学院工学研究科 イラスト