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「メタバースとNFTが2022年の投資トレンド」―アニス・ウッザマン(ペガサス・テック・ベンチャーズ代表パートナー兼CEO)

新型コロナウイルスによってデジタル社会は大きく進歩した。その結果、これまでは夢物語にすぎなかったことが、次々と現実化し始めている。それが世の中にどのようなインパクトを与えるのか。シリコンバレーのインナーサークルを一番よく知る男と言われるペガサス・テック・ベンチャーズ代表パートナー兼CEOのアニス・ウッザマン氏に2022年のテクノロジー&投資トレンドを聞いた。聞き手=関 慎夫(『経済界』2022年3月号より加筆・転載)

アニス・ウッザマン氏プロフィール

アニス・ウッザマン
(アニス・ウッザマン)東京工業大学工学部開発システム工学科卒業。オクラホマ州立大学工学部電気情報工学専攻にて修士、東京都立大学工学部情報通信学科にて博士を取得。IBMなどを経て、シリコンバレーにてPegasus Tech Venturesを設立。著書に『スタートアップ・バイブル』(講談社)、『世界の投資家は、日本企業の何を見ているのか?』(KADOKAWA)などがある。

メタバースを支えるAIとブロックチェーン

―― 昨年は投資トレンドにも新型コロナの影響が反映されていましたが、日常生活が戻りつつある今、投資トレンドに変化はありますか。

ウッザマン シリコンバレーで今一番ホットなトレンドはメタバースです。メタバースはモバイルインターネットの次のブームになると見られています。

 メタバースのコンセプトは、ソーシャルメディア、オンラインゲーム、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、そして暗号資産(仮想通貨)を組み合わせた仮想空間で、あらゆるエンターテインメントやプロジェクトが、ここで提供できるようになります。

 例えば今まではインターネットで買い物する場合、アマゾンや楽天のウェブサイトに行っていましたが、これからメタバースにアバター(分身)で入って、その中で、リアルな買い物のようにお店に行き、モノを買う。その際、一番安い店を選ぶのも簡単です。買い物だけではなく、例えばメタバースの中でカンファレンスもできるし、コンサートを楽しむこともできる。メタバースの中で土地の売買をすることも可能です。人通りの多い人気のある場所は高いし、少ないところは安い。既にメタバース内の土地の売買は一種のブームになっています。

 フェイスブックが社名をメタに変更したのも、メタバースに注力する姿勢を鮮明にするためです。同社では、2021年だけで1兆円以上をメタバース事業に投資したそうです。メタ以外のGAFAMも力を入れています。アップルはメガネ型を掛けるだけでメタバースの世界に入っていけるデバイスを開発中です。またバイトダンス、テンセントなどの中国勢も参入しています。

 その中にあって、メタバース最大のプラットフォームが「フォートナイト」を運営するEpic Gamesです。最初はゲームから始まりましたが、そこからメタバースへと拡張しています。直近ではこの会社に対して、ソニーの大型投資を含めハイテク企業が1千億円を出資しており、時価総額は2兆8700億円以上です。同じくオンラインゲームプラットフォームのRobloxの仮想空間の中には、ナイキが本社を模したデジタル世界を公開しています。この中でプレーヤーは自分のアバターにナイキの特別な製品を着せることができるようになっています。

―― メタバースもGAFAMなどに支配されてしまうのでしょうか。

ウッザマン このプラットフォームを先行して構築できるのは、巨額資金を持つ大型の米国や中国などのIT企業だと思われます。

 しかし日本も存在感を示すことはできます。HIKKYというのは18年に設立されたVRコンテンツの開発エンジンなどを提供する日本のスタートアップですが、同社が開催したメタバース上で展開した「バーチャルマーケット」には100万人もの人が訪れています。最近ではNTTドコモなどから65億円を調達、海外展開も視野に入っています。こういう会社が、今後次々と現れてきます。

メタバースとセカンドライフの違いとは

―― 15年ほど前、セカンドライフという仮想空間が流行しましたが、一過性で終わっています。メタバースもそうなりませんか。

ウッザマン 当時と今とではIT技術に大きな差があります。通信速度も格段に速くなりAIも進化しました。そしてブロックチェーン技術です。このお陰でデジタル上で安全・安心な決済システムを構築できるようになりました。メタバース上でも、金銭のやりとりはデジタル通貨で行われます。これがセカンドライフとメタバースの最大の違いです。

 そしてブロックチェーン技術が関係するのが、2つ目のトレンドであるNFT(非代替性トークン)です。デジタルの世界では簡単にコピーができます。しかしブロックチェーン技術でデジタル情報に代替のきかない識別情報=NFTを持たせることで唯一性を保証し、偽造や複製をできなくする。既に昨年には、NFTアートが巨額で取引されるようになりましたが、22年はさらに本格化していきます。

 現在、NFTで一番人気なのは、「NBA Top Shot」です。これはNBAのトレーディングカードのデジタル版で、そのカードが正規のものであることをNFTで保証しています。今後は絵画や音楽も、つくったものを一度NFT化することが当たり前のようになると思われます。しかも最近では、リアルの資産についてもNFT化され始めました。例えば絵画の所有者をNFTで記録する。ヴィンテージカーやロンドンの中心部にある土地などもNFT化されています。

 NFTがトレンドになったのはコロナが影響しています。コロナによりデジタル化が進展、リモートワークの人はデジタル領域で交流する時間が増えたこともあり、デジタルな商品やサプライヤーに対してよりオープンになり、デジタル資産やNFTへの関心が高まっていきました。

実用化が始まった量子コンピュータ

―― 3つ目のトレンドは何ですか。

ウッザマン 量子コンピュータなどの高性能コンピュータです。コロナワクチンの開発が短時間でできたのは、高性能コンピュータを活用したからです。今後も薬物発見から癌研究、気候変動、宇宙探査まで、高性能コンピュータの重要性は増していきます。その大本命と言えるのが量子コンピュータで、22年は大きく進化する年になると思っています。これまでグーグル、IBM、マイクロソフト、アマゾン、アリババなどが開発にしのぎを削ってきましたが、最近ではベンチャー企業も期待を上回る成果を上げています。

 カナダのD-WaveはもともとPOSシステムなどをつくっていた会社ですが、量子コンピュータに積極的に取り組んだ結果、2千個以上の量子ビットを搭載する商用量子コンピュータを開発。NASAやグーグル、宇宙研究大学連合から構成される量子人口知能研究所に納入したほか、米航空機メーカーのロッキード・マーチンもD-Waveを導入しました。

 アメリカのRigettiという量子コンピュータシミュレータを開発している会社もユニークです。アマゾンが提供するAWS経由でRigettiを利用すれば、量子アルゴリズムを試験的に書くことができる。量子コンピュータの能力を最大限生かすにはソフトウェア開発が不可欠ですが、Rigettiを使えば効率的に行うことができます。

―― 日本のITメーカーも量子コンピュータには力を入れていますが、実用化にはまだ数年かかると思っていました。

ウッザマン 日本企業も一生懸命やっていますが、もう少しアグレッシブさが必要だと思います。今言ったように、世界では既にAWS経由で誰もが量子コンピュータにアクセスできるようになっています。それによりトライアンドエラーを繰り返し、進化させていく。思想の違いと言えばそれまでですが、どちらがスピード感があるかは明らかです。そして実際、アメリカでは予想を超えるスピードで実用化され始めています。

本格的な宇宙探査の時代が到来する

―― それに続くトレンドは?

ウッザマン ひとつは5G、6Gなどの次世代のインターネット、そしてもうひとつが宇宙探査です。この2つは深く結びついています。

 インターネットを利用する人は増え続けています。2017年には34億人だったものが、22年には48億人に増えると見られています。しかも1人が使用するデータ量も、コロナもあり大きく増えました。今後は自動運転やIoTなどで、データ量はさらに膨大になってくる。そこで現在、5Gネットワークが構築されつつありますが、既にその先の6Gの開発が進んでいます。アメリカでは20年にNEXT 6G Allianceが始まり、アップルやグーグル、AT&Tなどの企業が参加しています。22年はこの分野で大きな発展があると予想しています。

 通信分野でのもうひとつの大きな動きは衛星ベースのインターネット使用が広がっています。イーロン・マスク率いるスペースXは現在、1万2千機の低軌道衛星の打ち上げを始めていて、スターリンクというインターネットサービスを提供、現在9万人以上の人が利用しています。衛星は今後さらに3万機増える予定で、そうなれば高速で安価なインターネットアクセスが可能になります。地上設備がそれほど必要ないので、発展途上国でも容易にインターネットインフラを構築できる。スペースXでは、25年までに3兆円の利益を予想しています。

―― スペースXは昨年、国際宇宙ステーションへ人を運びました。

ウッザマン アメリカでは既に観光目的の宇宙旅行が始まりましたが、民間のロケット開発はますます加速すると見ています。

 06年に設立されたロケットラボは、小規模積載ロケットの打ち上げを行ってきましたが、2年後には中規模積載ロケット「ニューロン」を打ち上げる予定です。昨年にはSPACを通して4800億円でナスダックに上場を果たしています。

 そしてスペースXは、世界最大のユニコーンです。ロケットを再利用することでコストを50%以上削減、ロケット打ち上げ市場の65%のシェアを握っています。でもイーロン・マスクの夢ははるかに大きく、24年にアポロ計画以来となる月着陸を目指しているほか、火星に人類を送り込む計画を立てています。さらには開発中の次世代ロケットは、地球上どこでも60分以内に移動できます。

 もちろんスペースX以外にも、宇宙ビジネスの会社はたくさんあります。世界的にも今後のトレンドになることは間違いありません。