経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「世界のどこでもスシローを」 思い描くことが現実への第一歩

競争激しい日本の回転すし業界で2011年以降、10年連続売り上げ第1位を達成したのがスシローだ。スシローを展開するFOOD & LIFE COMPANIES(以下F&LC)を率いる水留浩一氏は、外資コンサル日本法人代表やJAL副社長を歴任したプロ経営者。水留社長に外食産業の未来とリーダーの役割を聞いた。(『経済界』2022年3月号より加筆・転載)

水留浩一・FOOD & LIFE COMPANIES社長CEOプロフィール

水留浩一・FOOD & LIFE COMPANIES社長CEO
(みずとめ・こういち)1968年神奈川県出身、東京大学理学部卒業。電通、アンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)、ローランド・ベルガー日本法人代表、企業再生支援機構(現・地域経済活性化支援機構)常務、日本航空副社長、ワールド専務執行役員を経て、2015年より現職。

水留CEOのリーダーシップとは

数字や言語ではなく「光景」でイメージを共有する

―― 業績が非常に好調です。どのように組織を引っ張っていますか。

水留 私は予算や中期経営計画みたいなものはあまり好きじゃないんですよ。世の中は毎日変わっているのだから、その時々で必要なことを積み重ねていくのが基本であって、計画通りに物事が進むとはこれっぽっちも思っていない。ですから、「組織がどう変わるかを示しながら引っ張っていきましょう」みたいな、教科書通りのことをやっているつもりはさらさらなくて、朝令暮改だろうがなんだろうが、やっぱこっちだと思うからこっちみたいな、そういうものです、実際のところ。

 ただ一方で、リーダーは夢想家であるべきだとも思っていて、「こうなったらいいよね」というイメージを示すのは大事だと考えています。しかもそのイメージは、すぐ手の届くものではなく、もう少し距離があるもの、やや現実感がないかもしれないけれど実現できたらすごくうれしいよねというものであるべきです。こうしたイメージが共有できると、組織のメンバーは気持ちよく働けるんじゃないかなと思っています。

―― それはビジョンと言い換えてもいいのでしょうか。

水留 ビジョンと言っても数字や言語ではなく、本当に目を閉じて浮かぶ光景のようなもの。仲間に伝えれば、小説を読んだ時のようにみんなの頭の中に視覚化され、映像として共有できる、そういうものです。

スシローの海外展開が現実になるまで

―― F&LCではどんな「光景」を描いてきたのですか。

水留 スシローを世界のどこに行っても看板を見かけるようなグローバルブランドにしようということです。その時も、例えば新婚旅行で行った先には必ずスシローがある、子どもたちが海外に行ったらお父さんお母さんスシローがあったよと言ってもらえる、そういう光景をイメージしてきました。

 2021年9月期時点で、台湾や香港、シンガポールなど既に59の海外店舗を展開しています。こうした状況からすると、世界中にスシローをオープンさせるというのは、今やそんなに遠くないのかなと感じますが、私がこの会社に来た7年前、当時は海外展開はまだ現実味がありませんでした。社員たちも自分が海外で働くかもしれないなんて、誰もイメージすらしていない。そういう中で「世界中どこに行ってもスシローがあるってことを実現できたらうれしくないか?」なんて言われても、どちらかというとまだ夢の世界だったと思います。

―― そこからどうやって未来を切り開いていったのでしょうか。

水留 実は組織って、言葉で引っ張れる部分は大したことないと思っています。本当の意味で組織が変わっていくのは、現実の変化を伴ってこそ。だから組織を変えたいなら、現実で押し切る。

 うちの海外展開の話で言えば、いくら海外行くぞって言っても「またまた社長」という感じで、まゆつばとしか聞いてないわけです。そうではなく、実際にどんどん海外に店舗が開いていき、少し前まで自分の横で働いていた人間がシンガポールに行く、あるいは台湾に行くとなれば、現実が自分に押し寄せてくるわけですよ。そこには圧倒的なリアリティがある、ある種の危機感も含めてね。

―― 描く光景は常にアップデートしていくものですか。

水留 あまり頻繁に書き換えていってもしょうがないかな。実現していないのに新しい夢を提示したって、じゃあこっちの夢どうしますかって話になる。徹底的にやり切って、みんなが何となく達成感を味わってきたところで、よし、じゃあ次は宇宙に行こう! と示す。その瞬間は、ええ宇宙ですか!? みたいな反応なんだけど、その方が楽しい(笑)。

スシロー台湾1号店
スシロー台湾1号店は2018年に台北市内にオープンした

ブレや迷いなくやるべきことをやり切るだけ

―― 実践していく段階で大事にしていることはありますか。

水留 単純ですが、やるべきことをやるだけです。描いている光景を現実のものとするために、大変かもしれないけどこれをやるのは当然ですよねと納得感のあることを、徹底的にやり切る。

 これはビジョンを掲げて社員が自発的に動くように仕向けるとかそういった難しい話では決してなく、役割を与えて働いてねって言っているだけです。経営の実践というのはあまりマジカルなことはなくて、普通に考えてやるべきことを普通にやる、これに尽きます。

―― 「普通に考えてやるべきこと」と言い切っていますが、判断に迷いはないのでしょうか。

水留 迷いはあんまりないかな。世界のどこでもスシローがある光景を実現しようとなれば、当然まずどこかの国にオープンさせなきゃいけない。その順番をどうするかは議論しなきゃいけないけれど、やることはシンプルですよ。海外出店のために必要な物件を探し、食材のルートを作り云々。ですから打ち手にブレや迷いはないです。あとは着々とどれだけクオリティ高く理想に近づけた形でやり切れるのかが重要です。

―― 結果の差は何から生まれるのでしょうか。

水留 一概には言えませんが、素直に取り組んだ人間が結果を出しているということはある。新しいことに挑戦する中で、自分なりにこうした方がいいってことはみんなそれぞれあるけれど、人間はどうしても視野が狭くなる。そこで1歩下がった視点から助言した時に、素直に受け入れて実行できるタイプの方が結果を出しやすいというのは言えるかもしれない。

 こういう素直さは大事だと思います。結果が出ていない人間には、うまくいっている人にやり方を聞きに行きなさいとよく言っています。現状でうまくいっていないものを、そのまま叱ってもできるようにはならないので、そういう時は学べばいいんです。一方で結果を出している人間には、「絶対にやり方を隠すな」と厳命しています。

―― 透明性を大事にされているということですか。

水留 そうですね、それは人事でも言えます。例えば私が事業会社の社長をやっていた時、課長を毎月本社に集め前月の営業数字を全員の前で発表してもらい、結果が出ている人は全員の前で褒め、その逆ならば全員の前で指摘するということをしていました。するといつも数字がいい人、いつも数字が悪い人が一目瞭然です。そのうちに結果を出してきた人間は部長になり、その逆も然りということになる。人事にサプライズはありません。あいつは出世するだろうなとみんなが思う人間が出世し、そうじゃないと思う人間がそうじゃなくなるだけです。

スシローの業績が好調な理由

―― コロナ禍でも、スシローは好調を維持しています。平時から危機を想定していたのですか。

水留 危機を想定するというのは少し違います。うちがコロナの中で踏ん張れたのは、もともと強いモデルを作ってきたからです。平時の強さこそが危機の強さ。数字で言えば、平時から利益率を高く確保できている企業はある程度売り上げが下がっても簡単には赤字にならないはずです。うちはコストの中で食材原価と人件費が占める割合が非常に大きいので、売り上げに連動してコストのバランスを崩さないように調整することで、仮に売り上げが8割になっても赤字にはならないモデルを作り上げました。

 こうした地力の強さをスシローが持っているのは、今や形としてはすごく変わっているけれども、創業者が目指したスタイルが優れていたからだと思います。食材や原価にコストをかけ、いいものをできるだけ安く提供する。それ以外では、コスト削減をひたすらに続ける。スシローは、そういう訓練を積んできた組織です。これが、コロナ禍でも未来を切り開いてきた理由の一つだと思っています。

―― 外食産業の未来をどう考えていますか。

水留 いろいろな意味でレベルを上げていかないといけない。一品の味を追求するとか、メニューのバリエーションを極めるとか、あるいはミシュランの星がつくレストランのようにそこでしか味わえないものを提供するとか、価値の出し方はいろいろあっていいと思うけど、とにかく何かしら家でできないことを解決できる要素を持たないといけない。

 今後はますます外食の存在価値が問われると思っています。単純においしいものでお腹を満たしたいだけならば、スーパーやコンビニで冷凍食品やお弁当を買い、自宅で再加熱すればそれなりにおいしくできます。そうなるとわざわざ出掛けて食事をする理由って、家では再現できないものを食べに行くか、お店の空間そのものが楽しいとか、そういう目的になってくる。そのレベルで戦えない外食は生き残れないと思います。

強く思うことは何となく実現する

―― 水留社長のような夢を持てない人はどうすればいいでしょうか。

水留 個性の世界だしこればっかりはしょうがないですよね。もったいないなとは思うけど、夢を持てよ! なんて言われたって迷惑だろうし。何かきっかけがあって突然夢ができる人もいるかもしれないけれど、そこを強制することはできない。

 私個人の話で言えば、大学時代に天文学を専攻していたこともあって宇宙に行きたいと思っています。私は22年に54歳になりますが、もし60歳になった時に1億円くらいの価格だったら行っちゃうかもしれないね。自分の目で丸い地球を見てみたい。

―― 壮大な夢ですね。

水留 夢じゃなくて、うーん、妄想かな(笑)。でも、何となく思い描くことって現実化するものですよ。目標を定めてブレークダウンして考えようってことではなくて、自然とそっちに近づいて行く感じ。だから強く思うことは大事です。何となく実現するから。