百貨店ににぎわいが戻りつつある。コロナウイルス感染拡大により百貨店業界は休業や入場制限を強いられるなど大きなダメージを受けた。しかし、今年に入り客足が戻りつつある。百貨店はこれからどうなるのか。文=和田一樹(雑誌『経済界』2022年8月号より)
ついに客足が戻ってきた。高級品への人気が過熱
日本百貨店協会によれば、全国百貨店の2022年1~3月の売上高は、前年同期に比べ6・4%増加していた。好調ぶりは春になってさらに増している。
百貨店各社の4月の売り上げを見てみると、それぞれ前年同月に対して、阪急阪神百貨店を運営するエイチ・ツー・オーリテイリングが142・0%、髙島屋が123・1%、三越伊勢丹ホールディングスが120・4%、大丸松坂屋百貨店を運営するJ.フロント リテイリングが116・6%と、いずれも増加という結果になった。
2年ぶりに緊急事態宣言が発令されなかったゴールデンウイークも、売り場に賑わいが戻った。髙島屋の今年のゴールデンウイーク(4月29日~5月3日)をベースとした売上高の比較によれば、21年比で約2・4倍、20年比で約6・5倍という結果が出ている。さらにコロナ前の19年と比べても約1割増だという。客足が順調に戻っている要因には、行動制限の緩和やワクチン接種が浸透したことで、外出機会が増加し、消費意欲が変化してきたことがある。
こうした回復基調は、決算にも表れている。髙島屋、J.フロント リテイリングの22年2月期決算、三越伊勢丹ホールディングスの22年3月期決算を順にみていく。
まず、髙島屋の22年2月期決算は、百貨店事業の売上高が6424億円で前年から13・0%増加している。営業利益は72億円の赤字だったものの、昨年比で見れば129億円が改善した。
次に、J.フロント リテイリングの22年2月期決算を見ると、百貨店事業の総額売上高は5558億円と前年同期から16・5%増加している。こちらも営業利益は約46億の赤字だったが、前期より175億円改善した。
最後に、三越伊勢丹ホールディングスの22年3月期決算は、百貨店事業の総額売上高が8617億円で前年同期から14・6%増加している。営業利益は63億円の赤字だったものの前期より239億円改善した。
商品カテゴリーごとの消費動向を見てみると、海外特選ブランドや宝飾品・時計など資産価値もふまえた高級品が人気だ。店舗によってはコロナ前よりも売り上げが伸びているところもある。また、3月のまん延防止措置解除以降、小さめのスーツケースを中心に旅行用品関連への需要も高まっており、国内旅行の活性化の影響がみられる。さらには、出勤やイベントなど外出機会が増加したことで、婦人服や紳士服などの衣料品の売り上げが1月や2月に比べて10~20%程度回復している店舗もある。
最初にコロナウイルスが日本国内で感染拡大してから2年以上が経過した。この間、消費者の購買スタイルも、百貨店の事業構造も大きな変化が強いられた。例えば、デジタル戦略の強化だ。
デジタル化の遅れは、百貨店業界が長年指摘されてきた課題だった。顧客にシニア層が多いこと、接客の密度を強みとしてきたことなどから、オンラインによる顧客接点強化への取り組みは遅れてきた。しかし、コロナはその取り組みを加速させた。
三越伊勢丹ホールディングスは、20年の緊急事態宣言中からリモートによる接客をすすめ、20年11月に自社オリジナルのオンライン接客アプリ「三越伊勢丹リモートショッピングアプリ」をリリースした。これまで同社が培ってきた接客力をはじめとする「人の強み」を生かしながら、オンライン上で顧客との接点を拡大し、オンラインとオフラインの両面で顧客との接点を強化している。
またJ.フロント リテイリングもアプリによる顧客との接点拡大を強化した。21年度のアプリユーザー数は130万人を超えており、アプリユーザーの売上高は1877億円と、百貨店売り上げに占めるシェアが38・8%に達している。今後も、ウェブサイトのUI改善や品揃え拡充、希少性の高いコンテンツ確保によってオンラインとリアルを融合した展開を拡大し、23年度のオンライン経由売上高は400億円を目指すとしている。
髙島屋は22年からの中期経営計画においてネットビジネスの強化を掲げる。ECサイトのスマートフォンへの最適化、品揃えの拡充と外部アライアンスの強化などにより、23年度には売り上げ500億円を目指すとしている。実現すれば、19年度から314億円の増収となる。
巣ごもり期間だからこそ既存店舗の価値を見直す
各社が見直すのはオンラインの戦略だけではない。既存のリアル店舗についても、発揮すべき価値を磨くことで、百貨店の存在意義の再定義を進めている。
例えば、三越伊勢丹ホールディングスは、22年度からの中期経営計画において、伊勢丹新宿店と三越日本橋店を「憧れと共感の象徴」へと進化させ、コロナで打撃を受けた百貨店の再生を目指すとしている。新宿本店は、次世代をターゲットにした商品展開を強化することで「ファッションの伊勢丹を再興」し、日本橋本店は、ラグジュアリーや美術の分野で上質な暮らしを求める層をターゲットに「伝統・文化芸術・暮らしを強みとした店舗を構築」する。
J.フロント リテイリングも、エリアごとに特性を見極めた店舗の強化を進めている。人口が多い都市圏の大丸神戸店ではラグジュアリー、時計売場を拡張し、ラウンジを新設した。地方都市型の松坂屋静岡店では、単にモノを売るだけではなく施設そのものが外出の目的地となる「目的地となる地域共生型百価店」を戦略として打ち出し、百貨店として初の都市型水族館を導入した。
最後に、髙島屋は百貨店の再生に向けて衣料品の品揃え強化に最優先に取り組むとしている。高い商品開発力を生かした百貨店クオリティのモノづくりに注力する「商品開発型」や、注目度の高い新興企業や非百貨店商材を開拓・導入する「新規開拓型」など4つのカテゴリーに分類し、取引先を巻き込んだ店舗改革を進める。
このように、百貨店業界はデジタル化の促進と既存店の価値を再定義することで、アフターコロナの消費を受け止める。いずれ海外からの観光客が戻ってくることにも期待は集まる。日本百貨店協会の発表によれば、コロナ前の19年2月、全国百貨店における売上高総額は約4220億円に達していた。しかし、確かに百貨店にとってインバウンド消費は大きな追い風だったが、特需でもあった。もう少し長い目で見れば、百貨店は長く苦戦を強いられてきた。業界の売上高は、バブル崩壊が始まった91年に12兆1648億円を記録し、それ以降は家電や衣類、スポーツ用品などの専門店が続々と登場したことで、切り崩されてきた。
デジタル戦略の強化と既存店の価値の再定義は、百貨店業界が従来から取り組んできたテーマでもある。それがコロナで加速した。コロナは確かに深刻な影響を及ぼしたが、次世代への必要な変化を促進したとも考えられる。コロナのショックを乗り越えるために各社が進めた変革が、百貨店業界の未来を拓くことにつながる。