進撃のベンチャー徹底分析
2022年7月8日、安倍元総理大臣が奈良市での演説中に銃撃された。この一連の事件によって、“警察の警備が悪かった”“SPが無能であった”など多くの警備体制に対する批判がSNSや報道番組で上がっていたことは記憶に新しい。今回の進撃のベンチャーは、AI技術を利用して警備体制強化を狙う山梨県のKB-eye代表取締役の橘田孝一氏に話を聞いた。文・戸村光(雑誌『経済界』2022年10月号より)
警備員の社会的評価
日本の警備体制の課題は人手不足にあると橘田氏は語る。その理由は“警備員は安給料”“警備員は社会的信頼がない”など、命をかけてヒトを守る尊い仕事である一方で社会的評価が高くない点にあり、それによって業界が人手不足に陥っている。今日では1人の警備員を7社の警備会社が取り合っている状況にあるという。
きっかけは社員の退職届
KB-eye共同代表を務める秋山一也氏は、20年前から山梨県で警備会社を経営していたが、ある日、社員に退職の意志を告げられる。理由を聞くと、社員は結婚を予定しており、相手の両親から「警備員に娘を任せられない。もっとマシな仕事についてほしい」とお願いされたからだという。その時に秋山氏は、警備員の社会的地位を向上させたい。警備員のイメージを一掃し小学生の将来の夢ランキングに載るまでにしたいと思いAI利用の警備サービスの開発を決意する。
膨大なデータを蓄積
秋山氏が後輩であるエンジニアの橘田氏に相談したことからKB-eyeは始まった。警備に関する膨大なデータはあるものの社内にエンジニアがいなかったため、システムを構築するにもどの会社に発注していいかも分からない。そこで橘田氏は警備業界のシステム開発業者が集まるカンファレンスに秋山氏と一緒に参加した。いくつもの企業がシステム開発に名乗りを上げ、AI技術を得意とする会社はなかった。そこで橘田氏は、先輩発案のサービスを実現するために自ら開発することを決意する。
大手企業の問い合わせ殺到
同社が提供するサービスKB-eyeは、これまでマンパワーに頼らざるを得なかった片側交互通行の誘導警備をAI技術を利用して解決するものだ。同サービスは21年にリリースされ、現在では180万人が訪れる京都の祇園祭りに利用されるなど、大手警備会社やイベント会社からの発注が増えている。
ベテラン不足を解決
前述の通り、業界の人手不足は深刻な問題だが、中でもベテラン人材の高齢化により警備体制の弱体化が顕著な課題となっている。新しい人材が入らず、ベテラン人材の退職が増えている課題を解決するのがKB-eyeだ。同社の技術は人々の動きを可視化することで危険度をヒートマップ化する。一定の危険予測密度を超えると周辺の警備員(遊撃隊)に無線で通知し、AIとヒトがハイブリッドで警備する。これまで目視では察知できなかった広範囲のヒトの流動を探知することでベテラン警備員以上の能力を発揮する。
1台で2人分の警備作業
KB-eyeによって「既存の工事用信号による機械的な誘導よりも、より人に近い判断で安全かつ円滑に誘導を行うことが可能になる」と橘田氏は語る。多くの警備員が必要だった片側交互通行の現場の人数を削減することができる次世代の交通誘導システムだ。映像解析で工事区間周辺の道路交通状況を常に監視し、AIが「今この時間で最適な誘導」を計算し、自動的に誘導する。また、工事区間周辺の通行に関する安全確認もAIが行い、安全が確認できた上で誘導することで、これまでの工事用信号にはない、“信号が自ら最適な誘導を行う”システムが実現可能となった。
日本の警備強化のために
警備業界の社会的評価の向上と、AIによる人手不足を解決させることが日本の警備体制を強化するためには必要不可欠であると語る橘田氏。18年から21年にかけて橘田氏はエンジニアと現場に向かい、膨大なアノテーションデータ(関連情報を注釈として付与したデータ)を集めることに成功した。そのため世界的にみても、現在、競合となりえるAI警備サービスは存在しないという。21年時点で日本が安全保障のために米国に支払う金額は11兆円。他国に依存することでわが国の平和を守っている。KB-eyeが日本のセキュリティー基盤を構築することができれば、このシステムの輸出が可能となり、他国が日本のセキュリティー技術を買う未来が来る。安心な街づくりを実現するためにも、今後も同社の発展を見逃せない。