コロナ禍により生命保険の給付件数が激増、生保各社はその対応に追われている。しかし7月に生命保険協会長に就任した稲垣精二氏(第一生命ホールディングス社長)は、「コロナをきっかけに生命保険の役割を再確認できた」と言う。それがいかなるものなのか。稲垣協会長に聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2022年10月号より)
今年に入り急増したコロナ関連の給付金
―― 7月に2度目の生命保険協会長に就任しました。ただし前回(2018年7月から1年間)はコロナ前。今度は収束が見えない中での就任です。
稲垣 最初にお伝えしたいのは、コロナをわれわれの存在意義を発揮する一つの機会ととらえ、対応してきたことです。そのひとつがコロナで入院された方への入院給付金の支払い件数です。コロナ流行初期の20年3月から今年2月までの2年間の支払い件数は約73万件。ところが今年に入りオミクロン株による第6波が到来したこともあり、3月以降、支払い件数が急激に増え、3~5月の3カ月間だけで162万件に達しました。これは歴史に残る対応だったと思います。
―― どのように対応したのですか。
稲垣 第6波のピークは2月でした。支払い請求は2カ月ほど遅れてきますから、4、5月に請求が集中することは予測できていました。これは第一生命個社のケースですが、通常、4月の研修が終わると配属される新入社員の赴任を一時止めて、支払い請求の対応にあたらせました。新入社員にしてみれば、保険の原点を知る、記憶に残る仕事になったのではないでしょうか。もちろん各社ともスペシャルチームを編成して対応にあたるなど、一生懸命、取り組んできました。これだけの支払いに対応できたことで、生保の役割を改めて認識していただけたと考えています。
―― このことも含め、コロナ前後で変化はありましたか。
稲垣 気づいたのは、われわれが何のために存在しているか。それはお客さまのリスクシェアです。コロナ流行後、コロナ保険が大きく伸びました。加入者の中には、非正規雇用の方がかなり含まれています。例えば公演などのイベントがなくなり、収入が途絶えてしまったエンターテインメント関係の方などです。この人たちの目的は明確です。自分のためはもちろんですが、それ以上に自分は感染しなくても、保険料によって同じ境遇にある感染者を助けることができる。それが加入へのハードルを下げたのではないでしょうか。
若い方たちの中には、ウクライナへ義援金を送った人も多くいます。あるいは災害が起きた時、ボランティアをしたり寄付をしたりするなど、助け合うということに対し、共感する方はとても多い。クラウドファンディングにしても応援して助け合うことに価値を見いだしている。
保険も本来そういうものです。大半の人は保険料を払っても事故などがなければ掛け捨てになってしまう。だけどその保険料が、ごく少数の不幸な出来事があった人に使われる。ところがあまりにも大きなプールになってしまうと、どういう形で助け合いが行われているのか分からなくなってしまいます。それが若い世代を中心に、生保離れが起きているひとつの要因だと思います。ですからわれわれは保険金の使われ方をもっと伝える努力をする必要があると、改めて思いました。
顧客本位の業務運営で生保の信頼を取り戻す
―― そうした状況下で協会長に就任したわけですが、就任直後の所信表明では、第一に「顧客本位の業務運営の推進に向けた取り組み」を掲げました。生保業界ではここ数年、営業職員による金銭詐取などの事案が頻発しています。それを受けてのものですね。
稲垣 第一生命でも約1年半前に金銭詐取行為があり、他社でも散見されています。これでは生保の社会的使命を果たすことはできません。信頼を回復するためにも、これから1年、顧客本位の業務運営の旗を振り続けていきます。そのためには、コンプライアンス・リスク管理に関わる適切な態勢構築・高度化に向けた取り組みが必要です。協会として会員各社の取り組みの高度化を後押ししていきます。
―― それに続いて、「未来のウェルビーイングの実現に向けた取り組み」とあり、その具体的な取り組みとして「デジタル社会の実現に向けた生命保険業界としての役割発揮」とあります。
稲垣 コロナによって自治体のデジタル対応の課題が浮かび上がりましたが、その後、デジタル庁が設立され、マイナンバーカードの普及率も上がり、マイナポイントも支給されています。マイナンバーカードを健康保険証として利用できるようにすれば、マイナポータルから特定健康診査の項目が閲覧できます。これを民間が利活用することで、お客さまの利便性は格段に上がります。転居時などの住所変更も、行政データと民間データが連動すれば、それぞれ変更届を出す必要もなくなります。
一方でわれわれの生産性も上がります。先ほど話したコロナに関連した入院給付金も、デジタル化に伴い利便性も向上しました。例えば契約に際しても過半数の会社がオンラインで完結もしくは携帯端末等を利用した電子手続きに対応しています。支払い時も、コロナに限らずポリープや白内障など発生頻度の高い病気については、オンラインで完結できるようになりました。お客さまはスマホやPCでスマートに請求でき、一方、われわれは支払い件数が仮に倍になっても対応する人数を倍にする必要がない。そういう事業効率の仕組みやさらなる効果的なサービス提供の可能性を探っていきます。
―― 国や自治体に対しても働きかけていく必要がありますね。
稲垣 まずは協会として国に対して意見を発信できればいいかと思います。海外にはエストニアのように、行政と民間がコラボレーションすることによって、スマートな社会をつくりあげている国があります。そうした諸外国の調査をやったうえで日本の政策と重ねてみる。そのうえで、われわれはこのような形で貢献できるという提言書をこの1年の任期の間に発信したいなと思います。
―― デジタル社会といえば、今、メタバースが盛り上がっています。生保業界とメタバースはどのようにつながりますか。
稲垣 将来的にはリアルとデジタルが双子のように存在する時代が来ると思っています。今はまだ、オンライン上で加入手続きを進めても、最後はリアルにお会いして契約するケースが大半ですが、これをメタバース上で行えるようになるでしょう。それによって日本全国にわれわれが持っている拠点や人の役割も変わってくるかもしれません。リアルの重要性は変わりませんが、その一方で、距離とは関係なくコンサルティングの提供やサービスの案内をデジタル空間で行うことができるようになれば面白いですね。
あるいは生命保険とは関係ないかもしれませんが、障害を持っている方、年配の方でも好きなところに出掛けることができる。例えば高齢の親と一緒に花見に出掛けるなど、地理や物理的な障害を乗り越えることができる。これはまさにウェルビーイングの実現につながります。
―― ウェルビーイングの実現のためにもうひとつ、「持続可能な社会の実現に向けた生命保険業界としての役割発揮」も掲げています。生保協会はこれまでにもSDGsに力をいれてきました。
稲垣 日本は世界の中でもプロテクションギャップ(主たる稼ぎ手が死亡後に必要な金額と保険金として受け取る金額の差)が大きいことで知られています。このギャップを解消し、しっかりと保障をお届けして生活を安定していただくということは、SDGsそのものです。格差、不平等の是正もSDGsの目標のひとつですが、保険は再分配機能を担っています。生命保険が機能すれば、困った時に助け合うことができる。だからこそわれわれは、保険に対する理解、中でも若い人の理解をさらに深める必要があると考えています。
どんな時代になっても必要なリスクシェア
―― 昔は職場に生保の営業員が出入りして、新入社員に対して保険勧誘を行っていました。今では職場のセキュリティに加えコロナ禍で、外部の人間が出入りできなくなり、生保との接点が少なくなっています。
稲垣 確かに職場訪問は減りました。お宅訪問でも以前のように初訪でベルを押して営業することは難しい。そこで今はデジタルにより最初の接点を持ってもらうよう、営業のやり方も大きく変わってきています。ただし、若い人の生保離れは、接点の少なさや保険に対する考えが変わってきたことも原因のひとつですが、それとともにわれわれが若い人のニーズにきちんと応えられていないからだと思います。
先ほども言ったように、どんな時代になってもリスクシェアの仕組みは必要です。若い世代の人たちにどのようなニーズがあるか見つけ出し、それを届ける、というのが生保業界に課せられた課題です。
第一生命個社の話になりますが、1億2千万人を対象にする保険ではなく、100万人を対象とする保険でもいいと考えています。大きな標準的なニーズに平均的な保険を提供するのではなく、個別のニーズに合ったものをカスタマイズする。そういう時代になると考えています。
これは以前から言っていることですが、「一生涯のパートナー」という変わらない存在でいるために、やることは変わり続ける。10年前とはやっていることが全然違うねと言われるようになりたい。そしてこれは第一生命だけではなく、業界全体の大きなテーマです。