経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ユーザーファーストを徹底するフィロソフィーこそ「わが魂」 ディップ 冨田英揮

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加速するインフレに対して上がらぬ給料。そうした中、「アルバイト社員の給料を上げよう」とキャンペーンを張っているのが人材サービス大手のディップ(dip)。一見、クライアント企業に嫌われるようなキャンペーンだが、推進の原動力には同社のフィロソフィーがあった。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2022年10月号より)

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冨田英揮 ディップ社長CEO
とみた・ひでき 1966年愛知県生まれ。90年、地産入社。その後、ゴルフサービス会社、英会話スクールなどを経て、97年ディップを設立し、社長に就任。2000年より派遣求人サイト「はたらこねっと」、02年よりアルバイト求人情報サイト「バイトル」を開始した。04年マザーズ上場、13年東証1部へ指定替えを果たし、現在は東証プライム。

アルバイトの時給を上げるよう働きかけ

―― コロナ禍が完全に収束するにはまだまだ時間がかかりそうです。ディップの決算を見ても、前2月期決算は大幅増収でしたがコロナ前と比較するとまだ8割程度です。

冨田 確かに売り上げは落ちました。ただそれはどの会社も同じ。その中でわれわれはシェアを伸ばしています。

―― どうしてですか。

冨田 コロナというピンチが、自分たちのフィロソフィー、われわれは何のために仕事をしているのかに改めて気づくきっかけになったように思います。われわれが大切にしているのは「ユーザーファースト」という視点です。「バイトル」などを通じてアルバイトをしている人たちのことを一番に考える。それがユーザーの支持につながり、社員もユーザーのためにという気持ちでひとつになれた。それが大きかったと思います。

―― 「バイトを守れ。」という新聞広告もそのひとつですね。

冨田 コロナでアルバイトができず困った学生たちがたくさんいました。そこで感染拡大から間もない2020年3月9日に、バイトルなどを通じて働いている人たちがコロナに感染した場合、治療期間に相当する半月分の収入相当額を支給することを決め、3月末に新聞各紙に「バイトを守れ。」という企業広告を掲載しました。

 大事なのはわれわれが有期雇用者に対して何ができるかを早く示すこと。われわれがこうした方針を示したことが、政府の休業給付のような支援策の呼び水になったのではないでしょうか。

―― 感染者数が増減を繰り返しているなかで日常は戻りつつありますが、その一方で人手不足も戻ってきました。ホテル・旅館や飲食店でも人がいなくてフル稼働できないという話を聞きます。

冨田 今までのように、いい人材を安く使うことはもう無理です。いい人材を採りたいのであれば、待遇を向上させなければなりません。そこでわれわれは昨年11月から「ディップ・インセンティブ・プロジェクト」をスタートさせました。これは人手不足の課題解消とともに「働く人の待遇向上」を実現するため、求職者に分かりやすく好待遇の求人情報を表示するというものです。さらには、ディップの採用コンサルタントが、顧客企業に対して給与引き上げなど、従業員定着や採用力強化の施策を提案します。

 その結果、今年3月の掲載案件数130万件のうち、75%がプロジェクト参画企業のもの。さらに時給アップ案件も31%ありました。

―― タレントのDAIGOと乃木坂46のテレビCMを見ると、ディップ側が時給交渉をしています。

冨田 時給交渉するのはわれわれが一番適任です。顧客企業は人がいなくて困っている。当社のコンサルタントなら、他社の事例や時給の相場、さらには時給を上げた場合、どれだけ採用がしやすくなるか、さまざまなデータを持っています。そのデータを元に交渉するので、納得していただきやすい。

―― アルバイトの人たちはうれしいでしょうが、雇う側にしてみれば、いやなキャンペーンを始めたと思ったのではないですか。

冨田 アルバイトの人たちが喜ぶのは当然ですが、これは雇用者のためでもあるわけです。実際、プロモーションに対する評価を見ても、ユーザーの70%が「好感が持てる」と答えているのに対し、顧客企業側も69%が「好感が持てる」と答えています。今まで時給を上げてもそれをアピールする場がなかった。ところがこのプロモーションでは、掲載企業が時給を上げたかどうかが分かります。それが効果的な採用につながります。当然、新人だけでなく既存のアルバイトの時給も上がることが多いので、定着率もよくなり、満足度も高まります。そうなると職場の雰囲気も良くなるので、お店なら売り上げ増加にもつながります。

企業経営の根底にユーザーファースト

冨田英輝 dip
冨田英輝 dip

―― 先ほどの発言にもありましたが、ディップはフィロソフィーを重視した経営を大切にしています。冨田社長がフィロソフィーを重視するようになったのはいつ頃からですか。

冨田 当社は2004年に東証マザーズに上場しましたが、当時の社員は60人。その1年半後には350人に増えていましたが、その頃はまだ中途採用が中心でした。しかし06年4月に200人の新卒採用を行いました。その頃から、社員がなぜ当社を選んでくれるのかを考える中で、われわれの使命を具現化したものが必要だと思い始めました。そこでフィロソフィーをつくり、それに賛同してくれる人に入社してもらうことに決めたのです。

―― どんなフィロソフィーなんですか。

冨田 ディップ(dip)という社名は、ドリーム、アイデア、パッションの頭文字を並べたもので、企業理念も「私たちdipは夢とアイデアと情熱で社会を改善する存在となる」としています。ビジョンは「Labor force solution company」で、労働市場の課題を解決し誰もが働く喜びと幸せを感じられる社会の実現を目指します。そしてブランドステートメントが「One to One Satisfaction」で、一人一人に寄り添うユーザーファーストなサービスの追求です。

 創業の頃は、会社を大きくしたい、ライバルには負けたくない、という気持ちが強かったですが、いざ成長して上場も果たすと、それだけでは足りない。自分たちの存在意義とは何かを考えた結果、こうしたフィロソフィーが生まれました。

―― フィロソフィーを定めたことで何が変わりましたか。

冨田 入社する人は全員、このフィロソフィーに共鳴してくれています。ですから定着率も以前よりよくなりましたし、僕自身も変わりました。もともと新しいアイデアは僕が出すことが多いのですが、その時も、フィロソフィーに合致しているかどうかをまず考える。それに仮にフィロソフィーと違うことを打ち出したら、社員が賛同してくれません。ですから事業として成り立たない。逆に社員が腹落ちしてくれるアイデアなら、ぜひやろう、ということになって事業としてもうまくいく。

 例えば時給交渉にしても、社員が常日頃から会っているのはアルバイトしているユーザーではなく、お金をいただいているクライアントの方たちです。ですから、時給を上げてほしいとは、正直、言いたくないという気持ちも少しはあったかもしれません。しかし、ユーザーファーストがフィロソフィーにある。ユーザーの立場で考えてどちらが正しいかといえば、時給交渉をすることです。そこに気づいてくれれば、社員は一斉に動きます。自分たちが社会の役に立っている。それが実感できれば働きがいも生まれてくる。それが会社のパワーにもなる。

年に一度の社員総会で社員に直接話し掛ける

―― とはいえフィロソフィーを浸透させるのは大変だったのではないですか。

冨田 まずは先ほど言ったように、フィロソフィーに共感してくれる人に入社してもらう。いくら優秀でも、共感してくれない人はお断りする。今の若い人たちは、企業を選ぶ動機としてパーパスが非常に大きな要素になっています。学生時代から社会課題の解決に関心を持っている人たちも多い。その人たちにとって、われわれのフィロソフィーはとても響くようです。

 それでもこれだけ社員が増えてくると(4月1日現在2356人)、フィロソフィーを常に意識させるのは難しい。ここがぶれてくると内部崩壊しかねません。そうならないよう、常に考えていますし、そのため教育には非常に力を入れています。

 もう一つ、大切にしているのが、年に一度開催する社員総会です。社員総会は06年4月、つまり大量採用を始めた年に、第一回総会を開きました。全国の社員を一堂に集め、僕の考えや思い、経営方針を直接語り掛け、社員の一体感を生み出そうという狙いが込められています。この時に必ず、フィロソフィーについても話をします。

 今年の総会は3月17日でした。過去2年はコロナ禍のためオンラインでしたが、今年は人数を絞りながらもリアル開催できました。総会では毎回、その年のテーマを発表します。今年は設立25周年でしたので、毎年のものとは別に25周年のテーマも発表しましたが、それが「フィロソフィー」でした(右の写真は総会で社員に語り掛ける冨田社長)。

 われわれは常に変化していなくては滅んでしまいます。しかし変化するにも軸がないと薄っぺらになってしまう。そのためにもフィロソフィーが必要で、フィロソフィーこそがわれわれの魂です。