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「ウォーターポジティブ」が水問題解決の第一歩 橋本淳司

橋本淳司

地球上のすべてのものには水が関わっており、雨や水道水などそのままの姿から食料などの別の物に姿を変えわれわれの周りに存在する。水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う水ジャーナリストの橋本淳司氏に水に迫る危機を聞いた。聞き手=萩原梨湖(雑誌『経済界』2022年12月号より)

橋本淳司
橋本淳司 水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表
はしもと・じゅんじ 1967年、群馬県生まれ。学習院大学卒業。出版社勤務を経て、水ジャーナリストとして独立。アクアスフィア・水教育研究所を設立。自治体・学校・企業・NPO・NGOと連携しながら政策提言やサポート、講演活動などを行う。

目に見える水がすぐに使えるとは限らない

―― 世界では生活用水が足りず水不足といわれている地域があります。日本で水不足を実感することはあるのでしょうか。

橋本 そもそも地球上に存在する水自体の量に変化はありません。しかし、水を必要としているときに自由に水が使えない状況のことを水不足と呼び、日本でもそのような事例があります。例えば災害時の断水です。断水がどうして起きるかというと、地震や津波などの強い力で水道管が破損し水が供給できなくなるからです。また、豪雨で洪水が起きると、水道管が破裂し断水状態になります。雨は本来私たちが利用できるきれいな水のはずですが、洪水で土砂と混じることにより使えなくなってしまいます。水はそこにあるのにすぐに使えるきれいな水は不足している、という状況で水不足を実感することが多いでしょう。

 日本では今年7月、宮城県を中心に豪雨災害が発生し全国各地でも大きな被害が発生しました。昨年の熱海の土砂災害も雨の影響を受けていますし、毎年このような水害が起きるようになっています。日本は干ばつによる水不足というよりは雨に悩まされているというのが現状です。

 都市部に降った雨はコンクリートの上を流れ、下水道を通り、下水処理場で処理され、やがて海に放出されます。都市部に降る豪雨が森林やダムに降ってくれれば、水源として利用したり、地下水に変化した水を利用できるはずなんですが、「涵養」という、地表の水が地下に浸透し帯水層に水が供給される機能が昔に比べて低下したため、水をためることが難しくなっています。

―― なぜ涵養機能が失われたのでしょうか。

橋本 大きな涵養機能を持っていた田んぼなどの湿地帯、森林は減ってしまいました。最近は耕作放棄地も増えています。これは何を意味するかというと、田んぼや農地が持つ保水力を維持する担い手が不足しているということです。都市に住む人は、これまで農家の人たちが仕事の一環として維持してきた土地の保水力をひそかに享受してきました。しかしこの事実はなかなか認識されていませんし、恩恵に対して対価を支払っているわけでもありません。農業、林業の担い手が不足することは、すぐにでも日本全体の水不足につながると言えます。

 涵養がきちんと行われていれば水は循環します。循環しなければ私たちの手元にも水は届かないので涵養が一番重要です。

―― 土地の変化は水資源に大きな影響を与えてしまうのですね。

橋本 その通りです。明治以降、河川の氾濫を防ぐために次々と堤防を作りました。この時代は都市化が活発だったため、降った雨をいち早く海に流出させるという都市計画でした。洪水が減ったり、住宅地開発で人が住めるようになったりと良い面もある一方、悪い面もありました。本来川の流域には大雨のたびに水が溢れ、雨がゆっくりと地面の中に浸透する仕組みがあったのですが、雨が降ってもコンクリートで覆われていて水が浸透しなかったり、いち早く海に流出するようになりました。このように、都市開発をきっかけに湿地や森林など保水機能を持った自然はどんどん減っていきました。

 都市に住んでいるとどうしても森林や湿地、河川のことを忘れがちで水は水道から当たり前に出てくるものと考えてしまいますが、都市の水も元は自然が涵養していた水です。人間が住み心地の良い環境をつくる過程で自然の循環にも目を向け、そのサイクルを止めてしまうリスクについても考える必要があります。

消費した分の水は自然に還元する

―― 私たちが水を使い続けるためには何ができるのでしょうか。

橋本 まずは現状の問題を知るということですね。水問題の解決を目指すNGO、NPOの支援や、水循環基本法という法律を読んで水の特性について知り、生活するうえで水に目を向けることは大切です。

 世界の水問題にも踏み入るのであれば、輸入される食べ物に着目するべきでしょう。食べ物に変身した水というのは海外の水と日本人とをつないでいます。小麦を生産するには水が不可欠ですし、牛や豚の肉を生産するのにも水が欠かせません。牛や豚のえさとなる穀物の栽培にも大量の水が使われています。輸入する食料は生産過程のほぼすべてに外国の水が使われているため、水不足の地域で育った食べ物を食べるということは、その地域の人の生活を苦しめるということです。

―― そのような水と食料の結び付きを意識していない人は多そうですね。

橋本 多いと思います。例えば米とパン、どちらを食べるのが水不足の解消につながるかと考えたときに、米を食べる方が国内の水を守ることにつながります。パンは輸入された小麦から作られていますが、米は日本の農家で作られます。米を消費するということは農家を応援することにつながるので、農業が存続し、結果として田んぼを保全することになります。田んぼのような水を吸収できる土地を維持することは、地下水の保全や洪水の被害を減少させる効果もあるので、水を守るという意味では非常に重要です。

 このような考え方は企業にも当てはめることができます。私は普段企業向けに「どのように水問題に取り組んだら良いか」というテーマでお話ししていて、ウォーターポジティブを推進しています。これは消費する水量よりも多くの水を供給するという意味で、方法としては今使っている水の消費量を減らすことと、水の供給量を増やすことの2通りです。水の消費量を減らす活動は、節水と再利用にあたり、供給量を増やすというのは湿地や森林を保全する涵養にあたります。

 一例として、メタ社は積極的にウォーターポジティブに取り組んでいる企業です。一見水と関係ない企業に思えますが、データセンターを冷却するのに多量の水を使用します。そのため冷却施設がある流域の水再生プロジェクトにも参加し湿地の保全活動を行っています。このプロジェクトでは、ニューメキシコ州、カリフォルニア州など6州で、年間32万トン以上の地表の水を地下へ浸透させています。

 このようなことを代表的な企業が行うことで、廃棄する水を減らし流域全体で循環させようという動きが増えています。水の「涵養」をうまく利用することが水資源を維持するためのキーワードになるのではないでしょうか。