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日本にも迫り来る水危機。潤沢な水は当たり前ではない 吉村和就

吉村和就 グローバルウォータ・ジャパン


国連加盟国193カ国のうち、水道水をそのまま飲むことができるのはたった16カ国。その筆頭が日本だ。一見豊かな水資源に恵まれているように見える日本だが、大規模な台風の到来や水道管の老朽化など、不穏なニュースも多い。一体何が起きているのか。グローバルウォータ・ジャパン代表の吉村和就氏に聞いた。聞き手=小林千華(雑誌『経済界』2022年12月号より)

吉村和就 グローバルウォータ・ジャパン
吉村和就 グローバルウォータ・ジャパン代表
よしむら・かずなり 1948年、秋田県生まれ。72年、荏原インフィルコ入社。94年には荏原製作所本社にて経営企画部長に就任。98年、国連ニューヨーク本部・経済社会局・環境審議官に就任。2001年の同時多発テロ後に帰国し、荏原製作所に復職。05年、グローバルウォータ・ジャパン設立。

気候変動が引き起こす水の「偏在」が新たな問題に

―― 世界では水不足をはじめ、さまざまな水問題が報じられています。とはいえ、日本は水資源が豊富な国という印象があり、日常生活において問題意識を持つ機会は少ないように感じます。

吉村 日本にも水にまつわるさまざまな問題・課題があります。

 最も重大なのが水災害です。台風による水害、河川の氾濫、下水道から水があふれ出す内水氾濫などですね。特に近年、勢力の強い台風が上陸することが増えています。その原因の一つが地球温暖化。日本近海の水温も上昇し、台風の発達に適した高水温の海域が広がっています。水温が上がって水が蒸発しやすくなると、周辺の空気中に含まれる水分の量が増える。それらの水分を孕んで台風の勢力がどんどん強くなる、という仕組みです。

 また、地球温暖化は水不足にも大きな影響を及ぼします。水は気体・液体・固体の三態の姿で地球上に存在しますが、近年では温暖化のため、固体である氷山などの氷が解け、液体である海水・淡水が蒸発しています。つまり、地球上の水分のうち、気体である水蒸気の占める割合が増えているのです。水蒸気を水資源として即座に生活に使える水にすることは困難ですから、地球温暖化に伴って日本を含めた世界中の水不足が今後深刻化していくと言えます。

―― 日本にとっても水不足は他人事ではないのですね。

吉村 はい。日本は優れた水道技術のお陰で水質は良いのですが、実は量の面ではそれほど水資源に恵まれているとは言えません。

 国連食糧農業機関(FAO)によると、1年間に使える水資源量は世界平均で1人当たり7300立方メートルです。しかし日本の場合は1人当たり3400立方メートルと、世界平均の半分以下。首都圏だけで見ると北アフリカや中東諸国と同程度です。

 また、肌感覚で分かる方も多いと思うのですが、気候変動に伴って雨の降る時期、降らない時期の差がどんどん極端になりつつあります。私は米どころの秋田県出身で、地元では長年雪解け水を使った稲作が行われていました。しかし近年積雪が少なくなり、代わりに台風などでもたらされる水資源の量が増えています。水資源の量は同じでも、必要な時期に必要な量の水がない。これを私は水の「偏在」と呼び、水不足と同様に危険視しています。

―― 既に日本は海外から大量の水を輸入しているという考え方もあります。

吉村 仮想水(バーチャルウオーター)という考え方ですね。例えば、2021年度の日本の食料自給率はカロリーベースで38%で、残り62%は海外からの輸入に頼っています。すると日本はその62%の食料輸入と同時に、それを生産するのに必要な膨大な水も輸入していることになるのではないか、という発想です。

 ちなみにこの輸入分の食料を国内で生産するには、約200億トンもの水も必要になると試算されています。日本全体で1年間に使っている水は730億トン。日本にはその4分の1弱もの水をためておく場所さえありません。

 また、食料だけでなく、工業製品や農作物の肥料、家畜の飼料の生産にも大量の水が使われています。もしこれらを生産する国で大災害や水不足が起きれば、日本での生活にも即座に影響が及ぶわけです。

 仮想水を減らすには、食料に関しては食べ残しなどの食品ロスをなくすこと、工業製品に関しては省エネ化やリサイクルが有効です。少しずつ、海外の水に依存しない仕組みを作っていかなければなりません。

水道法改正は吉か凶か。コンセッション方式の課題

―― 水インフラの面では、近年水道管の老朽化が問題になっていますね。

吉村 はい。私は日本の水道事業には「カネ、モノ、ヒト」の3つが足りないと考えています。特に「カネ」の問題は深刻で、人口減少、節水機器の普及により水道料金の収入が大幅に減少しています。水道管が老朽化しているのに修復・交換の資金が足りず、民間の力を頼らざるを得なくなる地域が増えているのです。

 19年に水道法が改正され、水道事業を行う上での選択肢の1つとして、官民連携での事業運営を推進できるようになりました。その具体策の1つがコンセッション方式です。これは完全に水道事業運営を民営化するということではなく、施設の所有権は自治体などが保有したまま、事業の運営権のみ民間に売却する方式です。今年4月から宮城県の上下水道、工業用水道の運営にこの方式が採用され、話題になりました。

―― 日本でのコンセッション方式の採用により、懸念される問題点などはあるのでしょうか。

吉村 実際の運営の進め方について、自治体側が監査機関を設けていないことです。宮城県のケースでは、民間事業者が9つの水関連事業を一括して運営する方式が採用されていますが、万が一この事業者が水道料金をどんどん値上げしたとしても、止める仕組みがありません。1989年にサッチャー政権下のイギリス(イングランド、ウェールズ)で水道が民営化された際は、公的な監査機関が設けられ、財務の内容まで国が査察権を持っていました。日本もそういった仕組みを作り、民間事業者の運営内容を公的機関がチェックすべきです。

 また、同じく宮城県のケースを例にとると、今後20年間現在の形式で水道運営を続ける契約になっています。しかし、20年間も同じ事業者が管理していると、仮に20年後に別の事業者に権利を委譲、もしくは再公営化などの動きがあっても、かつての水道運営のノウハウを持つ企業や人が他にいなくなっている可能性が高い。こうした問題にどう対応するかが問われています。

―― 水に関わる問題は後を絶ちませんね。

吉村 その通りです。私たちが取り組むべきは、今ある水資源をいかに汚染せずに使っていくかということです。個人レベルでできるのは、水を賢く使うこと。江戸時代にやっていたように、きれいな水でまず炊事をして、その水を次は洗濯に回すなど、循環の工夫ですね。

 水資源を取り巻く環境について、現状を1人でも多くの人が知り、関心を持ってくれるような働きかけが必要です。水は国民の命に直結していますから。