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演奏が楽しくなる新たな電子楽器で音楽教育の在り方を変える eMotto 三田真志郎

三田真志郎 eMotto

大人になってから「楽器の1つくらい習っておけばよかった」と後悔したことはないだろうか。演奏に興味はあるものの、マスターするハードルの高さに挫折して、縁遠くなってしまう人は多い。楽器をもっと気軽で身近な存在に変え、新たな音楽コミュニケーションの形を構築しようと試みているのが、eMottoの三田真志郎氏だ。(雑誌『経済界』2022年12月号より)

三田真志郎 eMotto
金の卵発掘プロジェクト2021審査員特別賞受賞
三田真志郎 eMotto CEO
みた・しんじろう 1991年生まれ、広島県出身。幼少期からピアノ、オーボエ、ドラムなどさまざまな楽器に親しむ。2022年大阪大学大学院生命機能研究科卒業(理学博士)。在学中に履修したヒューマンウェアイノベーション博士課程プログラムでの研究を元にeMottoを創業。楽器演奏のハードルを下げ、新たな音楽コミュニケーションの構築を目指している。文=吉田 浩

演奏を真似し合い生まれるコミュニケーションの形

三田真志郎 eMotto_ParoTone-1
三田真志郎 eMotto_ParoTone-1

 一見すると、何の装置か分からない両手に収まるサイズの小型キーボード。鍵盤を指で叩くと、重厚感のある美しいメロディが、接続されたスマートフォンを通じて流れ出す。あたかもゲームで遊ぶかのような感覚で楽器を演奏できるのが、eMottoが開発した電子楽器「ParoTone(パロトーン)」だ。キーボードがない場合でも、スマホ画面をタッチしながら気軽に演奏を楽しむことができる。

 「楽器を演奏したいけれど、できないという人は人口の約6割。そのうち4割が挑戦したことはあっても、挫折した経験があるとする調査結果が出ています。自分の演奏で他人を喜ばせたいというニーズはあるものの、譜読みや指使いの難しさで諦めてしまうケースが多い。そこを解消できるのがParoToneなんです」と、創業者でCEOの三田真志郎氏は語る。

 三田氏は大阪大学大学院の博士課程に在籍中、異分野の学生同士による融合研究プログラムに参加し、電子楽器の開発をプロジェクトとして立ち上げた。その後、約2年掛けて試作を繰り返し、2022年4月にまずスマホアプリをリリース。今年9月にはキーボードの販売も開始し、本格的に事業のスタートを切った。

 楽器開発に着手したのは、三田氏自身の経験が影響している。父親が調律師だったことから、幼い頃からピアノを習っていた同氏。練習は相当なスパルタ式で、叱られて泣きながら弾き続ける日もあったという。しかし、上達するうちに演奏が楽しくなり、絶対音感も身に付けることができた。コンクールに出場して、周囲から賞賛される喜びも覚えた。「ただ……」と、小学生のころから漠然と抱えていた気持ちをこんなふうに語る。

 「ピアノがうまくなって周りに披露して褒められても、その後は演奏者と聞き手の間に何のコミュニケーションも生まれないんですね。そこが問題じゃないかと」

 披露した演奏を、お互いにまねしあえるような新しいコミュニケーションを作っていきたい――新しい楽器とインターフェースの着想に至ったのは、そんな考えが根本にあったからだ。ピアノ演奏は幼い子どもにとっては敷居が高く、上達するには自身が体験したような辛い練習も時に必要になる。特殊な環境にいる選ばれし者だけでなく、万人が楽器に親しみ、かつ満足できるレベルのクオリティで演奏を楽しむために作ったのがParoToneというわけだ。

 製品開発で重視したのは、「挫折せずに練習を楽しみながら好きな曲を弾きこなせる」という点だ。

 「例えば、和音(コード)が同じであれば、少しメロディを変えるだけで別の曲が弾けるようになるのを知って驚く人もいます。そうした知識的な部分も楽しみながら身に付けていただきたいですね」と話す。

 それまでハードウエアを作った経験はなく、ましてや世の中にない楽器を作る作業。開発は方向性を決める部分から手探り状態で始めた。

 「インターフェースをどうするか、右手と左手の操作を分けるのか連結させるのか、どこの市場から狙うのかでも最適な形が変わってきます。私を含めた経営陣3人は全員に音楽経験があり絶対音感がある一方、エンジニアは過去に楽器演奏に挑戦して挫折したけれど、音楽ゲームには詳しい人でした。ですから製品をゲームに寄せるのか、楽器に寄せるのかでも調整が必要でした」

 ただ、メンバー間の楽器に対する経験値の違いは、音楽に詳しい人も楽器初心者も楽しみながらコミュニケーションを取れるという世界観を実現するには、むしろ良かったのかもしれない。例えば、キーボード操作を片手にしてメロディだけを弾くようにすれば演奏は簡単だが熟練者には物足りないだろう。そこで、両手操作で和音とメロディをオーケストラのように操れるようにして、初心者も熟練者も演奏への没入感を味わえるようにするなど、工夫を凝らした。

 もう1つ、こだわっているのが「いつでもどこでも演奏できる」という部分だ。

 「ピアノだと弾ける場が限られていますが、ParoToneを使えば誕生日パーティなどでスマホを取り出してバースデーソングをその場で演奏できます。キーボードを手のひらサイズにした理由の1つも、持ち運びやすさを意識したからです」

教育市場を足掛かりに世界を目指す

 収益モデルはまだ確定していないが、スマホの通信サービスによるサブスクリプションと、キーボードの販売が中心になる見込みだ。現段階ではParoToneの認知度を高め、ユーザーを増やしていくのが重要課題となる。そして、愛好者によるコミュニティを形成し、ユーザー同士で練習し合ったり、演奏を個別指導したりする場の形成に力を入れたいと三田氏は語る。実際にキーボードに触って演奏すれば、その魅力を体感してもらえる可能性が高まるため、そうした機会をどれだけ設けられるかも鍵となるだろう。

 普及に向けて、有望なマーケットの1つととらえているのが教育市場だ。ピアノが弾けない保育士や保育士志望者向け、あるいはブラインドタッチで演奏しやすいという特性を生かして、盲学校への導入などを視野に入れているという。

 「音楽教育ツールとしてParoToneは非常に優れたものだと思います。実際に、ピアノと比べて5倍習得が早いという研究論文が英国の雑誌に掲載されていますし、小さいころから楽器演奏の楽しみを知ってもらい、教育を通じて明るい日本を構築する創造力豊かな人材の育成に貢献していければと考えています」

 子どもに楽器演奏の楽しさを伝え、演奏に挫折した経験のある大人にも喜びをもたらす新たな電子楽器はどこまで普及するのか。「最終的には世界に広げていきたい。そのためにはマーケティングに強い人材が必要ですし、投資も受けられるようにしたい」と、三田氏はその可能性拡大に向けて意欲を燃やす。