経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

未曾有の危機を耐え忍んだシネコン。街と映画祭の発展に取り組む思い 東急レクリエーション 菅野信三

菅野信三 東急レクリエーション

今年創立100周年を迎えた東急グループのなかで、シネコン「109シネマズ」運営をメインとする映像事業でエンターテインメント分野を牽引する東急レクリエーション。11月に開催する「29th キネコ国際映画祭」では、世田谷区と東急グループが連携して二子玉川の街を元気づける。聞き手=武井保之 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2022年12月号より)

菅野信三 東急レクリエーション
菅野信三 東急レクリエーション社長
かんの・しんぞう 1951年生まれ、宮城県出身。75年東京急行電鉄(現東急)入社。2007年東急レクリエーション入社、14年より現職。東京都興行生活衛生同業組合理事長、全国興行生活衛生同業組合連合会副会長。映画産業団体

連合会理事、キネコ・フィルム理事、キネコ国際映画祭ジェネラルプロデューサーを務める。

興行界を襲ったコロナ。不安結果的には杞憂に終わった

―― 「エンターテイメント ライフをデザインする企業へ」を経営ビジョンに掲げ、映像事業が売り上げ全体の約6割を占める重要な位置付けにあります。コロナ禍のこの2年はやはり厳しい状況でしたか?

菅野 コロナは誰も想像できなかった事態で既に3年近くになりますが、まだ感染状況は収まりません。この間は、緊急事態宣言等の社会的要請を受けるなど経営は大変厳しい状況になりました。映像事業の売り上げ/総利益の推移は、2019年の208億円/18億円から、20年114億円(対19年比45%減)/▲9億円、21年116億円(同44%減)/▲5億円。しかし今年は、この2年間ほぼ供給がストップしていたハリウッド大作が本格的に戻って大ヒットが生まれており、22年1~6月の売上高は75億円(前年同期比52・5%増)まで回復しています。今年の会社全体の売り上げは、コロナ禍前の85%ほどまで戻せる見通しです。

―― コロナ禍の一時期は映画館の休業もあり、動画配信サービスがシェアを急拡大し、映像コンテンツのネット視聴が一般的になってきています。興行界はこの間どのような思いでしたか。

菅野 先の全く見えないコロナ当初は、映画館のファーストウインドーとしての存在意義が薄れるという不安が業界全体にありました。しかし、それは杞憂に終わっています。

 洋画メジャー各社は、「映画館と配信の同時公開」や「配信独占公開」などコロナ禍で試行錯誤を重ねてきました。その結果、劇場公開を経て配信に出すというメディアウインドーの順序が最大収益を得るという結論に至りました。ですから、今後も劇場独占公開期間は保たれると考えています。

 そこで問題になるのは、映画館から配信公開までの期間ですが、現在では45日ルールがほぼ定着しています。ただ例外もあり、『トップガンマーヴェリック』などの大ヒット作は、3カ月以上劇場上映だけが続いています。そこは以前と変わらず、観客動員が興行的に弱くなるまでは、できるだけ映画館での上映を続けるスタンスです。映画館がファーストウインドーである限り、動画配信は映画館にとっての大きな脅威にはならず、また作品によって棲み分けるなど共存していくものになるでしょう。

 興行界はこれまで苦しい経営状況を耐え忍ぶ我慢の時代でした。そこからようやく制約がなくなり、お客さまは戻っています。大画面と優れた音響の映画館で、多くの人と空間を共有し、感動をともにするという非日常の体験は、人間の本能的な喜びではないでしょうか。

―― コロナ禍を経て映画館ならではの体験価値が高まっています。

菅野 いま映画館はデジタル化で何でもできる時代です。音楽のライブやコンサート中継のほか、歌舞伎やミュージカルなど映画以外の多様な映像コンテンツの上映もできますし、コロナ禍前は応援上映といったイベントも盛況でした。また、チケットは高額でもIMAXや4DX、スクリーンⅩなど特別な鑑賞体験を提供するシアターから完売していきます。映画館でしか味わえない体験が求められています。

 一方、映画館に足を向けるのは、全国民の約半分ほど。また、年間鑑賞回数も他国に比べて低いことを考えると、まだまだ伸びしろがあると思います。映画館に行かない人たちにどう興味を持ってもらえるか。今はそういう人たちもネット配信でいろいろな映像作品に触れる機会が増えています。いつかは本物の映画を映画館で見たいと思ってくれるのではないでしょうか。従ってネット配信は映画館にとってもプラスに作用すると考えています。日本の人口は減少していますけれど、映画館の未来は明るい。

次のチャレンジはデジタルエンタメ領域

東急レクリエーション
東急レクリエーション

―― 映像事業が苦戦するなか、新たなビジネスの模索もありましたか?

菅野 映像を含めた3つの事業のうち、不動産で売り上げのベースを支えながら、将来に向けて第三の成長エンジンを創造していくため、以前からいろいろなチャレンジを行っています。これはコロナ禍になったからではなく、私が社長になったときからトライ&エラーと検証を継続的に進めてきています。

 そのひとつとして次に見据えるのは、デジタルエンターテインメント領域。われわれはコンテンツを保有していませんから、場をどう彩っていくかに知恵を絞っています。そこで新しいコンテンツとのつながりが生まれ、新たなIP事業に発展すればそれに越したことはない。決して簡単ではありませんが、チャレンジをするのが当社のDNAです。

 また、新宿歌舞伎町の新宿TOKYU MILANO跡地に開発を進めている東急歌舞伎町タワーを23年4月に開業します。ホテルおよび映画館、劇場、ライブホールといったエンターテインメント施設などからなる国内最大級のホテル×エンタメ超高層複合施設になります。東急と共同で取り組んできた大型プロジェクトです。映画館(109シネマズプレミアム新宿)は日本初の全館プレミアムシアターになり、他にはない体験が待っています。ぜひ足を運んでもらいたいですね。

―― 3つの事業バランスはどう考えますか。

菅野 映画興行が主体の会社であり、シネコンのデジタル化によって作品による業績変動は減ったとはいえ多少あることを考えると、不動産事業が経営を支える役割は大きいですね。また、当社の今後の成長には映画興行以外の新たな成長エンジンが必要であり、ライフデザイン事業がそれを担います。あらゆる面で時代が大きく変わろうとしている時期だけに、今が次の成長のチャンスだと思います。時代に合ったエンターテインメントを創造し、多くの人々に感動を届けることが、当社の使命だと認識しています。

街ぐるみで子どもを育てる二子玉川の国際映画祭

東急レクリエーション 本施設外観イメージ
東急レクリエーション 本施設外観イメージ

―― 16年から「キネコ国際映画祭」に参画し、二子玉川の街と映画祭を大きく発展させてきました。

菅野 15年に会場を探していると相談を受けたのがはじまりです。東急が開発した二子玉川には、映画館やホールなどの施設が整っているほか、子どもたちが映画を通じて夢や希望を育む国際映画祭という趣旨にも合っていると考えました。

 東急グループ・野本弘文代表の賛同を得て、世田谷区長の保坂展人さんにも参加していただいています。世田谷区の共催を得ることで、街全体を会場にする映画祭として回を重ねるごとに大きく育ってきました。

―― 街と映画祭の理想的な関係性を構築しています。

菅野 毎年少しずつ拡大し、コロナ禍前は来場者が10万人以上になりました。保坂区長は世田谷区でいちばん大きな行事にしたいと言ってくれていますが、映画館だけでなく公園や河川敷での屋外上映のほか、街中のカフェやスタジオの壁をスクリーンにしたり、ワークショップやマルシェ、大道芸などが至るところで行われ、街ぐるみの映画祭として親しまれています。

 今年は新たに、入院して外出できない子どもたちのために、映画祭と病院をネットでつなぐホスピタルプロジェクトをスタートしました。これがうまくいけば、日本中の施設の子どもたちに映画祭を体験してもらえるようになります。これからの課題は、映画祭に来ることができない子どもたちにどう伝えていくか、どう参加してもらえるようにするか。地方からの依頼もあり、これまでに熊本や岩手で実施していますが、定期的にローテーションで回る巡業を検討中です。

―― 会社としては社会貢献活動の一環になるのでしょうか。

菅野 結果的にはそうなりますね。二子玉川に賑わいが生まれて、地域価値が向上すれば、ひいては東急の企業価値向上につながります。また、子どものころから映画館で映画を見ることに親しんでもらうことで、ファンづくりの一環として映画業界にも貢献できます。

 ただそれよりも、子どもたちにとって最も必要とされている教育の一助になることが大きいと考えています。上映作品から世界中の子どもたちの生活や文化を知ることは、相手を思いやる心を育み、多くの学びを得る機会になります。その扉をここで開きたい。子どもの教育はとても大事です。映画祭を教育の一環にしてもらうことが願いです。