2011年に創業したKAI-YOU(カイユウ)が運営する、ポップカルチャーメディア「KAI-YOU.net」。もともとインディーズ文芸誌から始まり、13年にウェブメディアへと姿を変えた。若者を中心に人気を集めPV数を順調に伸ばしてきたが、マネタイズの面では試行錯誤を積み重ねている。米村智水社長が語る、ウェブメディア事業成功の秘訣とは。聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』巻頭特集「ウェブメディアの現在地」2023年1月号より)
カイユウ 米村智水氏のプロフィール
ネットワーク広告で稼ぐなら1億、2億のPVが欲しい
―― 2013年にローンチしたKAI-YOU.netは、アニメや漫画、ゲームなどポップカルチャーを中心に扱い、特に若い世代から人気を集めるウェブメディアです。もともとは、米村社長が大学の友人たちと作っていたインディーズの文芸誌『界遊』にルーツがあると聞きました。なぜ形態を変えたのでしょうか。
米村 いくつか理由はありますが、そもそも紙なのかウェブなのか、媒体に対して特にこだわりはもっていませんでした。『界遊』は大手出版社の5大文芸誌以上に売れることもあり、そのまま事業にしようと考え、11年にカイユウを設立しました。
ただ、同時に私はウェブ系の企業で働いていたこともあって、すべてのコンテンツはいずれデジタルに移行するだろうという感覚を持っていました。他にも参入のしやすさなども考慮し、ウェブにしました。
―― 手ごたえはいかがでしたか。
米村 PV数は順調に伸びました。リリース翌年の14年には月平均で350万PV、17年には月平均620万PVを突破。今では月平均2000万PV以上を維持しています。
ただ、マネタイズまで考えると徐々に頭打ちになっていく感じが募っていました。当時はアドネットワーク由来の広告収入がメインだったんです。収益を増やすためには、PVを上げなければ話になりません。しかも、まとまった収益を生むためには1日に1億、2億くらいのPVが必要だと痛感しました。
KAI-YOU.netは速報系メディアではなく、深掘りしていく方針で記事を書いています。どうしても量産ができません。さらに、まだまだ世間で認知が広がっていないニッチなテーマを扱うことにもこだわっています。例えば芸能人の不倫など、「バズる」ネタは取り上げませんので、爆発的にPVを伸ばすのは現実的ではありませんでした。
結局、普通にウェブメディアに広告を貼るだけでは、スモールビジネスにならざるを得ません。そこで、広告モデルではなく、コアな読者層に焦点を合わせたメディアにしていくべきだと考え、19年に「KAI-YOU
Premium」という月額1千円(税別)のサブスクモデルを導入しました。
―― 有料プランを導入するとなると、課金に戸惑う読者も多くいそうです。また、ネット上で課金することへ忌避感を持つ人もいます。
米村 確かにかつてのインターネットは、無料(フリー)であることがひとつの価値観だったと思います。ネット空間は一種の遊び場のようになっていて、誰かが勝手に動画や音声などコンテンツをアップし、多くの人がそれを探して楽しんでいた。ただ、NetflixやSpotifyなどが登場し、さまざまなコンテンツがデジタル化していく流れの中で、遊び場的なインターネットが、生活や経済に結び付き、良いコンテンツにはお金を払うことが普通だという価値観が一般化してきました。
ですから、課金することで良質なコンテンツを得た体験を持つ人が増えていて、KAI-YOUPremiumも抵抗なく受け入れられたと思っています。詳細は非公表ですが、実際に有料会員数は右肩上がりで伸び続けています。収益ベースでみると、ネットワーク広告とプレミアム会員収入が1対3という感じです。ここに不定期で純広告や記事広告が加わるような収益モデルを確立しました。
本音を語る場所をつくることがメディア唯一の勝ち筋
―― どういったコンテンツが有料会員獲得につながっていますか。
米村 アーティストのロングインタビューなどが特に人気です。完全クローズドだからこそ聞ける話、届けられる話があって、それが会員獲得に結びついています。取材対象の「本音」が伝わるコンテンツ作りには特にこだわっています。
先ほど、インターネットが持っていた大きな価値観に無料(フリー)があると言いました。もう一つ大きな価値観はボーダーレスであることです。ネット上は境界がなく、自分の発信を世界中へ届けることができます。ところが、10年代の終盤から顕著になってきたのは、思いもしないところへ発信が届き、意図しない解釈が軋轢を生み、そして予期せぬ対立や炎上を引き起こすことです。その結果、ボーダーレスで自由なはずのネット上で、本音を語る場所がなくなるという逆説的な状況を生み出しています。名前のある人であればあるほど、ポジショントークと何かに忖度した意見ばかり。そうなると、本音を聞ける場所、本心が分かる言葉は貴重なメディアやコンテンツになると考えています。
やや極端な言い方ですが、KAI-YOUPremiumができるまでメディアってもう必要ないと思っていたんです。SNSやYouTubeがあって、発信する方も自分でできてしまうし、受容する方もコンテンツがあふれています。そうした中で、わざわざメディアを立ち上げて多数のライターやクリエーターを抱えてビジネスをするのは、時代に逆行していますよね(笑)。それでもまだメディアの役割が残されているとすれば、取材する人とされる人の対話から生まれてくる、他では聞けない「本音」を届けていくことです。勝ち筋というか需要はそこにしかない。
―― ウェブメディアのマネタイズで押さえておくべきポイントは。
米村 まずそもそも大きく稼げる事業ではないと理解することです。編集者やライターを雇って記事をつくり、PV換算のアドネットワークで収益を生み出していくのは、ビジネスモデルとして完全に破綻しています。かつての「MERY」や「WELQ」のような省コストの乱造体制を取るなら話は別ですが、そのような記事はもうグーグルや各種プラットフォームも看過していません。
収益を安定させるという意味では、サブスクモデルは必須だと感じます。加えて、これから存続するメディアに共通するのは、複数のファンダム(特定ジャンルの熱狂的なファン)から支持を得ていることです。高い熱量は必ず外に漏れて別の層にも届きます。それを積み重ねることで、メディア自身にファンがつく。読者から信頼を勝ち取って応援されるような存在になれれば、イギリスのガーディアン紙のようなドネーション(寄付)モデルも考えられると思います。
いろいろと悲観的なことをお話ししましたが、KAI-YOUは熱量を積み上げることにこだわってきましたので、まだまだPVも有料会員も伸ばしていきます。ただ、延々と記事を作り続けるような労働集約型の運営では疲弊してしまいますので、外部のチャットツール「Discord」などを活用しながら、コミュニティ機能をより充実させていくことが重要になります。
それからウェブメディアについて語る場合、どうしても紙媒体の延長でコンテンツの中身の話ばかりになりがちですが、あくまでウェブ事業なのでエンジニアやデザイナーの技術力や開発環境も非常に大事です。われわれもローンチから10年以上が経過していますので、大幅に改修しているところです。来年から大きく生まれ変わります! 新たなKAI-YOUをのぞきに来てください。