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デジタル転換を徹底するヴォーグ流の「覚悟」とは コンデナスト・ジャパン 北田 淳

北田淳 コンデナスト・ジャパン

米国に本社を構え、雑誌『VOGUE』『WIRED』『GQ』を中心に世界的にメディア展開しているコンデナスト社の日本法人である同社は、この10年間で紙からマルチメディアへと跳躍を果たした。ビデオコンテンツの充実や、SNSを活用したtoC領域の開拓など、広告以外にも新たな収益化の柱を打ち立てると北田淳氏は語る。聞き手=金本景介 Photo=矢島泰輔(雑誌『経済界』巻頭特集「ウェブメディアの現在地」2023年1月号より)

コンデナスト・ジャパン 北田 淳氏プロフィール

北田淳 コンデナスト・ジャパン
北田 淳 コンデナスト・ジャパン社長
きただ・じゅん 1968年6月生まれ。91年武蔵大学卒業後、アド電通東京入社。その後、中央公論社に入社し、広告局でGQ JAPANとmarie claireの広告を担当。97年コンデナスト・パブリケーションズ・ジャパン入社。広告・マーケティング部長などを経て、2010年から現職。

いまだ残る雑誌の有効性と世界とのギャップ

―― 雑誌や新聞など紙媒体は業界全体で発行部数の低下が止まりません。『VOGUE JAPAN(ヴォーグ・ジャパン)』はどのような状況にありますか。

北田 私が社長に就任した2010年頃は、まだリーマンショックの余波があり、広告収入も部数も打撃を受けていた時期です。当然、印刷代などコストコントロールできるところは徹底しましたが、雑誌事業を主軸として変わらずに進めていった場合、いつから赤字となるかを試算してみました。当時は、最悪時の見積もりとして5年後には相当厳しくなるはずだと考えました。

 ただ、意外なことに10年代に入ると雑誌の収益低下は止まり、結果として以前想定していたほど現在のヴォーグ・ジャパンの部数は、大きく低下していません。文字を中心にニュース情報を主軸にした雑誌は、ずっと厳しい状況にあるはずですが、ヴォーグの場合は誌面のビジュアルを最重視した構成であり、内容のクオリティには誇りを持って制作しています。ですから実際の雑誌を手に取りながら、じっくりと読みたいというニーズは残ります。

―― 昔からの根強いファンが多い印象があります。

北田 雑誌は読者と共に歳を取りますから、年齢層が上がっていくことは当然です。ただ、当社の場合はそうではありません。これは私も驚きましたが、昨年に大がかりな読者調査を実施したところ、読者の39%は若い世代でした。当然ミレニアル世代やZ世代に訴求していかなければメディアとして未来はありません。この調査結果を受け、取材対象も変え、若い世代が熱狂するような人物を取り上げることで、新しい読者を増やしています。

 ただ、雑誌だけではダメだというのは事実です。アメリカ本社でも「脱・雑誌」の傾向は強まっています。

―― 将来的に『ヴォーグ・ジャパン』を完全ウェブメディア化する可能性はありますか。

北田 雑誌という形式に一切固執はしていません。何年後になるかは決まってはいないものの雑誌が基本的になくなるかもしれないという前提でモノを考えています。ただ、本社が各国のヴォーグを分析したところ、『ヴォーグ・ジャパン』の利益率が最も高いことが分かりました。日本は世界と比較しても特殊な環境で、現時点では雑誌がいまだ力を持っているのは事実です。ブランディングという点でも効果はありますから、大事なプラットフォームの一つです。

絶えざる改革で収益の多様化をねらう

―― デジタル化という点で、大きくビジネスモデルを変えています。

北田 出版社としての枠組みには収まらない「マルチメディアカンパニー」になることをスローガンに掲げ展開してきました。これは雑誌以外のメディアやプラットフォームをつくり、そこでマネタイズが成立し、オーディエンスがしっかりと定着するということまで含みます。

 現在はウェブやSNSを活用した取り組みや、リアルでのイベント開催を複合的に組み合わせ、収益を上げています。

 10年時点では売り上げ全体の96%が雑誌関連でしたが、現在は25%となっています。つまり他の新規事業が伸びてきているわけです。内訳としては、ウェブサイトとビデオコンテンツ関連が47%。当社のクリエイティブ・エージェンシーである「CNX」や、「ヴォーグスタジオ」が27%となっています。これは、他社のブランド展開を当社がOEM的に受託し、ウェブサイトやオウンドメディア、店頭で配布するカタログから、ソーシャルメディアで公開するビデオまで、まとめてコンテンツ制作を引き受ける新規ビジネスです。

―― 特にビデオを活用した取り組みが目立ちます。

北田 16年にビデオの専任チームをつくりましたが、他の出版社と比べても当社が一番早かったはずです。今日ビデオだけの収益を見ると全体の18%を占めており急成長しています。他事業も含めたトータルの売り上げは、14年時と比較して20年には2・5倍に成長しました。このためには組織やカルチャー、そしてビジョンからスタッフまで根本的に大きく変えなければならず、痛みも伴いました。ただ、何をするにしても新しい仕事を始めるには「覚悟」が最も必要になります。他の競合メディアに負けないナンバーワンのデジタル体制を築くべく前のめりに進めてきました。

―― 次なる新規事業は。

北田 当社には良質な読者やオーディエンスがたくさんいるわけですから、コンシューマ起点でのビジネスをゼロから創ろうとしています。現在は9割が企業からの収益ですが、金融危機やコロナ禍が起こると、toBをメインとした当社のようなメディアは予算を減らされ売り上げに直に影響を受けやすいので、新たにtoC領域で収益の柱を立てるべく動いています。

 例えば、世の中はソーシャルメディアがホットですが、ここには来年一層注力していきます。フェイスブックやティックトック、インスタグラムなどそれぞれのプラットフォームの性質や、客層にあわせた内容の動画コンテンツ制作と配信を開始しています。ソーシャルメディアはコミュニティづくりに有効ですから、ファンを増やしマネタイズしていきます。

―― 他にメディアのコンシューマー向けの収益化といえば、記事へのペイウォール(課金)は王道です。

北田 ペイウォールが順調に伸びているのは『WIRED(ワイヤード)』です。ただ、何でも有料化すれば良いわけではありません。雑誌同様にデジタルでも、残るものと消えるものが出てきます。特にファッション分野の場合はどこにでも情報がありますから、特別なコンテンツでなければ課金は難しいかもしれません。

 ワイヤードにはその無二性があります。よりよい未来のためのテクノロジーという観点をはじめ質の高いジャーナリズムを提供しているので、他の媒体と差別化に成功しています。

―― クリックベイトなど扇情的な見出しで読者数を稼ぐ記事も、ウェブには散見されます。

北田 ウェブメディアの価値はPVやユニークユーザー数だけではありません。それは二次的な話です。当社はコンテンツを最も重視しています。エディターは雑誌だけではなくデジタルコンテンツを制作、発信しています。

 また各プラットフォームごとに、ビデオやソーシャルに特化した適切なデジタル人材を配し、高い質でファンを獲得するわけです。数だけを稼ぐ発想ではブランドは毀損されます。常に長期的なゴールを逆算しつつ、マネタイズとブランディングを両立させるべきです。