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地域や企業の連携により北海道各地の魅力を掘り起こし世界に向けて発信を 日本銀行 札幌支店長 松野知之

日本銀行 札幌支店長 松野知之

観光が主要産業である北海道経済にとって、長引くコロナ禍は厳しい冬の時代の到来となった。経済が徐々に回復の兆しを見せる今、社会課題や世界情勢に負けず産業を成長させていくための鍵を、日本銀行の松野知之札幌支店長に聞いた。(雑誌『経済界』「新時代を切り拓く北海道特集」2023年2月号より)

日本銀行 札幌支店長 松野知之
日本銀行 札幌支店長 松野知之
まつの・ともゆき──1967年函館市生まれ。89年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。大阪支店調査役、名古屋支店営業課長、那覇支店長、広島支店長などを経て、2022年5月より現職。

経済が緩やかに回復する中、人口減少対策が重要に

 北海道経済は、行動制限の緩和で観光客が戻り、個人消費も回復傾向が続くなど、現在は緩やかに持ち直していると見ています。日銀短観の業況判断DIでは、2022年9月は前期に比べて4ポイント改善し、コロナ禍が始まって以来、2年9カ月ぶりにプラスになりました。調査からはポストコロナに向けて、前向きな設備投資に取り組む企業の動きも見て取れました。

 今後の北海道経済を見通すと、ポジティブ要因とネガティブ要因が綱引きし合っている状況です。ポジティブな要因は、観光業が本格的に回復してくるということです。22年10月に全国旅行支援がスタートし、外国人観光客の入国制限も緩和されたため、国内外からの観光客がどんどん増えていくと思われます。逆にネガティブ要因は、原材料や燃料価格の上昇です。為替の円安はインバウンドの消費にはプラスに働きますが、輸入物の価格にはマイナスの影響を与えます。また、北海道にとって燃料価格高騰は冬の暖房費増に直結するため、企業活動や家計の消費活動を下押しします。

 さらに北海道には、人口減少という課題があります。札幌への一極集中も同時に起こっているため、その他の地域は減少が加速しています。広大な土地はすばらしい観光資源である一方で、物流のコストを増大させます。今後は人口減少を前提とした、持続可能なビジネスモデルやライフスタイルをどうつくっていくかというのが、北海道の大きなテーマになるでしょう。

従来スタイルの観光から地域ブランド力の勝負に転換

 観光業は北海道経済を牽引する主力産業です。今後成長を続けるには、リピーターをどう増やしていくかが重要で、それにはおもてなしの力が不可欠です。しかしそのおもてなしを支える宿泊などのサービス業は、人手不足が深刻です。ロボット化やシステム化だけでは解決しづらい業界なので、働く人々にどう安定した収入をもたらすかが課題です。観光には繁閑期があり、この収入差をなくすことが一つの方策です。コロナ禍で近場の観光が見直されましたが、オフシーズンに地元の観光需要を掘り起こすことで安定雇用が実現できると思います。

 観光業は全国トップクラスですが、製造業は全国平均よりも低調です。食の分野はもちろん、家具や工芸品、デジタルコンテンツなど、北海道には良い物がたくさんあります。円安の追い風もある今、これまで産地周辺でしか消費されていなかった物を道外や海外に売り、新たな産業を伸ばしていくチャンスが来ています。

 そのために解決しなければならないのが物流網です。人手不足は物流業界でも深刻で、働き方改革関連法施行で始まる労働時間規制による諸問題は「2024年問題」とも呼ばれています。北海道内の物流コストの高さは企業の参入障壁となりますが、一度ルートを確立できれば大きな強みとなります。

 地域の産品をブランドとして徹底的に磨く手もあります。最近北海道産の日本酒の評価が高まっていますが、ある酒造は地元産の酒米と水にこだわり、小ロットで品質の高い酒造りをして全国的に高い評価を受けています。面白いのは、商品を酒蔵周辺や酒米の産地に優先的に出荷し、地産地消を徹底している点です。あえて産地に行かないと買えない物にして価値を上げているのです。その土地でしかできない体験を増やすことが、地域のブランド力となります。各地域が一致団結して、まだ知られていない北海道の魅力を発信していくことが大切です。

新産業を核にして新たなコミュニティ創出を

 脱炭素の取り組みが世界的に推進される中ですが、北海道は再生可能エネルギーや脱炭素の分野においても地の利があります。北海道独自の循環型システムのモデルケースを作り、そういう工場や発電所、設備など含め発信していくこと。また、それらと観光をかけ合わせることで、次世代の方々に地球環境を学ぶ場を提供できると思います。

 先進的な取り組みとして、宇宙産業でベンチャー企業が活発になっている例があります。ロケットはもちろんのこと、気球で宇宙を目指す企業などユニークな取り組みも見られ、今後重要産業として育っていくことを期待しています。それらは新たな製造業やIT企業を生み出すきっかけとなり、技術のレベルアップにより裾野の産業の成長にもつながるので、日本全体にも良い波及効果があると思います。

 観光だけでなく、さまざまな分野で、北海道に愛情や情熱を持った仲間を増やし、担い手を育てていくことが今後の成長の鍵です。そのためには、道外から来た人と地場産業の担い手など、人が出会って交流するコミュニティ拠点を、道内各地につくっていく取り組みが重要です。そうした場が増えれば、ポテンシャルが大きい北海道の将来は、きっと面白いものになると思います。