進撃のベンチャー徹底分析 第21回
今回ご登場いただくのは、Sopitalの伊藤惇史社長だ。同社はAI技術を用いた音声解析でセールスの効率化、売り上げ拡大を支援するサービス、Fonetboxを提供している。この分野は今後、急速な市場拡大が期待できる。文・戸村光(雑誌『経済界』2023年2月号より)
学生時代、ボストン留学刺激を受け起業を決意
伊藤氏は学生時代、ボストンへ留学。ハーバード大学やMITといった優秀な大学生が集まる環境に身を置いた。そこでは意識の高い学生が毎日イベントで集まり、〝自分は何者であるか、どのように社会に貢献するのか〟を説明する機会が多かった。同い年の日本に住む同級生は就職活動で頭を悩ませている一方で、世界のエリート達は〝起業に失敗したら就職活動をすればいい〟という真逆なスタイルであることに伊藤氏は衝撃を受けた。身近の学生が起業していく中で、伊藤氏も実業を通して世の中を豊かにしたいという気持ちが強くなっていった。
ボストンで経験した誰にでも相談できる環境
ボストンでは起業家にメンターがつき、コーチングを定期的に受けるということが一般的だった。学生起業家はエグジット経験者(会社の上場や事業売却をした経験がある先輩経営者)に相談できる環境が整っていた。その後、伊藤氏は日本に帰り、学生生活に戻り起業準備を進めるが、ボストンのようなメンターに相談できる土壌が日本では整っていないことに気づく。そこでその課題を解決すべく起業、同志社大学をドロップアウトする。
起業家の孤独を解決するビジネスコーチング機能
米国ではしばしば起業家のメンタルヘルスの問題が話題となる。米国国立精神衛生研究所の調査によると、メンタルヘルスの課題を抱えていると答えた人は一般人が48%に対して、起業家は72%にのぼる。また精神疾患と病院から認定を受けている割合は一般人が32%に対して、起業家は約半数がその問題に悩まされている。起業家は仕事でうまくいっても、社員に比べて褒められることもなく、また事業が失敗するとすべてが代表者の責任となる孤独な生き物だ。そこで伊藤氏は孤独を解決するため、起業家に寄り添い、生活習慣から日々のメンタリング、事業の相談までを引き受けるビジネスコーチングスクールを立ち上げた。
ビジネススクール出身の副業・起業家は年間100人
学生を辞め一念発起で設立したビジネススクールからは、2022年現在で毎年100人の社長が生まれている。他社の運営するスクールでは手の届かない、生徒一人一人の生活に向き合う点が画期的で、大きな話題となった。そのプログラムは多様で、中には毎日の食生活まで指導を行い、メンタルヘルスや生活の乱れを整え、生徒が事業に集中できるよう支援するものもある。起業家にメンターが寄り添い、定期的にコーチングを依頼する環境は、伊藤氏がボストン時代に経験したことだ。自分自身が、日本にもこうした環境をつくることがいいと思って始めたもので、まさにタイムマシンサービス(海外の流行りを日本にもってくるサービスの意味)だ。
ソフトバンク在籍のAI開発者と起業
ビジネススクールを運営する中で見えてきた課題は、起業家の営業スキルの再現性の難しさだ。起業家は会社の中で最も営業成績が高くなくてはいけない。しかしその一方で、代表任せの組織では企業が成長することは不可能であり、部下へ権限委任をしなければ大きな事業を生み出すことはできない。しかし起業家の営業スキルを社員が身につけることは極めて難しく、多くのベンチャー企業の悩みとなっている。伊藤氏のビジネススクールから育った起業家たちも同じ悩みを抱えていた。その課題を解決すべく生み出されたのが、Fonetboxだ。伊藤氏の大学時代の旧友であり、現在ソフトバンクでAI研究に取り組んでいる後藤智紀氏をCTOに招き開発したそのサービスは、AIの音声認識技術により録音した営業データを解析、トークスクリプトの改善、不要な笑いや話し方の修正、顧客タイプの分析、オファータイミングの提案を可能とする。
音声解析ソフトで営業効率をあげる
このような営業サポートは、米国ではセールスイネーブルメント(Sales Enablement)と呼ばれる領域であり、一種の市場トレンドとして注目を集めている。営業組織の効率化を支援するツールに関しては、Zoomなど多くのスタートアップが覇権を争っている。Fonetboxと類似のサービスを提供するGongには、現在72・5億ドルの評価額がついている。これは評価額10億ドルのユニコーン企業をはるかに超える、驚くべき企業価値である。ソフトバンクグループの孫正義社長も楽天の三木谷浩史社長も、全米でトレンドとなっているサービスを日本展開するタイムマシン経営で成長してきた。今、米国で注目を集めている音声解析ソフトも、間もなく日本でも当たり前に使われるのは間違いない。その意味でFonetboxには大きな可能性がある。このサービスにより起業家が今以上に経営に集中できれば、日本の生産性およびGDP向上につながっていく。