経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

第3回 組織が心の壁を破り成果を出すには

田岡氏

【連載】上司・部下・組織が活性化する「働きがい心理学」(全3回)

第1回「まずは上司自身が心の壁を超えることから」、第2回「多様な部下の心の壁を超えるには」と、上司自身や部下が働きがいを得るために超えなければならない心の壁について、その超え方をご紹介してきました。今回は「組織が超えなければならない心の壁」についてお伝えしていきます。皆さまの職場活性化にお役立てください。(「経済界ウェブ」オリジナル連載)

田岡英明氏のプロフィール

田岡氏
田岡英明(たおか・ひであき)――働きがい創造研究所取締役社長。FeelWorksエグゼクティブコンサルタント。国家資格キャリアコンサルタント。全米NLP協会公認NLPトレーナー。1968年生まれ。東京都出身。山之内製薬のMRなどを経て、2014年FeelWorks入社。管理職向けマネジメント研修や、若手・中堅向けのマインドアップ研修を行う。2017年働きがい創造研究所設立、取締役社長就任。「働きがい」をテーマに組織開発や、実践心理学NLPを応用したトレーニングを展開。著書『マネジメントのイライラが消える! 実践「働きがい心理学」』(FeelWorks)(https://www.amazon.co.jp/dp/4910629033)など。働きがい創造研究所 https://hatarakigai.jp/

組織内の言葉を観察しグッドサイクルを回す

 どのような組織内コミュニケーションがなされているかで、その企業の組織風土を読み解くことができます。組織内コミュニケーションをイメージするために、MIT教授のダニエル・キムが提唱する「組織の成功循環モデル」が参考になります。このモデルの中でダニエル・キムは、組織に存在する4つの質(結果の質・関係の質・思考の質・行動の質)を上げ、バッドサイクルとグッドサイクルを提唱しています。

 バッドサイクルは結果の質にこだわったコミュニケーションからスタートする、次の流れを示しています。

1)結果の質:成果の上がっていない状況に対し、成果の追求ばかりを上司が部下にする。

2)関係の質:成果の追求に対し、部下それぞれが心のシャッターを閉じ、組織内の関係がギスギスしている。

3)思考の質:組織のギスギス感情が蔓延し、「言われたことだけやっておこう」といった受け身のマインドが広がっていく。

4)行動の質:受け身のマインドから自発的な行動が減り、行動の質と量が減っていく。そして、成果が出ない状況がさらに続く。

 これに対し、グッドサイクルは関係の質向上のためのコミュニケーションからスタートする、以下の流れを示しています。

1)関係の質:お互いに尊重し合い、一緒に考える関係性を構築する対話が豊富である。

2)思考の質:メンバー間のコミュニケーションから気づきが多く、仕事が面白くなる。

3)行動の質:仕事が面白いので、自分で考え自発的に行動するようになる。

4)結果の質:メンバーの自発的な行動により、成果が上がる。

 そして、この流れからお互いの信頼関係が増し、関係の質がさらに上がっていくといったものです。

 このモデルを参考に考えると、組織内コミュニケーションが上司から部下への一方通行的な成果追求のためばかりであったとすると、バッドサイクルの組織風土が出来上がっている可能性があります。逆に、上司の目的が成果追求にあったとしても、組織に存在するコミュニケーションが上司と部下や部下同士の相互理解を促すような双方向的なものであった場合、グッドサイクルの組織風土が出来上がっている可能性が高くなります。

 上司としては、グッドサイクルをベースとした成功循環モデル型のコミュニケーションがなされる風土を醸成し、さまざまな課題を克服しながら、組織成果を出していく必要があります。

 グッドサイクルを回す上で、次の2つの点に注意してください。

注意点①:関係の質向上に関しては、最近よく耳にする心理的安全性と同じような概念となります。この心理的安全性の中で育まれる関係の質は、仲良しこよしの組織ではなく、忖度なく組織のための提案や失敗経験等を共有できる風土を指します。

注意点②:グッドサイクルをスムーズに回し、組織成果を獲得していくためには、組織ビジョンやバリューといった組織の目的を浸透させていくことも同時に行う必要があります。これがないと従業員の向かう方向がばらつき、組織の生産性が損なわれてしまいます。

技術的課題と適応課題を分けて対応する

 グッドサイクルの組織風土を醸成しながら組織成果に向かう道筋の中で、上司はさまざまな課題にぶつかっていくことになります。この課題に関しては、課題の種類に応じた対応方法が求められます。

 ハーバード・ケネディスクール(行政大学院)上級講師のロナルド・A・ハイフェッツは、著書『最難関のリーダーシップ』で、組織に存在する課題を技術的課題と適応課題に分けて考えなければならないと言っています。技術的課題とは、既に解決策が分かっているもので、自分の外側にある既存の知識や技術を導入することで、その解決が図れるものと定義しています。この技術的課題に対しては、従来型の原因分析をメインとした問題解決型の対応方法が機能します。これに対して適応課題とは、人のモチベーションや人間関係等の問題で、これまでの施工様式や行動様式を、その課題に関わる全ての人々の中で変えていかなければ、その解決が図りにくいものと定義しており、上司が現場で頭を悩ます課題のほとんどが適応課題であることでしょう。

 この適応課題に対しては、従来型の原因分析をメインとした問題解決型のコミュニケーションは機能しにくく、関連する人々との探究と学習をベースとした組織内の双方向対話型の対応方法が求められます。この双方向対話型の施策を一般的には組織開発と呼び、その方法はさまざまですが、人と組織の心理といった観点からポジティブアプローチという手法をお勧めしています。

適応課題に対してポジティブアプローチを回す

 適応課題における人と組織の心理を読み解いていく場合に、マズローの欲求5段階説が参考になります。これは、生理的欲求→安全欲求→社会的欲求→承認欲求→自己実現欲求の5つを指します。生理的欲求と安全欲求が満たされている現代社会の中では、自己実現に向かった社会的欲求と承認欲求を満たすことが大切になります。社会的欲求とは、人とつながっていることを実感したい欲求であり、承認欲求はその字のごとく、周りから認められたいという欲求です。自己実現に向かって、この2つを満たすことは、私が提唱する働きがい心理学にも通じ、自己重要感と成長実感を育むことにつながっていきます。

 個人が自己実現に向かって社会的欲求と承認欲求が満たすとともに、組織の目的が達成されるような状態をつくるのです。そのためにはポジティブアプローチによる対話を進めていくことが有効です。ポジティブアプローチとは、課題の原因に焦点を当てるのではなく、未来のありたい組織の姿に焦点を合わせながら組織内対話を繰り返し、そのための施策を従業員を巻き込みながら進めていくものです。

 私がお手伝いしたある企業では、組織サーベイを取ったところ、業績は良いのに従業員の満足度が低いといった結果が出たため、部長級以上の方が次のような組織開発を進めました。現状の課題点の原因を徹底的に対話した後、組織の未来像に向けた経営層としてのあり方を言語化し、それぞれの役割を従業員を巻き込みながら進めていくというものです。1年半ほどの期間がかかりましたが、結果としては、双方向の組織内コミュニケーションが活性化され、離職率が大幅に減少し、組織の生産性向上に寄与できました。

〈ポジティブアプローチの進め方の例〉

①人と組織の働きがいを見える化するためのアンケートやサーベイを実施する。

②アンケートやサーベイの結果を元に組織内対話の場を設ける。

③組織のコンセプトや強みの目線合わせをする。

④コンセプトや強みを生かした働きがいに溢れる未来像をつくる。

⑤未来像に向けた役割と行動計画を決める。

 以上、組織で使われている言葉に耳を傾けながら現状の組織風土を読み解き、関係の質の向上から始まるグッドサイクルを回していく方法をご紹介しました。今回の内容が皆さまの組織成果につながれば幸いです。