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テスラの時価総額は4分の1にイーロン・マスク神話の今後

イーロン・マスク氏と言えば、テスラを時価総額世界一の自動車メーカーに育てた希代の起業家だ。ところが昨年、ツイッター社を買収してからケチがつき始めた。年明けにはテスラ株が大幅安となるなどテスラの今後にも黄信号がともり始めた。マスク神話は終わってしまうのか。文=ジャーナリスト 伊藤憲二(雑誌『経済界』2023年3月号より)

マスク神話をつくった3つのブレークスルー

 世界の自動車業界が普及に懐疑的だったバッテリー式電気自動車(以下BEV=Battery Electric Vehi
cle)で急成長を遂げ、現代版アメリカンドリームの体現者となったかに見えたテスラが試練の時を迎えている。2023年のニューヨーク証券取引所の初日1月3日、テスラ株は1日で12%以上下落。22年初頭には1兆2400億ドル(約161兆円)に膨れ上がっていた時価総額も同日、3300億ドル(約43兆円)へと1年で4分の1近くに縮小した。

 同社の革新的なブランドイメージを作り上げてきた立役者は他ならぬイーロン・マスクCEOだが、この株価暴落でその経営手腕を疑問視する声も出てきている。果たしてテスラの強さは虚像だったのか、それとも一時的な停滞なのか。

 「今のテスラ株は別に安いとは思いません。ここ2年ほどの株高があまりにばかげていただけです。1株100ドルで時価総額はトヨタ自動車の1・5倍近い3千億ドル、PER(株価収益率)は30倍。ようやく成長株として常識的な範囲に戻ってきたという感じでしょうか」

 アメリカの新興企業をはじめ海外のグロース株投資に詳しい証券関係者は語る。

 「ただし、常識的というのはテスラにとって誉め言葉ではありません。テスラが機関投資家だけでなく個人投資家からも広く買われていた背景には不可能を可能にするという神話がありました。テスラのブランド力は非常に強固ですが、それは単に成長性だけを見てのことではなく、ブレークスルーを生み出す潜在能力が期待されているという側面もありました。テスラがこのまま普通の会社になっていくのか、それともイーロン・マスク氏が再び世界を驚かせるような何かを繰り出せるのか。まさに今が分岐点だと思います」

 実際、03年創業のテスラが20年足らずのうちに今日のポジションにまでのし上がることができたのは、不可能と思われていたことを世界に先駆けて可能にしてきたからだ。そのマジックは何段にもわたって繰り出された。

 第一のブレークスルーは高性能なBEVを大量生産するということ。これはテスラにとって一番の難産で、初の完全自社製品であるラージクラスセダン「モデルS」の発売にこぎつけたのは創業から実に9年後の12年。それまでの間、他社製の車体にテスラが開発した電動システムを組み込んだ少量販売のオープンカー「ロードスター」以外はほとんど売り上げがなく、何度も会社存続の危機に立たされた。世の中からは「高価なバッテリーを大量に積んだBEVを市販するなど無理だったのだ」と嘲笑された。

すべてを変えたモデルSの登場

 ところが、モデルSが発売されると高級車の世界は様相が一変した。当時、高級車の最大市場はアメリカだったが、そのアメリカでメルセデス・ベンツやBMWといった高級車はモデルSの評判が浸透するにつれて販売台数で勝てなくなっていった。理由は性能と価格の対比で見ると、モデルSのほうが圧倒的に優れていたからである。

 今日、世界の高級車市場では電動化が加速度的に進行しており、中国資本のスウェーデンメーカー、ボルボのようにBEV専業メーカーへの転換を宣言するブランドも出てきている。エンジンにこだわっていても、性能でBEVに勝てないのでは競争に負けるだけだからだ。実際、今日の高級車の世界では10年も前に発売されたモデルSがいまだにベンチマークとなっており、メルセデス・ベンツやポルシェなど老舗メーカーの新商品が出るたびに「モデルSと並んだ」「モデルSを上回った」といった言葉で評価されるほどだ。高級車の電動化、脱石油のトレンドはまさにテスラが作ったと言っていい。

 テスラが次に示したブレークスルーは、電気自動車は儲からないという常識を覆したこと。前出のモデルS、その後に発売した大型SUV「モデルX」などの高級車を販売していた時代は自動車事業そのものは大赤字。利益は走行時にCO2を排出しないことで得られるCO2排出権を他メーカーに販売することで出していた。「やはりBEV事業にはサステナビリティがない」と、自動車業界や投資家から揶揄され、10年に資本参加したトヨタ自動車からも見切られる有様だった。

 それが一変したのは17年にモデルSよりも小型の「モデル3」の登場。モデル3は同じ価格帯で比較するとエンジンを搭載する高級中型車を大幅に上回る性能を持つという点はモデルSと同様だったが、異なっていたのは利益率である。

 モデルSやモデルXの経験をもとにBEVを合理的に作るにはどうしたらいいかという工夫を目いっぱい盛り込んだモデル3の原価は非常に安い。また、自動車本体だけでなく高度な半自動運転機能や車内での娯楽の提供といったソフトウエア面の収益化にも成功した。

 このモデル3の生産が軌道に乗るにつれ、テスラの業績は劇的に改善。今日では売上高営業利益率が10%台後半から20%と、量産メーカーとしては世界トップランナーの高収益企業に変貌している。CO2排出権の販売などなくても、BEVを作るだけで莫大な利益を出せる体質をモノにしたのである。

 第3はユーザーの利便性。BEVは充電に長い時間がかかり、不便というのが一般常識だった。急速充電器という装置を使うと短時間で電力残量を回復させることができるが、それを繰り返し使用すると高価な電池を傷めるということで、各社とも充電のスピードは抑え気味だった。

 それに対してテスラはいち早く、10分で走行距離200キロメートルないしそれ以上の電力を蓄えられる急速充電器を実用化した。そんな電池の使い方をしたらあっという間に劣化するだろうと自動車工学関係者の多くが予想していたが、実際にはテスラ車の電池の劣化率は後発のBEVよりもずっと優秀だった。それを見て世界が一気に大出力の充電器を整備する方向に動き始めた。

 このようにテスラは自動車業界における電気自動車の常識に対し、あえて逆張りするような策を打ち出し、成功させることで台風の目となった。バッテリーを生産する巨大工場の建設や高速充電網の整備など巨額の投資を必要とする案件も多く、成果が出なければ企業としての命運が尽きるような危機も幾度もあった。

単なる山師なのか神話の体現者か

 「自動車産業は今や古い産業。普通の神経をしていたら取りに行けないリスキーな経営戦略ばかりという印象がありました。良くも悪くもイーロン・マスクという人物のキャラクター、もっと直接的に言えば〝山師〟としての才能があればこその成功だったと思います。ウチもその後を追っていますが、そんな野蛮な戦略を取る勇気はない。ゆえにスピード感でもとてもかなわない」

 「40年にグローバル市場での電動化率100%」宣言を行ったホンダの技術系幹部はこう舌を巻く。

 たしかにどんな苦境に立たされてもBEV一本槍からまったくブレず、投資家から巨額の資金を引き入れ続けてきたイーロン・マスク氏の読みは見事だった。電気工学の世界では「テスラが設立された当時は今のようなBEV作りができるようになるという確信はどんな情報を得ていようと持てなかったはず」(電池メーカー関係者)と、単に読みが当たっただけとみる向きも少なくない。が、「再生可能エネルギーの世界もですが、とんでもないことをやってやろうという方針を立て、それを実現させるための投資を手段を選ばず引き入れると、有能な人材が集まってきて無理が無理でなくなっていくということもある。そういうバイタリティがこれまでのテスラからは感じられた」(前出のホンダ幹部)

 BEVの技術開発で他社の先を行き、最初の自社開発製品であるモデルSを発売してからわずか10年で年産130万台ものBEVを売るメーカーに成長したテスラだが、先行きは決して安泰ではない。乗り越えなければならない新たな壁は次々に到来している。

 テスラが早期の実用化を標榜していた自動運転技術の開発が当初の想定をはるかに超えて難航していること、原材料高騰でレアメタルを大量に使用するBEVのコストが急上昇していること、それに伴ってテスラが今後の新たな成長のトリガーにしようと考えていたコンパクトクラスのBEVの価格を引き下げるめどが立たなくなっていること、性能とは裏腹に決して評価の高くないテスラ車の品質や信頼性を上げること、等々。

 「テスラがこれまで見せてきた圧倒的なスピード感、競争力、創造性を今後もアドバンテージとして持ち続けられるかどうかが、ここ2、3年くらいで見えてくると思います」

 冒頭の証券関係者は言う。

 「今はイーロン・マスク氏のマジックに黄信号が点灯したと考える投資家が増えているので、同社の神がかり的なパフォーマンスへの評価は完全に剥落した状態です。〝もし〟という可能性の話ですが、テスラが早い段階で高性能なコンパクトクラスのBEVをリーズナブルな価格で出すことができたら、イーロン・マスク氏のマジックは再び世界の投資家を熱狂させるでしょう。完全自動運転もです。マジックはもうタネ切れと思われていればいるほどサプライズ効果は大きい」

 宇宙ステーションへの物資輸送や人工衛星打ち上げのビジネス化に成功するなど、自動車以外でも何かと世間をあっと驚かせ続けてきたイーロン・マスク氏。最近は株安に加え、「ツイッター」の買収でも目的が不透明視されるなど精彩を欠いている感は否めないが、サプライズで世界を席巻してきた同氏がこのまま凡百の経営方針に転ずるとも考えにくい。経営者としての器量が試されることになる〝次の一手〟やいかに。