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新浪剛史氏の代表幹事就任で過激さを増す経済同友会

新浪剛史 サントリーHD

経済3団体のひとつ、経済同友会の代表幹事が4月に交代する。櫻田謙悟氏に代わって就任するのは新浪剛史・サントリーホールディングス社長。新浪氏は直言居士として知られるが、過去に「45歳定年制」を主張し、話題を呼んだこともある。果たして同友会トップとしてどんな活動を行っていくのか。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2023年3月号より)

新浪剛史 サントリーHD
新浪剛史 サントリーHD

歴代代表幹事が起こした炎上事件

 1月5日、都内の経済3団体の新年祝賀会が開かれた。会場には岸田文雄首相も駆けつけ「新しい挑戦をする1年にしたい」と新年の抱負を語った。

 この祝賀会、2020年までは「経済3団体新年賀詞交歓会」として開かれていたが、新型コロナウイルスにより規模を縮小、名称も祝賀会と変更して開かれるようになって3年目を迎えた。それでもウィズコロナ生活にめどが立ったこともあり、参加者の顔つきも一昨年、昨年に比べ、和らいでいた。

 祝賀会を主催する経済3団体とは、経済団体連合会、日本商工会議所、経済同友会で、経団連は住友化学会長の十倉雅和氏、日商は三菱商事相談役の小林健氏、同友会はSOMPOホールディングスの櫻田謙悟会長が、それぞれ各団体のトップを務めている。

 このうち同友会代表幹事の櫻田氏は、今年4月に退任することが決まっており、後任にサントリーホールディングス社長の新浪剛史氏が就くことが、昨年12月に発表されている。

 同友会は他の2つの経済団体とは性格が異なる。経団連はその名のとおり、日本自動車工業会など各業界団体の連合会。日商は全国に515ある商工会議所を束ねている。業界団体や商工会議所に加入するのはあくまで企業であり、その代表として経営者が活動を行う。

 ところが同友会の場合、加入するのは企業ではなく個人としての企業経営者。そのため、発言や活動を行うに当たり、業界等に配慮する必要はない。そうした背景もあり、過去に何度も物議をかもしてきた。

 例えば15年から19年まで代表幹事を務めた小林喜光氏(元三菱ケミカルホールディングス会長)は、17年4月に予定されていた消費税が延期された時は「国家100年の計の思いで国民も覚悟を決めないと本当に破綻してしまう。ぬるま湯につかってゆでガエル症状を呈している。最後は自分がゆで上がって死んでしまう認識がない」と当時の安倍政権を強烈に批判した。

 また退任直前の春闘では、ベースアップを求める連合に対して「予測不能なことが増える時代にいつまでも右肩上がりのベースアップってアホじゃないか」とも語っている。ベースアップについては当時と今では環境が大きく変わっているが、その前段の「予測不能なことが増える時代」については、その後に世界に起きたことを考えれば、まさに正鵠を射ていたと言える。

 物議をかもすという意味では元代表幹事の櫻田氏も負けてはいない。コロナの大流行から間もない20年4月、政府はコロナ対策として10万円の一律支給を発表した。この時櫻田氏は、この支給を歓迎したうえで「電子マネーでの給付が望ましい」と発言した。これに対して、生活困窮者の多くが「家賃や光熱費は電子マネーで払えない」と反発、炎上した。

 今から振り返れば、コロナ禍により現金決済より接触の少ない電子マネー決済が一気に普及。さらには年内にも賃金のデジタル払いが認められるなど、櫻田氏の「予言」どおりになっており、先見の明があったことは明らかだが、電子マネー決済が20%にも満たなかった当時は、「庶民の生活実態を知らない」と批判されたりもした。

 しかしこのような自由な発言が世の中に新たな風を呼び、なかなか変わらない日本社会を動かしてきたのは間違いない。

45歳定年制導入を訴えた新浪氏の真意

 その意味で4月に就任予定の新浪氏ほど、同友会代表幹事の適任者はいないだろう。何しろ12月の代表幹事交代会見では司会者から「批判を恐れない」「物議を招くこともある」と異例の紹介をされている。

 新浪氏の発言で過去、もっとも話題になったのは、「45歳定年制」だろう。21年9月に開かれた同友会の夏季セミナーで、「日本企業が企業価値を向上させるため、45歳定年制の導入によって、人材の流動化を進める必要がある」と発言した一件だ。

 この発言が報じられると、「企業が社員を解雇しやすくし、さらには給料を抑えるための方便」との批判が起きた。

 45歳定年制は以前からの新浪氏の持論だ。本誌20年11月号のインタビューでは次のように答えている。

 《定年というのは、その年齢まで雇用を保証すると同時に、その年になれば辞めてもらうということです。日本は終身雇用で解雇するのが難しいために定めたひとつの方法論です。でも人によっては、65歳が定年だとしたら、65歳までどうやって会社に残るかと考えてしまいます。それよりは、自分の未来を自分でつくるという意味で、仮に45歳で会社を去ることになると、早い段階からそのあとのことを考え、自分自身を磨いていかざるを得ない。それが個人にとっても会社にとっても良い結果につながるのではないですか》

 遅れたデジタル化、一向に上がらない企業の生産性など、今の日本社会には課題が山積している。新浪氏はそこに非常に強い危機感を感じている。45歳定年制はそうした日本に対する一種のショック療法的な発言と言える。

 代表幹事交代会見でも「日本はいいものを持っているのに自信を失ってしまい、おかしい。しかしながら変われない、変わっていくのは嫌だなと。『失った30年』はまさにそうで、処方箋や何が問題なのかという議論は尽くされた」と語り、問題点がどこにあるか分かっていながら、変わろうとしない日本に対して警鐘を鳴らしている。

 代表幹事としての抱負でも「変わらなくてはいけないところは皆で変えようと。その結果、最初は少し苦痛があるかもしれないけれど、幸せになれるよと。日本の良いコミュニティーを再生していく」と、日本が再生するためにも一時的な痛みを受け入れようと呼びかけた。

 恐らく今後も新浪氏は、痛みを伴い、人によっては看過できないと思うほどの「過激」な発言を行っていくだろう。またそうでなければ、新浪氏が代表幹事になった意味がない。

 新浪氏は経済財政諮問会議のメンバーでもあり、過去の代表幹事よりも政策への関与度は高い。変わらない日本が変わるきっかけになればいいのだが。