経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

本社を山梨・西湖に移転したアミューズ。芸能界の“働き方”に新風を巻き起こす 熱盛エンタメ VOL.20

中西正樹 アミューズ

サザンオールスターズや福山雅治、Perfume、吉沢亮、清原果耶などの多くの人気アーティストが所属するアミューズ。芸能プロダクションとして数少ない東証プライム企業である同社は、昨年10月に本社を山梨県・西湖に移転し、新たなスタートを切った。次なる時代を見据える中西社長のエンターテインメントビジネスを聞いた。聞き手=武井保之 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年4月号より)

中西正樹 アミューズ
中西正樹 アミューズ

山梨、東京、自宅の3拠点で自由に働く

︱︱ 本社を東京・渋谷から山梨・西湖へ移転しました。その経緯と狙いを教えてください。

中西 アミューズは1978年に代官山でスタートして恵比寿へ移り、そこから渋谷へ移転して20年ほどになりますが、渋谷の若者文化とともに会社も成長してきたという思いがありました。ところが、2010年代後半から東京五輪に向けて大規模な再開発がはじまり、渋谷の街並みが変化していく中で、自分たちも時代を彩る文化を内外から見つめ直す必要があると感じ、東京以外にもうひとつモノづくりの拠点を探していました。

 そうしているうちにコロナの世の中になり、会社としてのあり方や仕事の仕方、さらには人の生き方そのものを考え直さないといけない状況になりました。そんななか、当社の大里洋吉会長とHAMAYOUリゾートさんのいい出会いがあり、東京からほどよい距離にありながら大自然に囲まれた西湖に移転することに決めました。

 われわれのモノづくりの仕事はインスピレーションが大事ですが、西湖はそれを研ぎ澄ますことができる場所でもあります。当時、コロナでリモートワークがメインになり、人と直接会えないことによるコミュニケーション不足の問題が浮き彫りになっていたなか、もう一度大事なことに原点回帰しようというのが狙いです。

︱︱ アミューズ ヴィレッジとしてグランドオープンした新本社は、オフィスだけではなく、イベントホールからシアターブース、撮影スタジオ、レッスンルーム、スポーツジムのほか、ギャラリーやリラックスできるダイニングやラウンジ、フェスやキャンプもできそうな広大な芝生の敷地まで備え、レジャー施設のような充実ぶりです。

中西 すでに株主総会をここで開催しましたが、新人のレッスンカリキュラムも組んでいますし、コンベンションや発表会のほか、撮影ロケーションとしても使われています。

 人に喜んでいただけるものをマネジメントしたりプロデュースしたりすることでビジネスに昇華させていくわれわれにとって、ここは日本の至宝である富士山と大自然に囲まれた、インスピレーションや遊び心が必要になるクリエーティブに適した場所です。都会のいろいろなことを削ぎ落として集中する環境に身を置くことができるので、アーティストの創作活動にもどんどん活用していければと考えています。

 もうひとつ、人間関係を活性化させるための場にしたいという思いもあります。アーティストや社員に家族など大事な人と一緒に大切な時間を過ごしてもらったり、われわれと一緒にモノづくりをしたいという人たちに来ていただけば、その体験が共通言語になって、より関係が深まり、互いの創作力が高まります。これからどんどんいろいろな方々を呼びたいです(笑)。

 ︱︱ アーティストマネジャーなどは東京での仕事が中心になると思います。どのような働き方になるのでしょうか。

中西 渋谷にもオフィスを残しているのですが、「西湖の本社」と「東京のフリーアドレスのオフィス」と「自宅でのリモートワーク」を3つの拠点として、自由に働いていいという設計にしています。部署ごとに勤務地が変わるのではなく、事業部やチーム、または個人やアーティスト単位で、それぞれの仕事に適した環境で働く方向にシフトしたんです。

 ただ、ベースは心と身体の健康を大事にするコロナ禍の働き方としての設計になりますので、今年はこれからの社会状況にあわせてアップデートしていくべきところも出てくると思います。

新体制の勝負はこれから業界に風穴を開けるか

アミューズ 体育館外観
アミューズ 体育館

︱︱ 移転と同時に山梨県と包括連携協定を締結しました。

中西 もともとわれわれは、アーティストの全国ツアーでは、会場となる各地で地元の方々と一緒に宣伝を含めたプロデュースやマネジメントを行うなど、地域との連携を大事にしてきました。

 本社移転を機に、アドベンチャーツーリズムに力を入れている山梨県のさまざまな魅力をコンテンツとして一緒に発信していきます。昨年、アドベンチャー事業部と社会循環型アクティビティ・ブランド「FUN OUT!」を立ち上げていますが、そこでは〝モノづくり〟ではなく〝コトづくり〟を掲げ、遊ぶコトなどの体験を山梨県でどんどん作っていこうと考えています。一歩ずつですが、いずれ富士山と大自然を背景にした音楽イベントもできるといいですね。

︱︱ グランドオープンから3カ月半ほどたちました。クリエーティブの成果が表れるのはこれからかと思いますが、今の手応えはいかがですか?

中西 われわれの仕事は、世の中に話題を作って、ヒットを生み出していくことに尽きます。僕は仕事と遊びの間に大事なものがあるといつも言っていて、それがアミューズらしさであり、エンターテインメント業界の大事な部分です。仕事でありながら遊び心がある場所に身を置くことで、必ず面白い発想が生まれます。そのためのコミュニケーションの躯体はできましたので、ここから移り変わる時代をどうスピーディーに読んでいくかが勝負になるでしょう。成果はこれからです。

︱︱ 本社を東京から地方に移転するのは、エンタメ界では他にない動きです。

中西 常に驚きや話題を振りまいていくのがアミューズの気質です。会社として話題性と実利の両方を取りにいく。みんなが考えもしないことをイメージしてワクワクする感覚が社風としてあると思います。何をやるのか分からない感じが常にアミューズにあってほしいと願っています。

︱︱ 凝り固まった業界のあり方に風穴をあける動きであるように感じます。

中西 ここから新しいコンテンツや新たなアーティストを生み出すことが、ひとつの証明になるでしょう。結果で示していくことで、新時代が見えてくると思います。時代は常に変わっていますので、また新しい文化を創っていきたいですね。

アーティスト活動を下支えする収益構造構築へ 

中西正樹 アミューズ2
中西正樹 アミューズ

︱︱ 19年6月に45歳の若さで社長に就任されました。次の時代に向けて守っていくことと変えていくことはどう考えましたか?

中西 われわれの業界は普遍的なものを作っているように見えて、時代とともに変わっていくものでもあります。時を経ても変わらない大事なものをしっかりと守りつつ、変わっていかなければならないのは、時代にアジャストしていくこと。それがないとエンターテインメントとして表現できなくなってしまう。一方、変わっていくものや新しいものにばかり反応するのではなく、常に温故知新の意識も持って古き良きものとつながっていくところも研磨して、エンターテインメントを成熟させていきたいと考えています。

 コロナがあってDXが一気に進んだことで、効率や利便性が最優先され、余分なものが削ぎ落とされたいい面はありますけど、時にその余分な時間や苦労した経験によってコミュニケーションが深まったり、会社が強くなったりすることもあると思うんです。常にその振り子のなかにいますが、アミューズが大事にしてきたのは人と人のつながりであり、その結束や愛など、人を思う気持ちは大きな力になります。そういった目に見えない力を大事にしていかないとアミューズがアミューズでなくなってしまいますし、逆にそこを美化しすぎると時代から取り残される。今の時代に適したあり方を追求していきたいです。

︱︱ テレビからネットへと主戦場である映像メディアの勢力図が大きく変わる激動の時期に舵を取ってきました。

中西 エンターテインメントの伝え方の手段は変わっていきますが、いいもの、面白いものを作るという本質的な部分は変わっていません。もちろん環境や時代の変化についていくために分析や研究をしないといけない。変化に対応せず安住していると淘汰されていきますから。

 そのなかで、変化の先に合う面白いものを作って、話題を振りまき続ける。人と人のつながりを大事にするクリエーティブの芯はまったくブレていません。

︱︱ 今のアミューズの課題に思っていることはありますか?

中西 人と人が生み出すものを人に届けて喜んでもらうのがわれわれのビジネスでありますから、全てが人なんです。なので、その人を襲うコロナのような有事が起こったときに、アーティストの活動や社員の生活を守る下支えとなるような恒久的にしっかりとマネタイズできる収益構造を作っていくことが重要です。山梨での事業もそうですし、原作やアニメ、ゲームのIP開発もそのひとつになっていくでしょう。

 アミューズはアーティストマネジメントを中心に、音楽や映画、舞台などアーティストにまつわるコンテンツは全て作っています。あらゆるエンターテインメントを創造していく総合エンターテインメント企業として、どんな有事にも必要とされるコンテンツを生み出し、会社として下支えする力を強くしていくことが課題であり、目標です。

仕事と遊びの間で創作仲の良いエンタメ集団

︱︱ 芸能界では珍しい東証プライム企業です。発掘や育成など長期的な投資が必要なビジネスにおいて、足かせになってしまうことはありませんか?

中西 上場企業として、短期的および継続的に利益を上げていかないといけない使命感があります。ですが、例えば生身であるアーティストは、良い時期も、耐え忍ぶ時期もあってこそ、魅力的な活動となるため、常に数字的な成長だけをお示しできるものではないと考えています。また、アーティストやコンテンツの表現方法ひとつとっても厳しい目で見られることもあり、年々個性とコンプライアンスのバランスの難しさも感じています。

 しかし、株主総会を通して感じるのは、アミューズの事業を理解し、アーティストを応援してくださる株主の方が非常に多いこと。面白いことをやってほしいという期待と温かさを感じるんです。そこに甘えてはいけないんですが、そういう愛のある方々にしっかり応えていかないといけないと肝に銘じています。

︱︱ 会社を経営していくうえで大事にしていることを教えてください。

中西 アミューズには幅広い事業があり、いろいろな機能が備わっていると言われますが、それを構成しているのは当然人でありますから、会社は才能を持つ集団、仲間なんです。才能を持ち味に思いをひとつにする仲間と、仕事と遊びの間にある面白いことを追求していくことがクリエーティブにつながります。最終的にはビジネスも大事ですが何より人肌のある仲間というか、熱く面白い人が集まっているエンターテインメント集団でいたいと思っています。