経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

人工芝は熱くて危険という常識を「情熱」で冷やした遅咲き起業家

濱口 光一郎 COOOL

進撃のベンチャー徹底分析 第23回

子どもたちが、スポーツに遊びに駆け回る人工芝。その人工芝の多くが、真夏の太陽の下では70℃を超える。これは炎天下のアスファルトよりも高温で、火傷の原因になることも多い。しかも緩衝材として利用されているチップには発がん性物質が含まれている。こうした人工芝の「危険」を知る人は多くない。今回は、そんな劣悪な人工芝から子どもたちを守ろうと起業した、COOOL社長の濱口光一郎氏を独占取材した。文=戸村光(雑誌『経済界』2023年4月号より)

濱口 光一郎 COOOL
濱口 光一郎 COOOL

有害な人工芝が普及する背景

 もしわが子がスポーツをしている時に「芝」で火傷をして帰ってきたら……。子を持つ親はどんな感情になるだろう。「何とかしたい」。多くの親は、子どものためにそう思うのではないだろうか。

 濱口氏もその一人だった。

濱口 グラウンドを運営する方々やスポーツ協会にこの状況を知っているのかを尋ねると、「ずっと問題視はされているけれど、これは当たり前のことで我慢するしかない」と言われました。大手の会社が解決しようとしないのであれば自分がやるしかないと思い行動に移しました。やれるかやれないか、ではなく「解決するべきだ」と思ったんです。だから毎日一生懸命に、そして無我夢中で研究や施工などに時間を費やしました。

漆喰から思いついた「寒土」

 濱口氏は国立有明高専卒業後、大手ゼネコンの清水建設に総合職として入社し、43歳で起業するまで勤務した。その経験から人工芝を冷やすアイデアをすぐに思いついた。それが濱口氏の開発した天然素材「寒土-KANDO-」だ。

濱口 寒土の開発期間は1年程度です。昔から建築素材として使われてきた漆喰の効果を利用すれば、人工芝の課題を解決できると思ったんです。重要な役割を果たしてくれるのが石灰岩です。鍾乳洞の中を思い出してほしいのですが、冷却、防臭、防カビ、防虫、抗菌という効果があります。ここにココヤシガラや川砂などをブレンドしたのが寒土です。従来の人工芝は目土として合成ゴムチップを充填させていますが、その代わりに寒土を充填したのが冷却人工芝「COOOL TURF」です。これにより、真夏でも芝の温度は40℃以下に保たれます。しかもゴムチップを使っていないので発がん性の心配もありません。

 COOOL TURFの開発は濱口氏にとってみれば必然だったが、世の中ではそうではなかった。

濱口 自分が納得しているものを提供して皆さんに喜んでいただく。そんな当たり前のことが今の日本では当たり前ではないことを、前職にいる時代に知りました。人工芝の場合、その危険性に気づいていながら、これまで製造してきた大企業は見て見ぬふりを続けてきました。その結果、子どもたちが危ない目にさらされています。わが社の理念は「オトナって楽しい! シゴトって楽しい」です。事業を通じてこれを子どもたちに伝えていく。それだけ芝には夢と希望があります。つくる過程もそうですが、出来たあとの感動やその広場で生まれる笑顔などすべてにおいて感動があります。今の日本に忘れられた「シゴトとオトナ」の在り方が詰まっているように思います。

想いが「世の為・人の為」に

濱口 起業したのは、〝わが子を守りたい〟との想いからです。それが世の中の役に立てるとの確信につながり、エンジェル投資家の皆様から約3千万円の資金調達もできました。お金や名誉が企業の目的だったとしたら、誰も賛同してくれなかったでしょう。

 その言葉通り、濱口氏が開発した冷却人工芝は多くの子どもたちを危険から守っている。かつて「危険だけれども、しょうがない」と大人たちが見て見ぬふりをしていた難題に果敢に切り込み、一つの解決策を世に放ったことが今日では高い評価と評判につながった。しかし浜口氏のここまでの道のりは必ずしも平坦ではなかった。

濱口 最初は営業をかけても「実績がない」と門前払いの毎日です。タダでもいいからやらせてくださいとお願いしても断られ続けました。銀行に融資をお願いしても、やはり「実績がない」と貸してくれませんでした。

 当初はキャッシュアウトしかけるほど危機的状況に直面することもあったという。それでもこつこつと仕事を積み上げていき、現在の年間売上は数億円規模となった。サッカーの世界的スターでヴィッセル神戸に所属するイニエスタ選手の自宅に導入されたこともあり、COOOL TURFは今、世界的な注目を集めている。

人工芝の常識を覆せ

 「人工芝は熱い」。濱口氏はこの常識を覆す戦いの真っ只中だ。グラウンドを駆け回る子どもたち、そしてこれから生まれ来る未来の子どもたち。彼らをこれ以上危険な環境にさらさないためにこれからも挑戦を続ける。

 「誰もやらないなら、自分がやるしかない」。言葉にするのは簡単だが、実際行動に移すには強い信念が必要だ。一本筋を通す姿勢が同氏の強みであり、魅力でもあるのだろう。これからのさらなる躍進を感じさせる、濱口氏の熱い言葉だった。

戸村 光(とむら・ひかる)――1994年生まれ。大阪府出身。高校卒業後の2013年に渡米し、14年スタートアップ企業とインターンシップ希望の留学生をつなぐ「シリバレシップ」というサービスを開始し、hackjpn(ハックジャパン)を起業。その後、未上場企業の資金調達、M&A、投資家の評価といった情報を会員向けに提供する「datavase.io」をリリース。一般向けには公開されていない企業や投資家に関する豊富なデータを保有し、独自の分析に活用している。