経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ナショナルチームの熱狂をスポーツ産業の成長につなげる

表紙

(雑誌『経済界』2023年6月号巻頭特集「熱狂を生み出すプロスポーツビジネス」より)

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スポーツの熱狂が日本経済の起爆剤になる

 スポーツは人々を熱狂させる。昨年のサッカーW杯で日本代表チームが強豪ドイツとスペインを撃破し決勝トーナメントに進出した際は、日本中が歓喜に包まれた。ベスト16入りの経済効果は160億円を超えたという試算もあり、仮にベスト8進出が実現していれば200億円を超えたとされる。また今年3月の野球世界一決定戦WBCでは、日本代表チームが14年ぶりの優勝を果たし、これにも日本中が熱狂した。こちらは600億円近い経済効果をもたらしたという試算が出ている。まさにスポーツは経済の起爆剤である。

 こうしたナショナルチームの熱狂をスポーツ産業全体の盛り上がりにつなげることができれば、市場は拡大し、さらなる熱狂を生み出すことになる。ナショナルチームの活躍という点では、2011年のW杯で優勝した女子サッカーや15年のW杯で強豪・南アフリカに勝利しブライトンの奇跡を演じたラグビー、21年の東京五輪で史上初の銀メダルを獲得した女子バスケットボールなどは、その熱狂を十分にリーグの盛り上がりと収益に還元できたとは言えない部分がある。もちろんナショナルチームの熱狂は一過性で、競技人気への影響は限定的かもしれないが、一時的な熱狂だとしてもそれを収益化する体制が整っていれば、そこで得たキャッシュを投資に回し、次なる成長へとつなげることができる。

 言い換えれば、スポーツをビジネスとして捉え、その他のビジネス同様に投資と拡大を循環させることが、スポーツ界の発展には重要である。この点、日本のスポーツ界はアマチュアリズムが根強い。背景には企業スポーツの歴史が関係している。戦後の日本は、企業が選手を社員として雇用しスポーツ界を下支えしてきた。一般にスポーツビジネスは試合興行によって収益を生み出すが、企業スポーツの場合は従業員の健康増進や社内の士気高揚、一体感の醸成、露出による広告・宣伝が主眼とされてきた。企業スポーツが果たした役割は大きく、伝統と実力を有した名門実業団チームが数多く生まれた。

 しかし、それは日本経済が順調だった頃の話。バブル崩壊は、同時に企業スポーツの危機でもあった。企業スポーツの活動資金は親会社が捻出し予算として割り振られる。そのため経営状況が苦しくなるたびに予算カットを余儀なくされ、廃部に陥るチームが増えていった。持続的にスポーツ産業が発展していくためにも、親会社から独立し自分たちで稼いでいくことの意義は大きい。

 スポーツをいかにビジネスにしていくかについては、各競技でさまざまな変革が進んできた。日本のプロスポーツとして長い歴史と最大の市場規模を誇るプロ野球では、仮に球団が赤字でも親会社が補填するのが常だった。ところが、04年に年間40億円の赤字状態だった近鉄バファローズをオリックス・ブルーウェーブが吸収合併すると発表し騒動になる。さらに、当時親会社が苦境に陥っていたダイエーホークスをめぐっても合併構想が浮上し、球団数を12から10に縮小し1リーグ制への移行も検討される事態となった。その後、球界初の選手会によるストライキを経て楽天の参入が決定。プロ野球界にとって50年ぶりの新規球団の誕生だった。楽天の参入当時、パ・リーグ球団のほとんどが毎年約40億円の赤字を出していた。それにもかかわらず、楽天は初年度に売上高73億円、営業利益1500万円を達成する。また、ダイエーホークスの経営権はソフトバンクが取得してソフトバンクホークスが誕生。同球団は20年2月期決算で売上高が324億円以上になっている。他にも11年からDeNAが横浜ベイスターズの経営に参画し、同年110万人台だった年間動員数を19年には228万人にまで成長させた。決して風通しが良かったとは言えないプロ野球界にIT企業が新風を吹き込んだ。

変化を続ける日本のプロスポーツ界

 IT企業の参入が目立つのはプロ野球だけではない。Jリーグでも楽天は14年にヴィッセル神戸の全株式を取得し、サイバーエージェントは18年にFC町田ゼルビアの経営権を取得。メルカリも19年から鹿島アントラーズに経営参画し、MIXI(ミクシィ)は21年からFC東京の筆頭株主になった。今年、Jリーグは開幕から30周年を迎えた。開幕以来、地域密着を大きな理念としており、自治体や住民との接点も多い。IT企業がスポーツチームの経営に乗り出す背景は、こうした地元地域との関係性も含めたブランディングや自分たちが本業で培ってきたデジタル領域の技術を活用するシナジーを見込んでのことでもある。

 同じく地域密着をリーグの基盤に据えているのが16年に開幕したバスケットボールのBリーグだ。バスケ界は05年以来、リーグが並立している状況だった。そのままでは東京五輪の開催国枠を獲得できない可能性もあり、Jリーグ創設に尽力した川淵三郎氏がチェアマンとなってリーグ統合を成し遂げBリーグが誕生した。2026-27シーズンからは「新Bリーグ」をスタートすると発表しており、競技成績による昇降格の制度を廃止し、平均入場者数やアリーナの規模、売上高などの事業規模に基づく区分けへと変更する。各チームに対して競技の強さだけでなく経営力も要求するリーグ側の強いリーダーシップが発揮されている。

 Bリーグと対象的に、リーグのリーダーシップに疑問が残るのはラグビー界だ。22年1月にリーグワンが開幕したが、元々はプロリーグとして発足する予定だった。しかし、各親会社との折衝が難航し、結局プロアマ混在での開幕に落ち着いた。大企業が親会社に多く、ある意味で企業スポーツ文化、アマチュアリズムが色濃いラグビー界らしい決着だったのかもしれない。

 一口にスポーツ産業と言っても幅広いが、本特集では中心的な役割を果たすこれら4つのプロスポーツに着目することで、日本のスポーツビジネス市場の今を取り上げる。そのほかにも、卓球は18年からプロアマ混在のTリーグをスタートしているし、バレーボールは24-25年シーズンに、将来のプロ化も視野に入れたVリーグを発足させると発表。ハンドボールも24年9月に新プロリーグを開幕させる。また、女子サッカーのWリーグは22年9月から髙田春奈氏が新チェアマンに就任している。髙田氏はV・ファーレン長崎の社長やJリーグの理事を務めた人物で、その手腕に注目が集まっている。  今年は7〜8月に女子サッカーW杯、8〜9月にはバスケットボールW杯、9〜10月にはラグビーW杯と、大型スポーツイベントが目白押しだ。熱狂を収益化し、スポーツが成長産業になれば、日本経済を牽引する可能性もある。