今年、Jリーグは開幕から30周年の節目を迎えた。昨年日本中が熱狂したW杯も記憶に新しい。サッカー界の発展にはJリーグの進化も欠かせない。6代目チェアマンに就任した野々村芳和氏は、今が日本サッカー界に攻撃的なマインドを浸透させるタイミングだと決意を語る。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年6月号巻頭特集「熱狂を生み出すプロスポーツビジネス」より)
野々村芳和 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)チェアマンのプロフィール
世界に伍するトップクラブをJリーグから生み出す
―― 2022年3月、Jリーグの6代目チェアマンに就任しました。歴代最年少で、初の元Jリーガーチェアマンです。Jリーグは今年、開幕30周年を迎えました。リーグとご自身の立ち位置をどう考えますか。
野々村 1993年に開幕したJリーグは、これまでいかに日本社会に根付かせていくかが重要でした。みんなで力を合わせてゼロをイチにしてきたようなものです。しかし、とにかくみんなで一緒に頑張っていく時代から、より競争していくムードに変えていかないとリーグの未来はない。時間の経過とともに、私自身はもちろんリーグの職員にもそう思っていた人は多く、役員候補者選考委員会もこうしたタイミングだから当時49歳で元Jリーガー、クラブの社長経験もある私を推挙したのだと受け止めています。
当然ながらサッカーは、勝負、競争の世界です。その競争がチームや選手を成長させるのだと、自分のキャリアを通じて実感してきました。一方で、競争という点で、これまで日本サッカー界のビジネスサイドには少し違和感を覚えていた部分もあったんです。
―― ビジネスサイドの違和感とはどのようなものですか。
野々村 例えば、Jリーグは放映権料やスポンサー料による収益を各クラブに配分しますが、この配分がやや平等すぎないかといった点です。リーグ開始直後は10クラブしかなかったので、均等に配分して競争していました。その後、徐々にチーム数が増え99年にはJ2リーグが誕生し、現在はJ1とJ2の配分金の比率は2対1です。欧州では、トップリーグと下部リーグで6対1とか9対1くらい傾斜をつけているリーグもある。サッカーは本来競争の世界ですから、これは当たり前のことです。
もちろん、あまり傾斜をつけず、戦力を均衡させるメリットもあります。現在、J1とJ2合わせて40クラブありますが、戦力差は小さい方が毎年の優勝争いが拮抗して盛り上がるかもしれません。ただ、それは国内でJリーグをどう成立させるかという観点で考えた場合です。グローバルのマーケットで稼ぐことを考えれば、世界のトップクラブと対等に勝負できるクラブが、Jリーグにもあるか否かで、放映権収入等が大きく変わります。スペインリーグで言えばバルセロナ、レアルマドリード。ドイツリーグはバイエルンとドルトムント。こうしたクラブがあるから放映権は高いわけです。Jリーグも競争原理を強めて、リーグの成長を牽引する世界に伍するトップクラブを生み出すために、今後配分金の傾斜を6倍程度にまで引き上げていくつもりです。
―― 欧州のトップリーグは放映権収入の比率が高く、対してJリーグはスポンサー収入が大きいと言われています。今後は欧州のように放映権を伸ばしていく戦略ですか。
野々村 それは比率の問題です。欧州は放映権収入が莫大に伸びたことで比率が変わっていったというだけですから、入場料収入もJリーグより規模は大きい。そこは両輪で考え、総合的にJリーグをアジア地域の中で圧倒的な魅力あるリーグにできるかが重要です。
―― 放映権料の話で言えば、2017年からDAZNと10年間、約2100億円(その後、コロナの影響で12年間、約2239億円に変更)の大型放映権契約を締結しています。分配された放映権料は各クラブの経営を後押しするかと思いますが、一方で有料サービスだからこそファン拡大の障壁になりそうです。このバランスはどう考えますか。
野々村 17年のDAZNとの契約締結時、私は北海道コンサドーレ札幌で社長をしていました。DAZN側の成長戦略も聞きましたが、有料会員向けの完全クローズドな状況にしてしまっては、クラブとしてのすそ野拡大にもつながりませんし、DAZN側の成長もないと考えました。そこで、リーグとDAZNにお願いをして、札幌の場合はホームゲームに限り全試合ローカルで中継させてもらうことにしました。
大きなお金を出して権利を買ってくれるパートナーに多くの権利を与えるのはもちろんですが、互いに成功するためには、もっとサッカーを一般的に見てもらい、コアなファンに誘導していくことが必要です。また、今年からJリーグが投資をして30地域(45都道府県) で、それぞれの地域に合ったサッカー番組を作ることを進めています。こうした取り組みも並行し、サッカー熱を広めていくことは欠かせません。
(DAZNとは、23年3月30日、23年から33年までの11年間で最大2395億円の新たな契約を締結し、テレビ地上波での中継を増やすように規約内容を一部見直し)
空気を変えるのが私の最大の仕事
―― チェアマン個人としては、どのような勝負をしていきますか。
野々村 日本のサッカー界は、まず選手がプロ化し、次に指導者がプロになった。それがこの30年間です。次はGMや強化部長などのような人が、いかにプロフェッショナルになるかが重要なタイミングだと思っています。そういう部分まで含めて、サッカー界の空気を変えることが私の最大の仕事です。
もちろん、入場者数が増えたとか、リーグ全体、または各クラブの収益が増加したという定量的な目標も必要ですが、その前にみんなが前向きに競争を楽しむマインドを整えることが重要だと考えています。これはチームの練習でも言えることです。例えば守備的な監督のチームは、練習でシュートが決まると、シュートを褒めるよりもディフェンス側のミスを指摘するんです。するとみんな監督に評価されたいから自然と守備に意識が向いて、練習後の自主トレでも守備の練習を始めるようになる。これが攻撃的な監督に変わると、練習でシュートが決まった時に、ナイスゴール、ブラボー。ナイスパス、ブラボーと声をかけるようになる。みんな監督のブラボーが欲しいから意識はどんどん攻撃に向く。これをサッカー界全体で私はやりたい。目標を数字で明言しないと逃げているみたいに受け取られそうですけどね(笑)。もう一度、サッカー界を攻撃的に勝負するマインドに変えていきたい。それが私の役割です。