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大企業からスタートアップまで過熱するChatGPT狂騒曲

昨年11月のリリース後2カ月でアクティブユーザー数1億人を突破し、現在も世界中で利用者が爆発的な勢いで増加中の「ChatGPT」。米OpenAI社が開発したこの対話型AIの活用法を模索する企業の現状と、ビジネスにおける新たな可能性を探る。文=ジャーナリスト/吉田 浩(雑誌『経済界』2023年7月号より)

Chat GPT_Web キャプチャ
Chat GPT_Web キャプチャ

全社的な導入に踏み切った大和証券とパナソニック

 「ChatGPTの導入に関しては今年3月に議論が始まり、一カ月以内に全社的な利用開始が決定しました。とにかく早く使い始めることで、想定外の活用法が見つかるかもしれないという期待もありました」

 こう語るのは、証券会社としていち早くChatGPTの全社的な利用を表明した大和証券の広報担当者だ。同社では今後、企画書やメールなどの文章作成、プログラミングのコード生成、英文翻訳といった業務を中心に、導入を進めていく。

 パナソニックグループも子会社のパナソニックコネクトで使用していたChatGPTベースのAIアシスタントサービスを改良し、グループ全社員9万人が利用できるようにすると発表。パナソニックコネクトではChatGPTが大きな話題となる以前から効果検証に取り組み、運用開始1カ月で1万7059件の利用があり、質問回数は5万5380件に達したという。企画のアイデア出しやプログラム開発の検証などに利用できる上、人に尋ねるまでもない質問に答えてくれる点が良いという声が社内からは寄せられた。

 企業がChatGPTを使うメリットとリスクを改めて整理すると次のようになる。

 まずメリットとして期待されているのは、これまで人手をかけて行っていた業務の大幅な効率化だ。用途としては、カスタマーサポート、ブログ記事やSNSなどのコンテンツ生成、文章校正と編集、打ち合わせや面接のスケジューリング、営業・マーケティング戦略の立案と企画書作成、プロジェクト管理、社内の情報共有、言語翻訳、研究部門における文献検索や要約など、ありとあらゆる業務に利用が想定されている。

 一方、個人情報や機密情報漏洩のリスクもあるため、社内ガイドラインや利用マニュアル整備の必要性が指摘されている。AIは学習データに基づいて回答を生成するため、著作権侵害や、データに含まれるバイアスによって不正確で偏った情報の出力が懸念される。

 大和証券の場合、マイクロソフトが提供するクラウドサービスを利用して、外部からアクセスできない環境で使用するが、使用ガイドラインの作成も検討する方針だ。そして、「ChatGPTからもたらされる情報がすべて正しいわけではないのを前提に活用するため、最終的には利用したそれぞれの社員が内容をチェックするよう周知している」(前出の広報担当者)という。

 セキュリティの観点から、企業の社員がChatGPTのウェブ版を使用する際は入力した内容をAIに学習させないようにするオプトアウト申請を行うのが一般的となる。ただ、万が一機密情報が漏れた場合、経緯の追跡は難しい。そのため、企業の多くはウェブ版ではなくAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)としてツールに組み込んで使っている。

 例えばGMOインターネットグループでは、ChatGPTのAPIをビジネス用コミュニケーションアプリのSlackに組み込み、3月末から使っている。広報担当者によれば「API版はAIに学習されない形にはなっているが絶対安全とは言えないので、機密情報などリスクの高い情報は入力しないよう社員に指導している」という。

新たな活用法を模索マッチングアプリの添削も

 ChatGPTの新たな活用法を模索する動きも始まっている。GMOインターネットグループでは賞金総額1千万円以上を用意して、業務活用のアイデアを募る社内コンテストを4月に開始した。約10日で170件以上の応募があり、アイデアの中から既に開発に着手した案件も生まれている。「社員の意識は高いですね。実際に開発に着手したアイデアの1つが、プロンプトを共有する社内SNSです。第一段階としてSlackで共有し、次の段階では社内イントラネットなどに採用していく予定です」(広報担当者)。

 ちなみに、プロンプトとは命令の仕方のことで、ChatGPTのような対話型AIを使う場合、プロンプトによって回答の精度が大きく変わってくる。例えば、商品企画に使う際にも「顧客の関心を惹く魅力的な企画を教えてください」といった曖昧な入力ではなく、「あなたは食品会社の新製品企画担当者です。6月から8月のシーズンに20代の女性顧客の関心を集めそうなスイーツのアイデアを5つ挙げてください」といった具合に、「役割を与え」「条件を絞る」ことによって、より正確な回答が得られるようになる。こうした実際の活用に関するノウハウ取得についても各社が試行錯誤している。

 外部向けサービスへの導入も、インターネット関連企業を筆頭に進んでいる。GMOインターネットグループ子会社のGMOペパボでは、ECサイトの立ち上げ支援サービス「カラーミーショップ byGMOペパボ」に、SNSの集客に利用可能なPR文や商品説明文を自動生成する機能を搭載した。また、サイバーエージェントの子会社タップルは、マッチングアプリのプロフィール文添削にChatGPTが活用できる新機能を搭載。プロフィール文を書くとマッチング率が向上するという調査結果が出ているため、文章を書くのが苦手なユーザーの活用を促し、満足度を高めるのが狙いだ。

 よりクリエーティブな分野においても、人間による最終的なチェックを前提としてChatGPTの導入が進みそうだ。既にインターネット広告作成にAIを活用しているサイバーエージェントでは「ChatGPTの広告作成への導入は未定です。社員側にどこまで利用して良いか不安もあるので、ルールを適宜改変しながら進めていきます」(広報担当者)と、4月中旬の段階では慎重な姿勢を見せている。ただ、こうした分野でも、遅かれ早かれ活用が進んでいくだろう。

 ビジネスアイデアそのものを検討、分析する方法として、ChatGPTを導入する動きもある。投資家とスタートアップ支援のコミュニティを運営するSEVENでは、起業家たちの事業アイデアの仮説検証にChatGPTの活用を始めた。ChatGPTを使って具体的な顧客像や顧客が抱える課題、さらに課題ごとにそれらを解決する事業アイデアの抽出も行う。加えてサービスの名称候補や事業展開する上での課題、ペルソナ分析などにもフル活用し、事業プランのブラッシュアップを支援する。代表の山本敏行氏は「ChatGPTを徹底活用するわれわれのアクセラレーションプログラムは日本初です。活用法を知っているのと知らないのでは、これからの起業家にとって天と地ほどの差が出てきます」と意気軒高だ。

DXが遅れる業界でも新サービスが続々

 スタートアップの多くがChatGPTで革新を起こす機会を狙っているのが、現状、DXがなかなか進まない業界だ。まず、ChatGPTの最新版であるGPT-4を使って、日本においてDXが遅れている業界を5つ挙げるよう尋ねてみたところ、次のように回答してきた。

・医療業界 電子カルテや予約システムなどの導入が遅れており、情報共有や業務効率化が進んでいない場合が多いです。

・建設業界 BIM(建築情報モデリング)などのテクノロジーの普及が遅れており、設計や施工プロセスが効率化されていない場合があります。

・農業 ICT(情報通信技術)の導入が遅れており、生産性向上や環境に配慮した農業手法の普及が進んでいない場合があります。

・小売業 オムニチャネル戦略やデータ分析を活用した顧客対応が遅れており、競争力が低下している場合があります。

・教育業界 オンライン教育やAIを活用したカリキュラム開発が進んでいない場合があり、質の高い教育を提供できていない場合があります。

 誌面スペースに限りがあるため、今回は医療業界と建設業界での動きについて見てみよう。

 まず、医療業界の課題は医学情報の爆発的な増加に、現場の医療従事者がついていけなくなっている点だ。一説によると、世界の医学情報が2倍になるまでにかかる期間は50年程度と1950年の時点では言われていたが、現在は2・5カ月程度にまで短縮されているという。医師は知識を絶えずインプットし、さらにそれらを臨床現場で正確に思い出して治療に活用しなければならず、負担は大きくなる一方だ。

 この課題に対応するため、医療系スタートアップのHOKUTOでは、医学情報をスマホで検索、入手し、臨床現場で活用できるアプリを開発してきた。そのアプリにGPT-4を導入し、患者への説明内容を考案したり、キーワードから最新の研究論文を抽出したりできる機能を追加した。特に論文抽出の機能は実装から10日余りで検索と要約回数の合計が1万回を超え、専門領域に関する知識の更新の他、学会発表前の情報収集に使用されている。情報収集に関しては、30分から1時間かけていた作業が、わずか10秒程度に短縮された。「スマホでの利用が増えれば、臨床での利用も徐々に増えていくと想定しています」(広報担当者)という。現場ではあくまで参考情報として使うという制約はあるものの負担の大幅な減少が期待されている。

 人手不足が深刻なうえに、2024年4月から時間外労働の上限規制が適用される建設業界でも生産性の向上が急務だ。東京大学発スタートアップの燈では、ChatGPTなどの大規模言語化モデル(LLM)を建設業に特化させたツールの提供を3月に開始した。大きな特徴は、ChatGPTをはじめとするLLMが苦手な専門的な領域に関する知識の処理を、システムのカスタマイズによって可能にした点だ。BIMと呼ばれる建材やパーツなどの情報を含んだ立体モデルをはじめ、膨大な量の設計図や仕様書の検索なども建設現場で瞬時にできる。CEOの野呂侑希氏は「これまで設計者だけが持っていたBIMの情報を、現場で施工者がチャット形式で取り出すことで効率が大幅に上がります」と語る。単独で完結したシステムゆえ、セキュリティの観点からプロンプトに制約を加える必要もないという。

 AIが人間の仕事を奪う懸念はますます強くなりそうだが、野呂氏は「労働環境が整備されていなかった領域では、逆に人間らしさを取り戻すことにつながるのではないでしょうか。今はまだその段階です」と語る。とはいえ、AIが仕事の現場でもたらす変化は、予想を大幅に上回るペースで進むかもしれない。