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タウンマネジメントまで一気通貫でやってこそ、真のデベロッパーです 辻 慎吾 森ビル

辻慎吾 森ビル

東京都港区を中心に大規模開発を続けてきた森ビル。今年の秋には、虎ノ門ヒルズプロジェクトの総仕上げとなる超高層タワー「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」、さらに「麻布台ヒルズ」の開業も控える。人口減少が進む日本の首都・東京はこれからどうなっていくのか。辻慎吾社長に聞いた。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年8月号より)

辻 慎吾 森ビル社長のプロフィール

辻慎吾 森ビル
辻 慎吾 森ビル社長
つじ・しんご 1960年広島県出身。神奈川県立光陵高校、横浜国立大学工学部卒業。85年同大学院工学研究科(建築学専攻) 修士課程修了。同年森ビル入社。東京都心の複数の大規模再開発事業の担当を経て、2005年六本木ヒルズ運営室長。06年取締役、08年常務取締役、09年副社長を経て、11年から現職。

六本木ヒルズは20周年。新たに2つのヒルズも完成

―― 今秋、東京都港区で開発を続けてきた虎ノ門ヒルズプロジェクトの集大成となる「ステーション タワー」と、「麻布台ヒルズ」の開業を控えています。また今年は六本木ヒルズが開業20周年を迎えました。メモリアルな年ですね。

辻 私は1985年に森ビルに入社しました。これだけの節目が3つも重なるというのは、なかなか経験できることではありません。

 六本木ヒルズについては、運営室長を任されるなど開業にも深く関与し、特に感慨深いです。森美術館で20周年企画を行っていますが、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーと麻布台ヒルズという2つの大型施設のオープンを控えていることもあり、本格的な周年イベントは25周年まで取っておこうよと考えたくらいです。それくらい、盛りだくさんな年になっています(笑)。

 これは森ビルという企業にとってはもちろん、社員たちにも大きな達成感があるはずです。そしてなにより、すべてが都市の資産ですから、東京にとっても節目の1年ではないでしょうか。

―― 虎ノ門ヒルズプロジェクトを振り返ってみると、2014年の森タワー、20年のビジネスタワー、22年のレジデンシャルタワーと、4棟のビルを約9年間で開発する大規模なプロジェクトでした。改めて、虎ノ門ヒルズが目指すものは何ですか。

辻 一言で言えば、グローバルビジネスセンターをつくることです。このヒルズを中心に、虎ノ門が世界のビジネスの中心地になることを目指しています。日本のビジネスの中心地というと、一般的には東京・丸の内を想像する人が多いかもしれません。しかし、私たちが考えているのは、オフィスだけあっても本当のグローバルビジネスセンターにはならないということ。なぜなら、世界中から多様な企業や人々が集まって拠点を構えるためには、オフィス以外に家族が住める住宅や出張者を受け入れるホテル、暮らしに彩りを与える文化施設なども必要だからです。

 そういった意味で、虎ノ門ヒルズには約30万平方メートルのオフィス、「アンダーズ東京」「ホテル虎ノ門ヒルズ」の2つのホテル、情報発信拠点「TOKYO NODE」など幅広い機能を揃えています。

―― オフィス以外の要素もコンパクトに集約することで街の魅力を高め、そこに企業や人を集めようということですね。

辻 そういうことです。加えて、集めるだけで終わりにはしません。岸田政権でも大きなテーマになっているように、日本社会からいかにスタートアップ企業を育てていくかは、産業界も取り組むべき課題です。

 虎ノ門ヒルズには、日本の大企業の事業改革や新規事業創出を目的とした「ARCH」という施設や、世界最大のイノベーションコミュニティである「CIC」という場所もあります。森ビルのオフィスにはもともと外資IT系のテナントも多いので、それらを掛け合わせることでスタートアップ育成にも寄与していけると考えています。

人口が減少するからこそ都市の競争力を高める

森ビル_2023年4月17日撮影_虎ノ門ヒルズ
森ビル 虎ノ門ヒルズ

―― 日本は少子高齢化が進み、東京の競争力も低下していくことが懸念されています。そうした中でもグローバルビジネスセンターは機能し続けられるものでしょうか。

辻 逆だと思います。人口が減少していくからこそ、外部から人が入ってくる魅力ある街が必要です。東京は今が大事な時期です。例えば、外資企業がアジアのヘッドクォーターを、東京、上海、香港、シンガポールのどこに置くか悩んだ時に、東京が2番手、3番手の都市になったとします。すると、当然ながらビジネスの決定権は東京から外へと出ていきます。これが常態化してしまえば、日本全体の競争力もさらに低下していくことになる。東京にはオフィスがマンハッタンの2倍ありますし、四季があって食べ物がおいしくて治安もいい。このポテンシャルはもっともっと磨いて海外にアピールし、都市間競争に勝っていかないと東京の未来はありません。

―― 環状二号線が開通し、虎ノ門ヒルズから羽田空港までのアクセスが向上したことも強みになりそうです。

辻 そうですね、交通インフラまで含めた再開発というのは当初からこだわったコンセプトのひとつです。14年竣工の森タワーでは、道路上空に建築物を建てる手法を用いて、環状二号線をビルと一体的に整備しました。また、20年竣工のビジネスタワーは、東京メトロ日比谷線「虎ノ門ヒルズ駅」や銀座線「虎ノ門駅」に地下通路で直結しており、1階部分には空港リムジンバスや都心と臨海部を結ぶBRT(高速バス輸送システム)が発着する大規模バスターミナルを整備しています。

 加えて、ステーションタワーでは、虎ノ門ヒルズ駅との一体開発により駅前広場を実現しています。従来の地下鉄の駅は通路と出入り口しかなく、極端に言えば歩道橋が地中に埋まっているようなイメージです。日々あれだけの人が利用しているわけですから、もっとにぎわいを生み出すような機能を持たせられるのではないかと、私はずっと不思議に感じてきました。そういった部分まで含めて、虎ノ門ヒルズの開発事業は、新しい都市再生のモデル事業になることも強調しています。

―― 大規模な開発を行ったあとは、街の活気を維持していく苦労があります。デベロッパーとしてどんな関わり方をすべきだとお考えですか。

辻 まず街は活性化し続けなければいけないというのが森ビルの考え方です。私自身もデベロップメントとタウンマネジメントを一気通貫でできてこそ、本当のデベロッパーだと思っています。開発して、テナントに貸したらおしまい。そんな時代ではありません。つくった街をどう活性化していくのか。ここもデベロッパーの力量が試されています。今年、六本木ヒルズは20周年を迎えましたが、1日の来街者数は昨年のクリスマスイブが過去最高でした。20年前のオープン時も多くの方に来街いただき、イルミネーションを行ったけやき坂では歩けないほどの盛り上がりでしたが、それを超えたんです。

―― 20年間、六本木ヒルズは人々を惹き付けてきたんですね。何が熱量維持に寄与したと考えますか。

辻 街にはどうしても「鮮度」があります。単純な新しさですね。当然、街の鮮度は開業時がピークで、あとは徐々に落ちていきます。一方で逆に高まっていくものもある。それは、街を支える人たちと訪れた人たちとの絆です。この絆が強くなるほど、この街いいね、また来たいと感じる人が増えるわけです。落ちた鮮度をイベントやテナントの入れ替えで補っていけば、絆が深まって街は活性化していく。六本木ヒルズはそれを現場のスタッフまで含めて一生懸命にやってこられたということです。

開発と運営のノウハウが新たなヒルズに引き継がれる

DBOX for Mori Building Company - Toranomon Azabudai
DBOX for Mori Building Company – Toranomon Azabudai

―― そうした六本木ヒルズの経験は、虎ノ門や麻布台のヒルズにも引き継がれていくわけですね。

辻 六本木ヒルズは前社長・森稔の時代に苦労してつくり、試行錯誤しながら運営してきました。そうしたノウハウは間違いなく麻布台、虎ノ門のヒルズにも引き継がれています。 例えば、虎ノ門ヒルズは桜田通り上に大規模歩行者デッキを整備していますが、あれは六本木ヒルズで同様のデッキに挑戦した経験があったからこそ実現できました。

 また、麻布台はまさにヒルズの未来形という言い方をしています。文化施設として、チームラボと共同で企画運営する「森ビル デジタルアート ミュージアム:チームラボボーダレス」が入りますが、これは22年までお台場で行っていたものです。また、ギャラリーやパブリックアートも六本木ヒルズの森美術館で経験を積んできました。あるいは屋上緑化にも取り組みますが、これは1986年に完成した赤坂のアークヒルズの時代から取り組んでいます。麻布台ヒルズは森ビルが積み上げてきたノウハウを結集する集大成ともいえるプロジェクトです。

―― 麻布台ヒルズの計画をみると、約2・4ヘクタールの緑地など自然が豊かで、病院や文化施設などもあり、暮らしの色合いを強く感じます。

辻 麻布台ヒルズのコンセプトはModern Urban Village。街の中心に約6千平方メートルの中央広場を据えています。都市でありながら小さな村のような親密さを持つ。一見相反するコンセプトを融合させることに挑戦しました。

 このコンセプトを支える価値観が「Green」と「Wellness」です。前述の広場や緑地に加えて、菜園、果樹園、屋上緑化にも取り組みます。また、慶應義塾大学と連携して、ヒルズ内に医療施設やスパ、フィットネスクラブなどを整備します。目指す理想は、この街に住み働く人々のウェルネスを実現することです。

―― 都心部最大級のインターナショナルスクールも誘致しますが、暮らしに関する施設を充実させるよりも商業エリアを増やした方が収益は期待できるのではないですか。

辻 それはその通りです。ただ、長い目で東京のために何が必要かを考えれば、麻布台ヒルズのような取り組みは誰かがやらねばならない。森ビルは30年以上も前から東京は都市間競争に勝たなければいけないと言ってきました。世界の都市と比べて、日本はインターナショナルスクールが都心部から遠い。子供がバスで1時間とかかけて通うわけです。やはり、海外から優秀な企業や才能ある人々を惹き付けるためには、アクセスのいいインターナショナルスクールは不可欠です。

 誘致した「THE BRITISH SCHOOL IN TOKYO」は生徒数が700人以上を想定している大規模な学校です。学校をつくるとなると体育館と校庭も併設することが求められますので、例えば今から六本木ヒルズに学校をつくりましょうとなった場合、オフィス部分を作り変えれば教室は整えることが可能かもしれませんが、体育館と校庭はほぼ不可能です。ですから、麻布台の再開発では当初からインターナショナルスクールの誘致を進めてきました。実現できれば東京にとって大きな資産となると確信しています。

ヒルズの相乗効果で東京の磁力が高まる

―― 大きな節目を超え、ここから森ビルはどこへ向かっていきますか。

辻 東京が世界の都市間競争で勝つためには、より強い街が必要です。私たちはそこに貢献するためにヒルズブランドを不動のものにしていきたい。ヒルズの歴史を振り返れば、86年の赤坂アークヒルズから始まり、六本木があって、虎ノ門、麻布台と、狭いエリアに集中して個性ある街を生み出してきました。これらヒルズはコンセプトが全部違います。インテリジェントシティ、文化都心、グローバルビジネスセンター、モダンアーバンビレッジ――。限られたエリアの中で幅広い選択肢を提供し続けてきました。これらの街は、相互に影響を及ぼし相乗効果はどんどんと大きくなっていくはずです。

 もちろん東京全体で見れば、丸の内、日本橋、渋谷、新宿と、いろんな街があっていいと思います。その中で森ビルとして自信をもって未来の都市の選択肢を提示し、切磋琢磨することで東京は強くなっていく。繰り返しになりますが、このエリアにおいて集中的に都市再生を推進し、複数のヒルズを連坦させることで、東京の磁力がより一層高まり、日本経済にも貢献できると考えています。今後も森ビルらしい街づくりを追求していきます。