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世界のリーディングカンパニーを目指しYKK APを新たなステージへ押し上げる 魚津 彰 YKK AP

魚津彰 YKK AP

窓をはじめとする建築用工業製品を開発、販売するYKK AP。4月1日付で新社長に就任したのは、窓事業、住宅事業、海外担当とさまざまな側面から同社を見つめ続けた経歴を持つ魚津彰氏だ。堀秀充前社長が「辣腕」と評価する魚津氏は今後、YKK APをどう率いていくのか。聞き手=小林千華 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2023年8月号より)

魚津 彰 YKK AP社長のプロフィール

魚津彰 YKK AP
魚津 彰 YKK AP社長
1962年、富山県出身。85年に千葉商科大学商経学部を卒業後、YKK(旧:吉田工業)入社。2013年、YKK AP執行役員営業本部窓事業企画部長就任。19年、執行役員営業本部長就任。21年、取締役上席執行役員住宅本部長就任。22年、取締役副社長として海外担当を務め、23年4月より現職。

成長分野に関わり続けて心が鍛えられた40年弱

―― 魚津さんは、YKKグループのアルミ素材の製造拠点が置かれるなど、同社にとってゆかりの深い富山県黒部市のご出身です。

魚津 はい、黒部市宇奈月温泉の温泉街で育ちました。子供のころ、YKKと書かれたバスが10台ほど連なって温泉街へ入ってくるのをよく見ましたね。今思えば接待でしょうけど(笑)。他にも、近所の大きなスーパーで、社名入りの作業服を着た従業員さんが買い物する姿をたくさん見かけて、子供ながらに「大きい会社なんだなあ」と感じていました。

 そして1985年にYKKに入社し、建材営業部門に配属されました。そこからは営業畑一本です。

―― 2013年にはYKK AP執行役員に昇格し、窓事業企画部長に就任します。

魚津 これは私にとって転機でした。吉田忠裕相談役(当時、会長)が思い入れを持つ事業で、大変大きな数字を、単なる目標ではなく達成すべき「計画」として課せられることもありましたので。「命をかける」という言葉も吉田相談役から2回ほど聞きました。「これはなんとしても計画を達成しなければ……」と戦々恐々としましたね。当社は他社に先駆けて、樹脂窓の普及に尽力してきました。樹脂窓はアルミ製と比べて断熱性が高く、木製よりも価格が安いため、アメリカなどでは非常に人気です。この樹脂窓の普及を進める業務のなかでかなり心が鍛えられたように思います。

 その後住宅事業にも携わり、22年からは副社長として海外担当に任じられました。YKKグループとしては既に72カ国/地域で事業を展開しているのですが、その多くはYKKのファスナー事業で、YKK APとしては世界11カ国/地域に進出しています。22年度の実績でいうと、国内と海外の売上高比率は国内83%、海外17%でした。この海外の割合をなんとか成長させることが目標でしたが、結果的に為替の影響もありつつも、前年比145%と大きく伸ばすことができました。

―― 改めてキャリアを振り返ってみて、ご感想はいかがですか。

魚津 キャリアを通して、その時々の成長分野に携わることが多かったため、常に高い目標、計画を追い続けなければなりませんでした。大変でしたけれど、それをこなし続けてきたことは良い経験になりましたね。今この立場になって、今度は若い人にも同じような緊張感をぜひ味わってもらいたいと思っています。一生懸命やり続けて、最後はなるようになるさと思えるようになるのも、それはそれで良いことですから。

―― 堀前社長は就任前の魚津さんについて、「建材事業の営業に強く、樹脂窓拡販の立役者。海外事業でも副社長として辣腕を振るっている」と評価していました。

魚津 「辣腕」というのは、堀が私に対して時々使う言葉ですね。自分ではかなり小心者だと思っているんですけれども、何かをやり通すという意志はありますから、その点を指してそう評価してくれているんでしょうか。目標を課せられると、やれるやれないと考える前に、まず手足を動かすほうではあります。何事も、実践したプロセスが全てを決めると思っています。

後世への道を敷くのも仕事。先を見据えた舵取りを行う

魚津彰 YKK AP_2
魚津 彰 YKK AP

―― 社長としては今後会社をどのように率いていきますか。

魚津 4月に新体制方針説明会を行い、「Evolution 2030」という名で30年に向けたビジョンを掲げました。既存事業の成長に加え、新たな施策も進めていくことで、売上高は現在の約2倍となる1兆円規模、営業利益率10%以上を数値目標としました。そのために「地球環境への貢献」、「新たな顧客価値の提供」、「社員幸福経営」の3つを方針として、世界のリーディングカンパニーを目指します。

 それぞれの方針について、まず「地球環境への貢献」に関しては、40年度までに自社CO2排出量100%削減が目標です。国内のさまざまな場面で「50年までにカーボンニュートラル」が目標とされますが、当社は10年早く実現したいと考えています。具体的に取り組んでいく内容はたくさんありますが、サッシによく使われるアルミは精製の際に大量の電気を必要とするため、リサイクル材を増やす取り組みを進めています。また、製造過程でのCO2削減のため、燃料を天然ガスや水素・アンモニアを活用したものに転換していくなどの対応を行っていきます。

 「新たな顧客価値の提供」については、24年度に発売を予定する木製窓の開発、窓だけでなく、住宅全体でより断熱性を強化するための「外皮トータル断熱ソリューション」の開発・提案をはじめ、いくつかの目標を掲げています。窓のような商品単体での販売だけでなく、建物や外構含めた空間デザインをトータルで提案していくビジネスモデルも創出していく予定です。

 最後に「社員幸福経営」ですが、取り組みのひとつとして、今年新たに「YKK AP人権方針」を策定しました。YKKグループ創業者の吉田忠雄が唱えた「善の巡環」の考え方に則り、自社ならびに事業活動に関連するステークホルダーの人権尊重の責任を果たしていきます。

―― YKKグループでは、執行役員は65歳までと上限年齢を定めています。これを守るなら魚津さんは現在61歳ですから、30年には既に社長職を退いていることになります。

魚津 この制度を定めた吉田相談役は64歳の時に社長職を降りましたし、堀前社長も今年65歳を迎えて私にバトンを渡したわけです。となると私の社長任期もあと4年ほどということになりますね。ただ海外事業に携わったときと同じく、私の役目は方向性を定めて、社員に行く先が見えるようにすることだと思っていますので、4年間でそれができればいいんじゃないかと。また、会社をつくっていくのは今の若い世代ですから、その若い人たちが30年で1兆円という高い目標を達成してくれるように、バックキャストして今私たちの世代がやるべきことを着実にやっておきたいと思います。

2030年の目標に向けて邁進するのが自分の役目

―― これまでの社長の時代から、変えていきたいこと、変えたくないことはそれぞれ何ですか。

魚津 2代目となった前社長の堀は、「メーカーに徹する」という方針のもと、市場シェアを拡大し事業を伸ばし続けてきた12年間でした。そのおかげで企業として持続的に成長してきたので、その精神は守っていきたい考えです。また、その根底にはYKK創業者の吉田忠雄が唱えた「善の巡環“他人の利益を図らずして自らの繁栄はない”」というYKK精神や、YKK AP創業者・吉田忠裕の「更なるCORPORATE VALUEを求めて」という経営理念があるので、こうした創業家の思いも大切にしていきたいです。

 ただ、事業の成長を追求し続けてきた結果、現在5千億円以上の売り上げを達成できており、もちろん今後もこの数字を上げてはいきたいのですが、これからは今までとは少し違うステージに押し上げたいと思っています。そこで30年に向けての目標を設定したわけですが、若手のリーダー候補19人に率先して目標達成に向けて動いてもらう仕組みを作っています。30年という時期はSDGsの最終年にもあたりますから、どのメーカーも30年という時期を強く意識はしているはずです。当社もその時点で会社がどういった姿になっているべきかを考え、「Evolution 2030」を策定したので、私の世代ではまずこれをしっかり意識していきます。

 それと国内ではそれなりに住宅事業でもビル事業でもシェアを広げてきているので、やはり今度は海外での展開もさらに強化していきたいです。

―― 今後の意気込みをお聞かせください。

魚津 私の就任前に定められた21~24年度にかけての中期経営計画で、24年度に売り上げ5440億円を計画としていますが、これは引き続き目指していきたいと思います。一方、新たなビジョンとしては、30年には1兆円にするのですが、これに達するための着実なステップとして、まず達成すべき目標です。原材料費・資材価格高騰などの課題はありますが、国内外での既存事業の拡張と新たな施策、積極的な投資により、成長を続けていきたいです。

 さらに会社として先を見据えると、やはり若い社員たちが今後どう働いていきたいのか、どういう会社にしていきたいのかくみ取っていくことも重要だと思っています。先ほど言ったように、若い人たちにも高い目標を持ってほしいというのは私の希望としてはありますが、年寄りが次の目標を押し付けるだけではなくて、若い人たちが自分たちで自分たちのために考えてやってくれるのが一番だと思います。全てが時代に合う考え方かどうか分かりませんが、まず「仕事は楽しく」、高い目標に向かって楽しみながらやってほしい。そのための道を敷いていきます。