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臨床現場の認知行動療法をアプリプログラム化し提供 「Dr.アプリ」が照らす未来 種村秀輝 ロゴスサイエンス

GP 種村秀輝 ロゴスサイエンス

【経済界GoldenPitch2022審査員特別賞受賞】

ストレス関連疾患やメンタルヘルスケアのアプリ開発事業を行うロゴスサイエンス。早稲田大学総合研究機構と共同研究を進める、臨床現場の認知行動療法のメソッドをアプリプログラム化した「Dr.アプリ」は、人々の心因性の問題や困り事を解決に導く。ローンチを目前に控えた種村秀輝社長が可能性を語る。文=大澤義幸(雑誌『経済界』2023年8月号より)

種村秀輝・ロゴスサイエンス社長のプロフィール

GP 種村秀輝 ロゴスサイエンス
種村秀輝 ロゴスサイエンス社長
たねむら・ひでき 1963年生まれ。2000年より前職の会社のボードメンバーとしてにおいの研究・応用事業、再生医療事業等に携わる。11年イグ・ノーベル賞受賞。19年より早稲田大学総合研究機構・応用脳科学研究所と認知行動療法の共同研究を開始し、「Dr.アプリ」を開発中。22年に独立し、ロゴスサイエンス設立。

認知行動療法のアプリ化で心因性の問題の解決に挑む

 種村秀輝という人物の経歴でひときわ目を引くのが、「人を笑わせ、考えさせる」研究に贈られるイグ・ノーベル賞の受賞だ。

 前職でにおいの研究・応用事業に携わっていた種村氏。消防庁消防研究センターと共同で「火災時における臭い警報システム」の研究を行い、「わさびのにおいで火災を知らせる『臭気発生装置』」を開発。2011年に同賞(科学賞)を受賞した。

 「深夜に発生した火災で、音に気づかず視覚障害者の多くが逃げ遅れ亡くなった事件があります。人は眠ると嗅覚も眠りますが、わさびのにおいは三叉神経を直接刺激し、目を覚まさせることが分かりました。においの事業を長年手掛け、多くの商品や設備をつくってきました。誰もやったことのないにおいの研究で、かつ人の命に関わるのであれば、ぜひやるべきだと考えたのです」

 そんな使命感を持つ種村氏が独立し、ロゴスサイエンス(東京都港区)を設立したのは22年のこと。現在、早稲田大学総合研究機構・応用脳科学研究所の熊野宏昭所長、齋藤順一客員次席研究員らと共に取り組んでいるのが、心療内科等の臨床現場で用いられる「認知行動療法」をベースに、そのメソッドをアプリプログラム化したメンタルヘルスセルフケアアプリ「Dr.アプリ」の開発だ。

 実はこのスタートは独立前の19年にさかのぼる。前職ではにおいの事業以外にも、再生医療・細胞治療のプロジェクトでも主導的役割を全うしていた。しかし、先端事業であったが、「細胞治療で患者さんの病状を良くしたり、睡眠の質を向上できても、ストレス関連疾患や心因性の体の不調や困り事は根治できない」ことに気づく。例えば肝臓の悪い人に幹細胞を投与して治療しても、ストレスで本人が暴飲暴食を繰り返し、肝臓を再び悪くするケースがある。

 この心因性の問題を解決するために注目したのが認知行動療法であり、誰もが手軽に使えるアプリの開発だった。現状「Dr.アプリ」を心因性EDに絞って開発している理由と併せて次のように語る。

 「日本でEDに悩む男性は1千万人以上と言われます。原因は加齢や肥満、病気の併発などさまざまですが、ストレス関連疾患と紐付けて治療できる泌尿器科医はまれで、治療サービスもケアも未整備です。一方、EDだからと心療内科や精神科を受診する人もいません。心因性の疾患の治療には服薬と『認知行動療法』の併用が有効です。これを臨床現場ではなく、アプリで提供してセルフケアできるようになれば社会的価値は大きい。ここにブルーオーシャンの市場があると考えました」

 EDは若年層を中心に近年増加傾向にあるが、デリケートな内容であるが故に周囲に相談できず、セルフケアも難しいという性質を持つ。「心因性EDは少子化や不妊の一因にもなっています。『Dr.アプリ』にはこうした社会問題を解決するポテンシャルがある」と自信を見せる。

利用者ごとにプログラムを提供。緻密な知財戦略で先発優位に

 スタートから2年、21年に「Dr.アプリ」の要件定義やプロトタイプ実装を終えたところで前職の会社から事業を引き継ぎ、翌年ロゴスサイエンスを起業した。

 プログラムの特徴として、「認知行動療法をベースとした細かなアプリプログラム化により、ストレス関連疾患に伴う問題や困りごとを効率よくサポートします。また表面化している問題だけでなく、その背景にある個人の生物・心理・社会的要因に着目してアセスメントを実施し、行動特性を分類しているため、アプリの利用者ごとにタイプ別プログラムをテーラーメードで提供できるのが強み」と語る。

 プログラム構成は、心因性の疾患に共通する悪循環のパターンに対する「診断横断的アプローチ」を土台に、各疾患の治療を効果的に行うための「疾患特異的アプローチ」の2階建て構造とし、臨床現場の再現を目指している。これも他のヘルスケアアプリとは一線を画す仕様だ。この土台があることで、心因性の他の疾患にも適用できるようにした。

 「TIS社と共同で疾患ごとの臨床研究を終え、使用感や安全性の評価を経て、実用化は間もなくという状況です。関連特許も取得しているので、『Dr.アプリ』シリーズの展開を勢い付けていきたい」

 この言葉通り、知財戦略も抜け目がない。ブランディング・保護のための商標権、コア特許となるアプリの保護・独占のための基本特許(アセスメント)と疾患特許(ED)に加え、クロスライセンス収入を見込みDTx汎用特許(デジタルセラピューティクス:予防・診療・治療等を提供するソフトウエアやITサービス)も抑えた。リーディングカンパニーの競合優位性も確保する。

EPS社との業務提携でメンタルヘルス事業領域を拡大

 「Dr.アプリ」は心因性ED単体のアプリとしては既にローンチできる状態にあるという。現在はゲーミフィケーション(ゲーム要素)をどう付加するかなどを検討中だ。これに加えて、不安症、PMS(月経随伴症状)、歯科心身症、不妊症、労働者のメンタルヘルスといったストレス関連疾患ごとのアプリ開発も並行している。

 こうしたメンタルヘルス領域のソリューションサービスの提供拡大に向けて、今年3月に医薬品・医療機器開発で実績のあるEPSホールディングスと資本提携。EPS社が培ってきたヘルスケア領域の知見と、ロゴスサイエンスの「Dr.アプリ」の心理療法プログラムとを融合させ、より質の高い、新たなソリューションサービスを展開していく方針だ。

 「まずは『Dr.アプリ』事業を確立させます。副作用のないアプリを使ったメンタルヘルスケアがさまざまな病気の予防につながるというデータを集め、その因果関係を解明し、利用を増やしていきたい。このアプリを基点に、全世界の人々の心因性の問題の解決を図ります」

 同社のデジタルセラピューティクスが医療にイノベーションを起こし、人々をストレスから救う。種村氏が描く壮大な夢は、アプリの実用化とともに現実味を帯び始めた。