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株主総会は乗り切ったもののセブン&アイが抱える次の難問

セブン&アイ・ホールディングス本社

セブン&アイ・ホールディングスの前期決算は小売業初の売上高11兆円超え、過去最高益と業績は好調だが、株主総会では経営陣刷新を求めるアクティビストとの間で激しい攻防戦が繰り広げられた。結果は経営陣が勝利したが、次なる難問が待ち構えている。文=ジャーナリスト/下田健司(雑誌『経済界』2023年8月号より)

セブン&アイ・ホールディングス本社
セブン&アイ・ホールディングス本社

経営陣側が勝利したアクティビストとの攻防戦

 流通大手セブン&アイ・ホールディングスが5月末に開いた定時株主総会はかつてなく注目を集めた。というのも、これまでセブン&アイと攻防を続けてきた米投資ファンドのバリューアクト・キャピタル・マネジメントが、セブン&アイ井阪隆一社長の退任を含めた取締役選任案を提案していたからだ。総会で提案は否決、会社側による取締役選任案が可決され、井阪社長は続投することになった。

 セブン&アイは2022年度(23年2月期)に5065億円の連結営業最高益を叩き出すなど業績好調だ。にもかかわらず、バリューアクトが経営陣の刷新を求めたのはなぜか。

 バリューアクトはアクティビスト(モノ言う株主)として知られる。アクティビストは一定の株式を取得し、株主としての権利を行使し経営陣に積極的に提言を行う投資家のことだ。20年にセブン&アイの株主となったバリューアクト(23年2月末時点の持ち株比率は1・9%)が、セブン&アイに求めてきたのはコングロマリット・ディスカウントの解消だ。コングロマリット・ディスカウントとは、複合企業(コングロマリット)の企業価値が各事業の企業価値の合計よりも低く評価されてしまっている状態のことだ。

 セブン&アイはコンビニエンスストア、スーパーストア(総合スーパー・食品スーパー)、百貨店・専門店、金融関連などの事業を抱える。収益のほとんどを稼ぐのはコンビニ事業だ。各事業の営業利益(22年度)を見ると一目瞭然で、国内コンビニ事業2320億円、海外コンビニ事業2897億円、スーパーストア事業121億円、百貨店・専門店事業34億円、金融関連事業371億円と、国内・海外コンビニ事業が圧倒的な稼ぎ頭になっている。コンビニ事業の潜在価値よりもセブン&アイの企業価値が低く評価されているというのがバリューアクトの主張だ。

 バリューアクトは22年に入ってから、百貨店のそごう・西武の売却の完了、総合スーパーのイトーヨーカ堂の切り離しを求めた。セブン&アイは22年春からそごう・西武の売却に動き出すが、イトーヨーカ堂については構造改革を続行しグループ内にとどめることを表明した。23年1月には、コンビニ事業のセブン-イレブン・ジャパンについて、資本関係を継続させた上で分離するスピンオフ案を支持するように株主に呼びかけた。セブン&アイはこれに反対意見を表明した。

 3月9日、セブン&アイは「中期経営計画のアップデートならびにグループ戦略再評価の結果について」(以下、グループ戦略再評価)を発表する。これに対しバリューアクトは、セブン&アイ取締役会による「グループ戦略再評価」には独立性と有効性に疑いがあり、その結果にはほとんど信頼性がないとして、強化された取締役会にするため取締役選任の株主提案を行った。提案は井阪社長ら取締役4人の解任、4人の独立社外取締役の指名だ。

 セブン&アイとバリューアクトは2年以上にわたり対話を続けてきたが、セブン&アイは「バリューアクトが対外的につくり出そうとしているイメージと真逆の攻撃的な行動をとっている」とし、一方のバリューアクトも「社長やその部下との対話において、誠意のない対応を受けてきた」と互いに非難の応酬を続けてきた。

ヨーカ堂の店舗削減。衣料品部門からの撤退

 分離が求められたイトーヨーカ堂をセブン&アイはどう立て直すのか。グループ戦略再評価でその具体策が示された。

 セブン&アイは、総合小売の看板を下ろし、食を中心にした小売グループを目指すとしたうえで、イトーヨーカ堂の改革メニューとして、自社運営アパレル事業からの撤退、従来計画から追加14店舗を閉鎖、セブン&アイ傘下の首都圏食品スーパー、ヨークやシェルガーデンとの統合などが打ち出された。

 イトーヨーカ堂について、セブン&アイは15年にも米投資ファンドのサード・ポイントに分離を求められた。16年には、お家騒動から鈴木敏文会長が退任し、サード・ポイントが支持する井阪氏が社長に就き、新しい経営体制が発足した。新経営体制の下で、不採算店舗の閉鎖、人員削減、自社運営アパレルの縮小などイトーヨーカ堂の構造改革が推し進められた。新しく示された施策は新味に欠けるが、初めて取り上げられたのが首都圏食品スーパーとの統合だ。

 新施策は3年間という時限性をもって遂行するとしており、25年度に首都圏スーパーストア事業でEBITDA(営業利益+減価償却費)550億円以上、ROIC(投下資本利益率)4%以上の達成を数値目標に掲げている。22年度のEBITDA実績はスーパーストア事業として505億円だ。これを25年度に850億円以上にするという。首都圏スーパーストア事業の22年度EBITDA実績は公表されていないが、目標達成のハードルは高い。EBITDAは営業利益に減価償却費を足し戻して算出するため、営業利益が小さくても設備投資が大きいと、水増しされる格好になる。そのことを踏まえて評価する必要がある指標だ。

 首都圏スーパーストア事業の統合とスーパーストア事業全体の改革を完遂し、規模と収益性を両立する、国内食品スーパー/総合スーパーで唯一の国内プレーヤーを目指すとしている。

 だが、食品スーパーにしても総合スーパーにしても市場は成熟している。市場も厚いが競争も激しい首都圏において、ヨークもシェルガーデンも競合他社に対する競争力が高いわけではない。ダイエー、西友、マイカルなどの例を出すまでもなく、総合スーパーの再建は容易ではない。セブン&アイは外部パートナーとの提携も選択肢と見ているようだが、今のところはグループ内にとどめ改革を進める考えだ。

 グループ内にとどめる理由としてセブン&アイが強調するのは、食領域での強みとなっているという点だ。セブン&アイによれば、商品開発や商品調達の工程でグループ各社との協働によって、セブン-イレブンひいてはセブン&アイの競争優位性がもたらされている。

 また、グループ各社のサプライヤーは、コンビニ事業の2倍に上り、その調達能力を活用できるメリットがある。さらに、グループのプライベートブランド(PB)企画ではコンビニ事業以外の人材が7割以上を占めており、セブン-イレブンのPBアイテム数は競合他社の1・7倍に達しており、収益性の高いPBがコンビニ事業の業績向上をもたらしているという。

国内コンビニ部門は下がり続ける利益率

 イトーヨーカ堂の立て直しは重い課題だが、一方でセブン&アイの屋台骨を支えるセブン-イレブンにも課題がないわけではない。

 それは長期的な収益力の低下だ。営業利益率(対営業収益比)を見ると、セブン&アイ設立時の05年度は36%だったが、じわじわと低下し、22年度には26・7%と、10ポイント近く悪化している。

 コンビニの営業収益にあたる営業総収入は、加盟店から得られるロイヤルティ収入がほとんどを占める。セブン-イレブンの場合、22年度の全店売上高は5兆1487億円で、営業総収入は8727億円だ。ちなみに、対全店売上高比の営業利益率の推移も見ても、05年度は7・1%だったが、22年度には4・5%まで低下している。

 もっとも、低下しているとはいえ、競合他社に比べればセブン-イレブンの収益力は高い。22年度の営業利益率(対営業収益比)はファミリーマート14・9%、ローソン9・8%を大きく上回っている。

 だが、競合他社より優位にあるにもかかわらず、収益力は長期的に低下してきている。コンビニ市場も成長が鈍化しており、低下する収益力が反転に向かう要素は乏しい。

 国内コンビニ店舗数が初めて減少したのが19年。前年を123店舗下回り、5万5620店舗となった(日本フランチャイズチェーン協会)。それ以降のコンビニ店舗数は20年5万5924店舗、21年5万5950店舗、22年5万5838店舗でほぼ横ばいだ。

 1500店前後を新規出店していたセブン-イレブンが、営業時間をめぐる加盟店との対立問題もあって19年度に大きく新規出店にブレーキをかけたのが主因だ。新規出店数はそれ以降、600店前後にとどまっている。

 セブン-イレブンはどのように成長戦略を描いているのか。

 グループ戦略再評価によると、従来からのPB強化を主軸にすることに変わりはないが、それに加えて新たに打ち出したのがコンビニとスーパーストアを組み合わせた新型店舗「SIPストア」の展開だ。売場面積は、コンビニ40坪に対して、新型店舗は100坪から150坪。取扱商品は生鮮品や冷凍食品、PBなどを拡大し、コンビニ2500SKU(品目数)に対して、新型店舗は5千SKUにする。

 また、セブン-イレブン店舗の商品を宅配するサービス「7NOW(セブンナウ)」のサービス提供店舗を拡大し、25年度に売上高2千億円を目指すとしている。既存ビジネスに新規ビジネスを加え、営業利益の成長を図るとしている。

 だが過去、ミニスーパーは一般の食品スーパーに対して競争力で劣るため淘汰されていった。宅配サービスについては、新たな需要の取り込みというよりも既存の来店需要を取り込んでいるだけという冷ややかな見方もある。どこまでセブン-イレブンの強みを生かせるかが問われそうだ。

 米国コンビニ事業は好調で伸び代も大きい。米国コンビニ事業に今後の成長を求めるにしても、国内セブン-イレブンの安定した収益力と成長が欠かせない。前年90%台だった井阪社長の取締役選任案に対する賛成比率は70%台に低下、井阪社長への信任は揺らいだ。バリューアクトが今後も提案を続けるかは不明だが、井阪社長にも課題を残した。