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広島サミットで露呈した日本の経済安保の致命的欠点

5月19~21日、先進7カ国首脳会議が広島市で開かれた。浮かび上がったのは、日本の立ち位置の難しさだ。経済安保、対ロシア制裁、生成AIなど多岐にわたる経済分野で一応の合意をみたが、進展次第では、日本の経済や企業に悪影響が及ぶ可能性もある。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2023年8月号より)

主役の座を奪ったゼレンスキー大統領

 「G7として核兵器のない世界への決意を確認し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り抜く意志を示したい」

 岸田文雄首相がこのような強い決意と意気込みを持って臨んだサミット。議長国である日本のほか、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、カナダ、欧州連合(EU)、さらには、インド、ブラジル、インドネシアなど、「グローバルサウス」と呼ばれる新興国・途上国の首脳も招待された。

 サプライズだったのは、ロシアの侵攻を受けているウクライナのゼレンスキー大統領が20日に来日し、参加したことだ。当初はオンライン参加の予定だったが、急遽、来日が決定し、対面での参加となった。

 サミットの議論の成果をまとめた首脳声明が出されたのは閉幕前日の20日だ。通常、国際会議で首脳声明や共同宣言が出されるのは閉幕の当日だ。閉幕の前日に出されたのは、きわめて異例といえる。

 このような対応となった背景には、「21日にゼレンスキー氏が討議に参加する準備に全力を尽くすため、早めに作業を済ませる狙いがあったのでは」との見方がささやかれている。

 首脳声明の特徴は、中国やロシアに対抗するため、「グローバルサウス」と呼ばれる新興国や途上国も取り込んだ国際社会の「結束」を前面に打ち出したことだ。「自由主義」が後退し、より「保護主義」の色彩が強まったともいえる。

 中国については、力や威圧による一方的な現状変更の試みに強く反対すると表明。中国に懸念を直接伝え、建設的で安定的な関係を構築する用意があるとも強調した。

 ロシアに関しても、「可能な限り最も強い言葉で非難」し、不法な侵略が続く限り、ウクライナを支援すると強調した。

 これに対しては、ロシアと中国が連携を強化する動きが見られた。

 ロシアのミシュスチン首相が中国を初めて訪問し、24日に習近平国家主席と会談。両国は、ロシア産原油への上限価格設定といった「不法な制裁」による欧米の覇権への試みに、連携して立ち向かうとした。

 ミシュスチン氏は、李強首相とも会談し、エネルギー、製造業、農業など経済的分野で協力を強めていくことを話し合った。

 サミットを経て、G7陣営と中国・ロシア陣営の対決色がより強まる結果になったともいえる。

高まったように見える中ロに対する西側の結束

 では、サミットで話し合われた経済分野のテーマを詳しくみてみたい。

 経済安保はサミットでは初めて討議された。具体的には、中国などによる「経済的威圧」に対して連携を強めるため、新しい枠組みを設けることで合意した。

 枠組みの名称は「経済的威圧に対する調整プラットフォーム」。

 分野別の首脳声明には、同プラットフォームを通じ、「早期警戒」「情報共有」「定期的協議」「状況評価」を実施し、連携して経済的威圧を抑えることが記された。

 威圧の対象となった国などには支援を行う場合があることも明記。強靭なサプライチェーン(供給網)を作り上げることや、最先端技術の軍事転用を阻むことなども盛り込まれた。 

 ロシアに関し、ウクライナ侵攻後から続けている経済制裁の実効性を高めていくことも確認した。具体的には、産業機械、ロシアの軍事機構に役立つ技術のロシア向け輸出などが制限されるように「行動を拡大する」とした。

 G7はこれまで、ロシア産の原油と石炭の禁輸措置をとり、原油に関しては国際的な取引価格に上限を設ける措置を行った。サミットでは、これらに関するロシアの回避措置に対抗する取り組みを強化するとした。ロシアが軍事資金を調達するルートを断つため、国際金融システムの利用をさらに制限することでも一致した。

 対中国、ロシア関連以外では、対話型の「チャットGPT」に代表される生成人工知能(AI)の国際ルール作りを協議する「広島AIプロセス」を打ち出し、担当閣僚で話し合って、年内で結果を報告するとした。

 生成AIは、精巧な文章や画像を作ることが可能で、技術が進み、世界で急速に普及している。一方で、偽情報や、AIを使うときに打ち込んだ個人情報・機密情報が拡散する恐れ、さらには著作権侵害の懸念も指摘されている。

 国ごとに生成AIの規制に関する温度差がある中、サミットは「人間中心の信頼できるAI」構築のためのルール作りを進めていくとした。

 このほか、気候変動対策も議題となった。首脳声明は国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書や、産業革命前から世界の平均気温上昇を1・5度に抑える目標との整合性をとることが必要と指摘。

 「2035年までに完全または大部分を脱炭素化する」とし、化石燃料を段階的廃止の加速を盛り込んだ。一方、日本の主張が通る形で、石炭火力発電の廃止時期は盛り込まれなかった。

 再生可能エネルギーについては30年までに、G7全体で太陽光発電を今の3倍強の10億キロワット以上へ、洋上風力発電も1億5千万キロワット拡大するとした。脱炭素化の工程を示した「クリーン・エネルギー経済行動計画」もまとめた。

 これらの合意事項の実行に向け、日本はG7議長国としてリーダーシップを発揮していく考えだ。だが、国どうしの利害が錯綜する中、日本の経済や企業への影響も懸念され、どこまでうまくいくかは分からない。

 まずは経済安保だ。前述の通り、中国などによる「経済的威圧」を押さえ込むため、新たな枠組みを作って連携することや、サプライチェーンを強化することなどが合意された。

 問題は、地理的に近い日本と中国が、すでに経済面で深い関係を築きあげていることだ。

 財務省の貿易統計によると、21年の中国との輸出入総額は38兆3662億円で、2位の米国を15億円ちかく上回り首位。中国の首位は、07年以降、15年連続だ。

 さらに、外務省によると、21年10月1日現在、日本企業の中国への進出拠点数は3万1047。海外への総進出拠点数7万7551の約4割を占め、国別ではダントツ1位となっている。もし日中関係が悪化すれば、貿易額が減ったり、中国へ進出している企業のビジネスが滞ったりして、企業業績や日本経済全体へ逆風となるだろう。

 また、リスク分散や、新たなサプライチェーン構築のため、企業は東南アジアなどへの拠点の分散が必要になるが、見知らぬ国での拠点探しや、実際の移転のためのコストや手間は少なくない。中堅・中小企業にとって、負担はかなり大きくなるはずだ。

 中国と地理的に離れた米国や欧州とは、中国との関係において事情が違う面がある。日本が彼らと足並みをそろえていけるかは、かなり不透明といえる。

政治と経済はまるで別。中国依存は深まるばかり

 さらには、対中国でグローバルサウスと連携していくことも難題だ。

 G7唯一のアジアの国である日本は、インドや東南アジア諸国をG7陣営へ引き込む役割が期待される。しかし、これらの国には歴史的に中国との関係が深いところも多く、そう簡単に「対中国陣営」に引き込めるとは限らない。

 むしろ、過去の植民地支配への記憶から、欧米へ反感を抱いている国もある。ウクライナ侵攻に中立的な立場をとる国があるのも、こうした事情が背景だ。この感情を無視してグローバルサウスへ強引に引き込もうとすれば、日本自身が嫌われることになるだろう。

 対ロシアでも、日本ならではの事情がある。

 G7はすでに、ロシア産の石油と石炭に関し、禁輸に踏み切っている。今後の焦点は、ロシア産の天然ガスの禁輸にも踏み切れるかどうかだ。

 米国、英国、カナダはロシア産の天然ガスに依存しておらず、すでに禁輸を決めている。

 翻って日本は、ロシア産天然ガスへの依存度が高い。液化天然ガス(LNG)をみると、21年の輸入量のうちロシア産は約9%にも達した。また、ロシアから輸入している分の大半をまかなっている石油・天然ガス開発事業「サハリン2」には、日本企業も権益を持っている。

 もともと資源が乏しい日本にとって、距離の近いロシアからの天然ガス調達は、輸送コストなどの面からも重要だ。調達先の分散にも役立っている。

 こうした事情を抱えながら、日本が対ロシア制裁で足並みをそろえられるかは、非常に難しい問題だといえる。

 このほか、生成AIの規制についても、欧米と日本の考え方は違っている。

 欧米は、前述したようなリスクを懸念し、規制しようという意識が強い。EUは欧州議会の委員会で、AI利用に関する包括的な規制案を承認した。イタリアでは一時的にChatGPTの利用が禁止された。米国はこれまで利用に積極的だったが、今では監視を強める方向へ舵を切っている。

 これに対し、日本は、パナソニックホールディングス(HD)がすべての国内グループ会社で対話型AIを使えるようにするなど、前向きな企業が目立つ。行政も同様だ。最先端技術の開発で米国などから周回遅れの日本が競争力を強める上で、最適な武器になるとの思いも背景にあるといえる。

 気候変動に関しては、石炭火力発電の依存度が高い日本にとって、石炭火力をゼロにすることはとうてい不可能だ。官民挙げて、脱炭素機能の優れた石炭火力を開発し、国際社会に納得してもらう努力が必要となる。加えて、原発再稼働を加速させることも不可避だろう。

 今回のサミットは被爆地で開催され、核兵器使用の悲惨な実態を世界に発信した点で評価する向きもある。しかし、経済分野の合意の実行だけでもこれだけの課題があり、先行きは不透明といえる。