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パナソニックが集中投資。車載電池は救世主になれるのか 楠見雄規 パナソニック

楠見雄規 パナソニック

創業から105年を迎えたパナソニックグループ。その最大の悩みは、長らく収益性の低さから脱却できていないことだ。その状況を変えるために、楠見雄規社長が勝負に出た。市場拡大が見込める車載電池事業に6千億円を投じるというのだ。車載電池は救世主になれるのか――。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2023年8月号より)

楠見雄規 パナソニック
楠見雄規 パナソニック

電機大手の中で最下位のPBR

 最近、経済記事でよく目にするのが「PBR」というアルファベット3文字だ。株価純資産倍率のことで、会社の純資産(資本金+剰余金等もしくは総資産-負債)に対して時価総額が何倍になっているかを示す指標だ。

 注目を集めるようになったきっかけは、今年4月に日本取引所グループ社長に就任した山道裕己氏が、会見やインタビューのたびにPBRに触れ、PBR1倍以下の上場企業に対して改善を求めていることだ。

 PBR1倍以下とは、会社の持つ資産より株式市場における評価が低いことを意味する。たとえばPBR0・5とは、借金がゼロで金庫に10億円が入っている会社の市場価格が5億円しかないということだ。この場合、5億円で全株式を買い取り、金庫の中の現金を手にして会社を解散すれば、5億円の利益を上げることができる。

 企業の解散価値より市場価格が低い。本来あり得ないことだが、日本の上場企業の上位100銘柄のうち、4割が1倍以下に沈んでいる。しかも日本最大の企業であるトヨタ自動車でさえ、0・97だ(6月5日現在)。山道社長は、このような状況に甘んじている企業に警鐘を鳴らしている。

 「PBRが低い理由は、収益性が低いことに尽きる。だからこそ、今、そして将来も含めていかに収益性を高めていくかに集中している」

 と語るのは、パナソニックホールディングス(以下パナH)の楠見雄規社長。5月19日に本誌などのインタビューに応じた際の発言だ。パナHもまた、PBR1倍以下の企業だった。

 「だった」と書いたのは、インタビュー時点では1倍以下だったものの、6月に入って株価が急伸、6月5日終値時点では1・03と水面上に浮上したためだ。それでも電機大手8社(日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ソニー、シャープ、パナH)の中では最下位だ。

 PBRを上げるために企業がよく取る手段が、増配と自社株買いだ。利益を株主に還元することで時価総額を上げ、PBRを高めようとする。パナHも昨年、400億円の自社株買いを行った。しかし株価は上がらず、PBRも1倍を切る状況が続いていた。

 その原因を楠見社長は、収益性の低さがすべて、と言い切った。

 過去30年間、パナHは低収益に悩んでいる。歴代社長はいずれも営業利益率もしくは経常利益率5%以上を目標に掲げたものの、瞬間的には到達しても長続きしない。前3月期も増収減益で、営業利益率は3・4%、経常利益率は3・8%と、5%とは大きな開きがある。

 楠見社長は、2021年4月にCEO、6月に社長に就任してパナH(当時はパナソニック)の全権を掌握してからの滑り出しの2年間を「誰にも負けない競争力を身に付けるための2年間」と位置付け、改革に取り組んできた。その結果、自動車関連製品を製造するある工場では、生産リードタイムを50%短縮し、在庫を半減させるなど「素晴らしい成果を出す拠点も出てきた」(楠見社長)。しかしそれを横展開して全社レベルで改善することはできなかった。しかも中国市場の低迷やアメリカでの構造改革費用が円安で膨らんだこともあり、それが減益決算につながった。「この2年間ではさまざまな外的要因に対応する卓越した変化対応力の獲得には至らなかった」(楠見社長)

 それでも楠見社長はこの2年間を踏まえ「競争力強化に徹するステージから成長ステージへギアを上げる」と言う。そのカギを握るのが重点投資戦略だ。

テスラに鍛えられた車載電池の技術力

 楠見社長のインタビューの前日、パナHはグループ戦略を発表しており、その中でグループ共通戦略として「環境(温暖化阻止・資源循環)」を掲げた。パナHは昨年、「パナソニック・グリーン・インパクト」を発表、50年に向けて、現在の世界のCO2総排出量の約1%に当たる3億トンの削減を目指すとした。達成できれば「地球環境問題の解決」と「グループの成長」が両立できるというわけだ。

 この実現のために、今回、グループ全体のCO2削減貢献量の6割を占める車載電池へ重点投資する方針を明らかにした。

 周知のように、今世界中でEV開発・販売競争が繰り広げられている。

 EUは35年までにエンジン車の販売を禁止(その後、温暖化ガス排出が実質ゼロになる合成燃料は認可された)、アメリカでもワシントン州やカリフォルニア州、ニューヨーク州が30〜35年にエンジン車の販売を禁止する。世界一の自動車大国・中国は、35年までに全車両をHVを含む環境対応車に切り替える。そして日本でも菅前首相の時代に35年までにガソリン車の販売終了を目指すと宣言した。

 これに対応するためのEVシフトが進んでいるが、EVでもっとも重要な部品は車載電池。そのため車載電池市場は急速に拡大、北米市場では今後年平均35%で拡大すると見られている。この市場をパナは攻めようというのだ。

 パナHはすでに北米に2つの車載電池工場を持っている。一つは世界最大のEVメーカー、テスラと合弁で建設したネバダ工場。もう一つは建設中のカンザス工場。そして第3の工場建設も楠見社長は否定しない。

 パナHの車載電池の性能は高い。エネルギー密度(電池の体積当たりのエネルギー量)は現在800Wh/Lと世界トップクラス。これを30年までに1千Wh/Lまでに引き当げる方針だ。またレアメタルの使用量を抑える技術も開発、さらには過去に電池起因の事故を1件も起こしていないなど安全性にも定評がある。

 ネバダ工場は、前任の津賀一宏社長時代に完成したが、5年前、津賀氏は本誌のインタビューに次のように答えている。

 「(テスラと組んだことで)技術の進化がものすごくなりました。テスラさんが求めたものにわれわれの技術陣が応えるためには、従来のステップバイステップでは追いつけません。非常に高いターゲットにチャレンジし続けてきた結果、他社より相当性能のいい電池をつくれるようになりました。それでも今に満足することなく、3年後、5年後を目指して開発しています」「多額の設備投資をすれば大量に電池を生産することはできるでしょう。でもその電池はテスラ&パナソニックがつくる電池とは全然違うものです」

 そのおかげでネバダ工場は効率的なオペレーションができるようになり、建設中のカンザス工場でも、このノウハウを展開することで投資効率を改善できたという。

プラズマパネルとはビジネスモデルが違う

 しかし、市場シェアは残酷だ。津賀前社長にインタビューした当時、パナHの車載電池のシェアは世界トップクラスだったが、今や4位にまで落ちている。中国メーカーなどが大規模投資を行い、シェアを奪っていった。

 そこでパナHは、勝負する市場を北米に定め、ここに集中投資して事業を拡大し、パナH全体の成長エンジンにしようともくろんでいる。当面の投資額は6千億円だが、その後の設備増大まで含めると2兆円規模になるともいわれている。パナHはそれほどまでの大勝負に出ようとしている。

 そうなると思い出されるのが、過去の投資の失敗だ。パナHは20年程前に、テレビ用パネルとしてプラズマディスプレーに大規模投資を行ったものの、液晶パネルとの競争に敗れ、結果として2年間で1兆5千億円の最終赤字を計上した歴史がある。津賀前社長はその敗戦処理に苦労した。

 また、太陽光パネルにおいても、パナソニックはかつて世界シェアの上位にいた。東日本大震災後、再生エネルギー発電が注目され、さらにはCO2削減の切り札になると世界中で設置が相次いだ。パナソニックもマレーシア新工場の建設を表明したこともあったが、その後中国メーカーなどとの価格競争に敗れ、今では完全撤退している。

 車載電池は成長市場とはいうものの競争相手も多い。下手をするとプラズマや太陽光パネルの二の舞になりかねない。

 しかし楠見社長はそうした見方を否定する。その理由はビジネスモデルの違いだ。

 「プラズマと車載電池のビジネスモデルの違いは、進化に合わせて製造装置をすべて入れ替えなければならないか、そうでないかにある。ディスプレーの競争は画面の大きさの競争だった。大型化するにはガラスのサイズを大きくしなければならないため、以前の製造装置が使えなくなり新たな投資が発生した。でも車載電池の場合、性能がさらによくなっても形が変わるものではないため、既存の設備に手を加えることで対応できる。それにとにかくシェアを取らなければ勝負できないというビジネスではない。お客さまをしっかりつかんで、お役立ちをしていく。そのためにも技術で勝っていくことを軸に置く」

 パナソニックの歴史を振り返ると、成長事業と位置付けたものの思い通りにいかないケースも多かった。例えば10年前は住宅関連事業が重点領域で、この分野で2兆円を目指すとしていたが、その後、失速した。しかし車載電池事業だけは、過去10年間、常に重点事業として位置付けられてきた。その過程では歩留まりが上がらず、赤字を垂れ流したこともある。それでも我慢をして育て続けてきた結果、収益に貢献するようになり技術的には世界トップを維持している。

 あとはこれをいかにグループ全体の牽引役にまで育てることができるのか。競争力強化から成長ステージへとギアを上げた楠見社長の手腕が問われる。