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「日本農業」の社名に込めた思いはテクノロジーより王道を歩む 内藤祥平 日本農業

内藤祥平 日本農業

アグリベンチャーという呼び方にはテクノロジーによって農業に生産性革命をもたらす、というイメージがある。ところが株式会社日本農業は違う。創業者でCEOの内藤祥平氏は、「地道な努力で生産性を高める」と言う。その武器となるのが、世界中の農業に関する知見だ。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2024年10月号 巻頭特集「笑う農業」より)

内藤祥平 日本農業CEOのプロフィール

内藤祥平 日本農業
内藤祥平 日本農業CEO
ないとう・しょうへい 1992年生まれ。慶應義塾大学法学部在学中に米国・イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校農業経営学部に留学。その後、鹿児島とブラジルで農業法人の修行を経験する。大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社にて農業関連企業の経営戦略の立案・実行などの業務に従事。2016年11月に日本農業を設立し、CEOに就任。

世界の農業を見て気づいた可能性

―― 内藤さんは慶應義塾大学を卒業後、マッキンゼーに入社し、農業分野の案件にコンサルとして関わったのち、日本農業を設立しています。農家の生まれでもない内藤さんがなぜ農業をやろうと考えたのですか。

内藤 農業に興味を持ったのは、高校時代、自転車で日本を旅して回ったのが最初でした。田舎の田園風景は美しく、土地それぞれにおいしい農産品がある。この旅で農業はいいなと思うようになったのを覚えています。その後、大学在学中にアメリカに留学し農業経営を学び、その後は鹿児島の大根農家やブラジルでも働きました。そういう経験を積めば積むほど農業の課題が見えてくる。同時にチャンスがあることも分かった。しかもそれは短期間に解決できる問題ではない。これは人生の大きなチャレンジになるなと感じ、そこから自然に今に至っています。

―― 日本の農業は生産性が低く、そのため後継者不足に苦しんでいます。自給率低下の大きな原因もそこにあります。どこにチャンスがあるのでしょう。

内藤 可能性はあると思っています。理論上、こうすれば日本の農業の収益が上がるというのは分かっています。ただしそこに行き着くまでが難しい。そこを解決することができれば希望があります。

―― どうすれば収益が上がるのですか。

内藤 農業というのは初期投資が大きい。でもきちんとやればV字的に収益を上げることのできる産業だと僕は考えています。というのも今の日本は恵まれた環境にあるからです。例えば人件費。アメリカやオランダなどの農業大国では、時給4千円で農業従事者を雇用しています。ところが日本の農業従事者の時給は10分の1程度です。それがいいかどうかは別として、人件費だけを見てもこれだけの優位性がある。しかもグローバルな視野で見た時に、大きく伸びているアジアマーケットにもアクセスがいい。さらにアジアの消費者の日本ブランドに対する信頼は厚い。そうであるなら、ある程度農地を集約して生産すれば、品質・価格ともにグローバルマーケットで圧倒的優位に立てるはずです。ただ、繰り返しになりますが、そこに至るまでにいろいろな課題があります。

―― どんな課題があるのでしょう。

内藤 これまで農業は成長産業ではありませんでした。そこで何が起きるかというと、需要の低下に対して供給も低下させる。稲作の減反政策がその代表です。その代わり補助金を出す。こうなると生産の効率化を目指さなくても、何とか食べていける。そして少しずつ衰退していく。

 仮に農地を集約化する。あるいは先端農法に投資する。これにより生産性を上げ生産量を増やしたとします。ところが結果として供給過多となり、農産物の価格が下落する。先進的な農家や農業法人は潤っても、旧来型の一般農家はむしろ収益が悪化する。そのため生産性を上げることが農家のためにならないという矛盾が生じていました。

 しかし今ではマーケットは海外に広がっています。農業を効率化し、国際競争力のある農産品を海外に持っていけば、日本国内で供給過多になることもありません。しかも若い世代の中に、地域をまとめあげて生産性向上に取り組みたいというやる気のある人が増えている。われわれはこういう人たちとタッグを組みながら、海外マーケットの開拓を一歩ずつ進めています。

10年たたずに日本一のリンゴ輸出企業に成長

―― 具体的にどのような取り組みを行っているのでしょう。

内藤 メインにやっているのは、独自の方法で育てた小玉リンゴを、周辺の農家にも広め、それを輸出ルートに乗せて海外で販売するというバリューチェーンづくりです。

―― 「ふじ」など日本のリンゴは海外でも人気です。それとは違う先端的な取り組みがあるのですか。

内藤 「先端的」が、これまでにない新しいテクノロジーを開発したという意味だとしたら、ほとんどありません。われわれにあるのは世界中の知見です。リンゴは世界中でつくられています。イタリアではこう、アメリカではこうやっている、というように、栽培技術は日々進化しています。ところが日本の農業は、これまで海外の情報と遮断されていた。その情報を仕入れ、知見を得て、それを日本の知見と結びつけていいとこ取りをして栽培しています。

 日本で栽培されているリンゴの多くは中太の樹木をある程度間隔を空けて植えています。ところがイタリア発祥の、細い幹の樹木の間隔を詰めて植える高密植栽培という技術がありました。われわれの青森のリンゴ農園ではこの手法を導入しています。もちろんそのままでは青森の雪に耐えられませんから、補強するなど日本流のカスタマイズが必要ですが、そうすることによって従来のリンゴ農園より面積当たり3倍のリンゴを収穫できます。それでいて投下労働コストはほとんど変わりません。つまり生産性は3倍です。

 自分たちの農園でも実践していますが、これを協力農家さんにも提供しています。そうやって収穫されたリンゴを最新鋭の高速選果機で選別したうえでアジア各国に輸出しています。2017年に輸出事業をスタートさせ、19年からは生産も始め、今では日本農業のリンゴ輸出量は日本一です。

―― 販売ルートも自ら開拓したのですか。

内藤 国によって小売店に直に卸しているケースと間にパートナー企業を入れるなどまちまちですが、大事なことは特別な仕組みをつくるのではなく、いいものといいタイミングで販売できるルートを確保することだと考えています。

 日本のフルーツは少し高いけれど品質がいい、というのがアジアにおける一般的な評価です。しかし中にはコールドチェーンなどがきちんと確保されておらず品質に影響が出る場合もあります。そこでわれわれは、収穫、選果を自分たちで行い、どのリンゴがどの国のどのスーパーに行くかを把握したうえで輸出しています。仮に品質に問題があった場合でも、トレースしてフィードバックすることが可能です。

―― アグリベンチャーというと、ドローン農業や野菜工場のようなテクノロジーを駆使した新しい農業の形を追求するイメージがありますが、日本農業がやっていることはオーソドックスで地道な作業です。

内藤 誤解を恐れずに言えば、僕も、そして社員たちも農業に人生を懸ける理由なんてどこにもありません。代々続く農家でもないわけですから。それでも、人生のテーマとして農業を選び、全力で取り組んでいる。そうであるなら、本丸に切り込み農業を産業としていい方向に引っ張っていきたい。

 アグリテックの重要性は認識していますし否定もしません。だけどそれ以上に、樹木の形を整えるとか、農地の集約化を行うなど、日本の農業の生産性を劇的に上げるためにやらなければならないことが残っている。そういう当たり前のことをやっていき、日本の農業を変えていく。だからこそ社名を日本農業としたのです。

高密植栽培で生産性は3倍に
高密植栽培で生産性は3倍に

コメの海外輸出は創業時からの決意

―― 今はリンゴが中心ですが、種類を増やしていく予定はありますか。

内藤 すでにキウイフルーツ、サツマイモ、ブドウ、イチゴ、桃、梨に広げています。イチゴに関していえば、日本はビニールハウスを建てるコストが非常に高い。これを韓国メーカーのものに換えることでイニシャルコストを30%カットすることができます。さらには輸出が前提の場合、各国ごとに農薬基準があるのでそれに合わせた農薬も含めセットで提供する。農産物ごとに手法は異なりますが、世界中の知見の中から、日本の農業に最も適したものを導入しています。

―― 日本の農業の本家本丸といえば、やはり稲作です。

内藤 今は日本の農作物の中で輸出量の多いものを順番にやっている。そういう段階です。でも社名を決めた時から、いずれはコメだとは考えていました。日本農業を名乗っていますし、やろうと検討しています。

―― 世界の穀物市場の中で、日本のコメが競争力を持てるのですか。

内藤 穀物はスケールメリットの世界、アメリカのような広い農地があって大型機で生産する、そうでなければ競争力を持てない、一般的にはそういうイメージだと思います。でも僕は、基本的には果樹とおコメは変わらないと考えています。

 まずは人件費がアメリカとは全く違います。日本の労働力は悲しいことにものすごく安い。そしてもう一つが水です。昨年は水不足でコメの作況は悪化しましたが、それでも他国に比べたら水資源には恵まれています。一方アメリカは、水不足が深刻化。そのため人件費と相まってアメリカのコメの生産コストはここ数年、ものすごく上がっています。実際、何年か前には日米のコメの生産原価が逆転したことがあります。

 ただし、今のように農地が分散している状況では勝負になりませんが、集約化を進めれば可能です。理論上は、50ヘクタール(東京ドーム11個分)のまとまった農地でコメを生産すれば、アメリカより安く供給できます。今は一俵(約60キログラム)1万2千円程度ですが、集約化すれば1万円を切れる。さらに面積当たりの収穫量の多い品種に変えれば8千円台や7千円台も見えてくる。逆にアメリカは、集約化が進んでいるため、改善余地が少ない。世界の穀物市場の中で日本のコメが競争力を持つことは、けっして不可能ではありません。