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効果の高い学習のために組織全体での風土づくりを 徳岡晃一郎 ライフシフト

リスキリング特集 徳岡晃一郎 ライフシフト

「リスキリングが大事なのはわかった。それでも学ぶ気がおこらない……」と思っている人もいることだろう。それはきっと、自分自身が何を目指し、何のために学ぶのか、明確化できていないからだ。ライフシフト会長の徳岡晃一郎氏は、学びのモチベーションは組織全体で上げていくものだと語る。文=小林千華 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年8月号より)

リスキリング特集 徳岡晃一郎 ライフシフト
徳岡晃一郎 ライフシフト会長
とくおか・こういちろう 1957年生まれ。東京大学教養学部卒業後、日産自動車に入社し、人事部門に配属される。欧州日産を経て、99年、フライシュマン・ヒラード・ジャパン入社。人事およびコミュニケーション、企業文化、リーダーシップなどに関するコンサルティング・研修に従事。2014年より多摩大学大学院研究科長、17年ライフシフトを設立、会長に就任(現職)。

半数以上が学習意欲なし。それでもやはり学ぶべき理由

 本誌18~20ページにて、放送大学長・岩永雅也氏はこう語っている。

 「学びというのは迂回的なもの。でも人はどうしてもその回り道を避けたがり、楽な方向に行きたいと考えがちです」

 あえて言い切ってしまうが、多くの社会人は学ぶことに抵抗感を抱いている。これを裏付ける調査結果がある。ベネッセホールディングスが社会人3万5千人を対象に行った「社会人の学びに関する意識調査2022」によると、41・3%が「社会人になって学習したことがなく、これからも学びたいと思わない」と回答している。「社会人になって学習したことがあるが、これからは学びたいと思わない」と回答した11・5%と足し合わせると、実に半数以上がこれから学ぶ意欲を持たない計算だ。

 「みんなリスキリングしないんですよ。この間もある企業の相談を受けていたんですが、せっかく良いサービスを導入しているのに肝心の従業員は1割ほどしか学んでいないと話していて……」

 取材でそう語ったのは、ライフシフトの徳岡晃一郎会長。同社は、ミドル・シニア層をはじめとする社会人向けの研修事業と共に、人事戦略コンサルティングや組織風土改革をサポートするシンクタンク事業を展開する。徳岡会長は、日産自動車人事部門、オックスフォード大学留学、欧州日産などを経て多摩大学大学院教授に就任し、2017年、還暦を機にライフシフトを創業。まさに学び直しによるキャリアチェンジを繰り返してきた経歴の持ち主だ。

 ライフシフトでは、「人生100年、80歳現役の時代を豊かに生き抜く『生き方改革』をサポート」とのメッセージを掲げ、60歳以上のシニア層に向けても研修プログラムやキャリアコーチングサービスを提供する。60歳といえば、これまでならば一般的に定年退職する人が多かった年齢だ。

 現在、定年退職年齢を引き上げる企業や、生活の安定などのために定年後も再雇用などの制度を使って働き続ける人が増えているものの、その年齢になっても、「価値創造のために学ぶ」姿勢を持つ人は多くないのではないだろうか。

 しかし徳岡会長は、シニア層が学ぶべき理由をこう語る。

 「これから大切になるのは『青銀共創』の考え方です。『青』は若者、『銀』はシニア。若い人が作り出したものをシニア層が消費するだけという状態はバランスが良くないし、若者にとってもシニア層が培ってきた暗黙知や経験は役立つはずです。人生100年時代、シニア層も意識転換して、学びながらイノベーションの創出に貢献していく必要があります」

 「青銀共創」とは、台湾のデジタル担当大臣オードリー・タン氏が広めた言葉だ。新型コロナ禍、マスクの在庫状況を知らせるアプリの開発にあたり、若手から高齢まで幅広い年齢層のエンジニア、スタッフの協力があったことで、誰もが使いやすいアプリが開発されたという事例から広まった。日本でもまさにこの事例のように、世代を超えた協力があってこそ生み出される価値があるはずだ。

戦略的リスキリングのため軸とすべき「4つのS」

 徳岡会長は、学ぶ社会人にとっての課題は、どの世代にも共通していると考える。リスキリングを通して自分はどういう姿を目指していくのか、明確にしないまま学んでいる人が非常に多いことだ。やみくもに学ぶのではなく、自分の強みを自覚したうえで、学びの方向性を決めていかなければならない。

 そこで徳岡会長は、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏と共に「思いのマネジメント(MBB)」を提唱している。組織でリスキリングサービスを導入する場合でも、全体としてどういう状態を目指すためにリスキリングに取り組むのか、従業員個人は何のためにどんなスキルを習得するのか、ビジョンを描いて共有しようという呼びかけだ。

 「方法として、ひとつは対話。上司と部下、もしくは同僚同士でもいいですが、議論し合わないと出てこない思いというのは必ずあります。もうひとつは何といっても世の中をよく知ること。新聞などを使って情報をインプットし、学びのなかで掘り下げていく作業を繰り返さないと、そこで自分がどうなりたいのか視野を広く持って考える力は身に付きません」(徳岡会長)

 つまり効果の高いリスキリングのためには、まず組織の風土づくりが欠かせないということだ。徳岡会長は、パーパスなどを通じて組織全体の目指す状態をトップダウンで従業員にも周知していき、個人の学びと組織の目標がどうつながるのかおのおのに実感させることが重要だと言う。目的意識が持てなければモチベーションが上がらないのは、年齢に関係なく誰でも同じことだ。

 となれば、企業などの経営者サイドが効果の高いリスキリングを実現するために問われるのは、従業員それぞれが学ぶことに意義を感じるための「良い目標」をどうやって作るかだ。そこでまさに「青銀共創」、それによるイノベーションの創出といった、全世代共通で目指せる目標があれば、組織全体で学びに向かう気運が高まる。

 また、徳岡会長は、GVE代表取締役・房広治氏との共著『リスキリング超入門』のなかで、リスキリングをする人、リスキリングをさせる企業トップ層の両方が意識すべき「4つのS」について説明している。

①シナリオ(Scenario)。未来のビジョンを描き、そこからバックキャストして現実とのギャップを埋めていく計画力。②スピード(Speed)。変革を素早く促すため、リーダーシップをとる力。③サイエンス(Science)。データや科学をもとに合理的判断を下すための思考力。④セキュリティ(Security)。知財リスク、サプライチェーンリスクといった自分を取り巻く脅威を正しく認識し、対処する力。

 徳岡・房両氏は、現代日本の弱みを克服し、強みをさらに生かすために考えられた「4つのS」を身に付けるための学びを「戦略的リスキリング」と呼ぶ。これは単なる企業間競争で勝ち抜くためだけではなく、日本全体の力を高めるためにも有効な学び方といえる。

 組織全体でゴールを共有し、個々が目的意識を持って戦略的に学ぶことが、着実に効果の出るリスキリングのための大前提だ。