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70歳まで働く世代が習得すべきたった2つのスキルとは 鈴木貴博 百年コンサルティング

リスキリング特集 鈴木貴博

日本では少子高齢化に伴い働き手が不足しており、シニア世代を戦力にするためのリスリキングを進めている。引退を視野に入れている世代にとって新しいスキルを身に付けることは途方もないことのように思われるが、働き手としての価値を高めるために習得すべきスキルは2つに集約される。文=百年コンサルティング代表/鈴木貴博(雑誌『経済界』2023年8月号より)

リスキリング特集 鈴木貴博
鈴木貴博 百年コンサルティング代表
すずき・たかひろ 1986年に東京大学工学部物理工学科を卒業。経営コンサルティングファームのボストン・コンサルティング・グループに入社し、大企業の戦略立案プロジェクトに従事。99年のネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の創業に取締役として参加。 2003年に独立、百年コンサルティングを創業。未来予測と大企業の競争戦略を専門としている。

50代のライバルはやる気のある若手社員

 われわれ日本人はいつまで働き続けなければならないのか。昨今の社会全体の動きは中高年にとってあまりよいニュースではない。たとえば2021年の改正高年齢者雇用安定法では新たに70歳までの就業機会確保が企業の努力義務になったが、これはおそらくそう遠くない将来、中小企業を含めた義務へと格上げされるだろう。

 背景にあるのは少子高齢化に伴う人手不足がひとつ、そして同じく社会保障に回せる政府財源の不足がもうひとつ。どちらの制約を鑑みても、70歳以下の国民には働いてもらわないとこの国は回らないのである。

 そうなると企業の姿勢も変わる。誤解を恐れずに言えば、これまでは少なくとも大企業は60代従業員を戦力としてあてにしなくても大丈夫だった。60歳で役職定年してもらい、残りの5年間を安くなった給料で大過なく職場にいてさえもらえば、全体の収益でそのコストは吸収できたのだ。

 ところが前倒しで55歳で役職定年になったうえに大半の社員には70歳まで働いてもらうとなると前提は大きく変わる。15年の間、中高年社員にも給与に見合った働きをしてもらえなければならない。中間管理職まで経験した高齢者にも、管理職以外の役割で戦力になってもらう必要が出てくる。

 つまり40~50代のビジネスパーソンには会社のためにリスキリングしてもらわなければならないのだ。当事者たちはこれまでの経験を武器に新たな専門資格を習得して、そのスキルを生かして仕事の幅を広げるといった未来に期待するかもしれない。実際、中高年のリスキリング制度を試験的に拡大しようとしている大企業では、社会保険労務士や応用情報技術者といった資格取得を視野にいれたプログラムを導入している事例がある。

 一部の人間はこの機会を使って新たな、そして幸福なキャリアを築くことができるだろう。ただしおそらくそのような機会を得られるのはプログラム参加者の2割程度になるはずだ。残り8割にとってはそれほどありがたくない未来が訪れるだろう。その理由はふたつある。

 ひとつはこれから出現する中高年リスキリング層は1千万~2千万人規模になること。士業のような専門資格が必要とされる雇用はすべて合計しても数十万人規模の新規雇用しか必要としないだろうから、そもそも絶対人数として狭き門になる計算だ。そしてもうひとつ、残念ながら50歳前後でのリスキリングへの挑戦は、20代30代のライバルと比較して簡単ではないことだ。

対人スキルの向上は人生経験あってこそ

 ではこの先、70歳まで働かなくてはならない世代の中高年ビジネスパーソンの大半は何を学び直さなければならないのだろうか。実は重要な領域が2つある。

 1つ目はITの学び直しである。若者が当たり前のようにできることを再教育で勉強しなければならないのだ。

 今、高校では必修科目の授業として「情報Ⅰ」という科目がある。この科目を勉強することで若い世代は「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」の基本スキルを高校で身に付け、応用することにより「問題を解決する能力」をも獲得している。

 一方で40代以降のビジネスパーソンの多くは学生時代にパソコンはあってもインターネットにつながっていなかった世代だ。社会人になり、パソコンやスマホを通じて体験的にインターネットの利用からセキュリティまで独学で学んできたのだが、スキルには抜け漏れがたくさんある世代でもある。

 その世代のビジネスパーソンが70歳まで今の職場で働くということを想定した場合、20代のビジネスパーソンが当たり前のように獲得しているデジタルリテラシーについては、基本の部分についてリスキリングしてもらわないと、職場のお荷物になってしまう。

 たとえばパソコンが思うように動いてくれない場合、20代のビジネスパーソンは当然のようにググって解決策を自力で見つけ出せる。DXの新しいツールが登場したら20代は当然のようにチュートリアルを使って短期間で使いこなす。こういったスキルは現代の職場での新しい仕事のやり方への対応力そのものだ。

 これまでは60代の社員はそういったことを学ぶのが嫌だからといって学ばずに若い社員に代わりにやらせていた。その前提が変わる以上、高校の「情報Ⅰ」レベルのIT知識はリスキリングで早急にキャッチアップしなければ中高年社員は会社で生き残れなくなる。

 さて2つ目に重要な領域が対人スキルのリスキリングだ。ITスキルが中高年にとってのキャッチアップ項目とすれば、こちらは中高年のパワーアップ項目。そしてこのスキルの重要性は今後格段に大きくなる。これはAIの進化と関係している。

 今、生成AIの進化が世界的に話題になっている。生成AIはいわゆるホワイトカラーの中間的な仕事を代替していく高いポテンシャルを持っている。ひとことで言えばデータを集めたり、資料をまとめたりといったビジネスプロセスの中間で必要とされてきた仕事が今後5年間で大幅にAIにとって代わられるようになる。

 そうなると人間の仕事は上流の創造する仕事か、それとも一番現場に近い顧客接点の仕事のどちらかに集約されていく。近い未来ではそれらの中間の仕事が必要なくなるだろう。創造する仕事は一部の社員が行えば十分だから、多くの社員は顧客接点の仕事を担当することになる。対人スキルが重要視される時代が到来するのだ。

 近未来では対人関係が会社の枠を超えてグローバルにジェンダーレスになることを想像してほしい。異なる価値観、異なる前提の相手と意識をすり合わせ、利害や目的を一致させ、共通の方向へと動けるようにする。これは実は人生経験豊かな人間の方が得意な項目だ。

 極論をイメージすれば、世界の10カ国の従業員や顧客が集まるZoom会議であなたが、異なる意見を集約しながらチームを解決策へと導いていくような働き方。想像できないと思うかもしれないが、スマホアプリがリアルタイムで翻訳をしてくれ、アジェンダはAIがホワイトボードに整理してくれる時代でもある。

 ここで最後に必要となるのは人を動かすコミュニケーション力ということになる。かつての社内で通用した上下関係によるコミュニケーションではない、本当の意味でのコミュニケーション力を学び、これまでできると思えなかった仕事をこなせるようになる。そのために中高年がリスキリングしなければならない分野はこのように究極にはITと対人スキルに集約されるのではないだろうか。