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変化する銀行の役割。現金流通量減少はデメリットか? 沖田貴史 ナッジ

沖田貴史 ナッジ

キャッシュレス化が進めば、当然現金の流通量は減少する。そうなれば大きな変化を強いられるのが、現金を扱う業務の多い銀行だ。既にATMや店舗数の減少など、目に見える変化は起き始めているが、これからどうなるのだろうか。聞き手=小林千華(雑誌『経済界』2023年9月号 「さよなら現金!! キャッシュレス本格到来」特集より)

沖田貴史 ナッジ代表取締役のプロフィール

沖田貴史 ナッジ
沖田貴史 ナッジ代表取締役
一般社団法人Fintech協会代表理事会長
おきた・たかし 一橋大学在学中に、電子決済大手ベリトランスを共同創業し、2004年上場。12年econtext ASIA社を共同創業し、13年香港市場に上場。16年に、SBI Ripple Asia代表取締役に就任し、ブロックチェーン技術の日本・アジアでの実用化に貢献。その間、米Ripple社、インドネシアtokopedia社などのユニコーン企業の役員も歴任。 主な公職に、金融審議会専門委員、SBI大学院大学経営管理研究科教授など。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」に選出。20年ナッジを設立し、代表取締役就任(現任)。

現金のハンドリングコストは過小評価されている

―― キャッシュレス(CL)化の進行により現金の取り扱いが減ることは、銀行にとってデメリットとみる声もあります。今の時代、銀行はどういった変化を強いられるのでしょうか。

沖田 実際は銀行にとっても、CL化の進行は決して悪いことではありません。むしろATMの維持費用、ATMや店舗に置かれる現金の輸送や管理にかかるコストはとても大きいため、それらが削減できることはむしろメリットになります。

 さらに言えば、銀行店舗の担う役割も、CL化によって変化すると考えられます。例えば世界的に見ても特にCL化の進むスウェーデンでは、既に銀行店舗でさえ現金を扱わないところが多数派を占めています。では何のために銀行店舗が存在するのかというと、みんなネットバンキングなどを使う上で分からないことを気軽に聞きに行くんです。そのときついでに資産運用などの相談をする人も多いといいます。今の日本の銀行店舗では、銀行員の仕事内容の多くが煩雑な事務処理や作業で、本来の銀行員の、金融のプロフェッショナルとしての仕事があまりできていないという見方もできます。それならCL化によって、銀行員がより知的な、本来の力量を発揮した業務ができるのではないでしょうか。

―― ではCL化は銀行にとってポジティブな流れなのですか。

沖田 もちろんはっきりとそう言い切れるわけではなく、銀行にとって脅威になりうるという声も大きいです。例えば、店舗やATMでの顧客とのタッチポイントが減ることで、コストと同時に儲けも減ってしまう可能性があります。でもむしろそこからが、銀行が顧客に対して本質的にどういった価値を提供できるかという勝負になると思います。

―― 銀行、特にメガバンクがIT技術を活用する事例も増えています。三井住友銀行は今年3月、銀行口座やカード決済、オンライン証券などの機能をまとめた総合金融サービス「Olive」をリリースしました。このようなニュースをどう捉えればいいのでしょう。

沖田 銀行の競合になりうる企業が変化してきているということは、確実に言えます。

 大手米銀JPモルガン・チェースのジェームズ・ダイモンCEOは、2015年の株主向けレターで「シリコンバレー・イズ・カミング」と書いています。これはつまり、テック企業が金融業界に入ってくるということ。当時はまだ「イズ・カミング」という緊迫感の少ない表現でしたが、今は実際に、異業種から金融業界に参入してきた企業が銀行の敵となる時代です。

 彼らと銀行の最も大きな違いは、顧客に対する姿勢です。特にテック企業は顧客中心主義で、二言目にはUXの向上を叫びます。逆に銀行の場合、私がある銀行の役員に「銀行はサービス業だ」と言ったら、烈火のごとく怒られたことがあります(笑)。他の業界と一緒にするな、と。かつてはそういう考えが意識の根底にあった銀行の競合にテック企業が入ってきたことが、金融業界にもたらした影響は決して小さくないと思います。

 特に三井住友銀行は、もともと三井住友カードを持っていて、メガバンクのなかでもクレジットカードや決済といった分野に強い銀行でした。そんなノウハウが結実したのが「Olive」です。金融業界に勝負を挑むテック企業のような、言い換えればチャレンジャーバンク的な取り組みを、銀行自体がするようになったということです。

C2Cのやり取りがキャッシュレス化進行のカギ

―― 先ほど、CL化が特に進んでいる国としてスウェーデンが挙がりました。どのような経過をたどったのでしょう。

沖田 まずはお店での支払い、B2Cのお金のやり取りがCL化し、その後個人間、C2Cのやり取りがCL化する、という流れでした。われわれがCL決済と聞いて想像するのは主にお店などでの支払いですから、日本はまだこの流れの前半にいると言えます。面白いことに、B2Cのお金のやり取りがCL化した段階では、まだATMの数は減少せず、むしろ緩やかに増加していました。お店での支払いがCL化した後も、友人間などでの割り勘は現金で行う人が多かったからです。そこで、全国的にATM撤去が進むと同時に、日本でいうコンビニATMのように飲食店に併設されるATMの需要が増し、トータルで見るとATMの数が増えていたのです。

 その後、割り勘のような個人間でのお金のやり取りのCL化を推し進めたのが、個人間送金サービス「Swish」の普及です。スウェーデン全体のATM数や現金発行量が減ったのは、Swishが登場してからでした。

―― 日本もこれから同じような過程を踏むのでしょうか。

沖田 日本でも無料で個人間送金ができるサービス「ことら」が始まりましたから、こういったものが普及すればC2CのCL化がより進むかもしれません。

 日本のCL化は遅れているとも言われますが着実に進んでいますし、現在目標とされている「25年までにCL決済比率40%」という数値は恐らく前倒しで達成されると思います。また、スマホの普及と同じで、一度進んでしまえば少なくとも現金に戻ることはないでしょう。

 一方、少しいびつな現状として、22年のCL決済比率36・0%のうち30・4%を占めるクレジットカードを、若者があまり持たないという事実があります。若者は新しいテクノロジーへの順応が早く、これからのCL化進行の担い手になりうる層ですが、カードに対してはなんとなくハードルの高さを感じる傾向があるようです。

 当社ではこの課題にフォーカスしてビジネスをしています。カード利用額の一部が芸能人やスポーツ選手といった「推し」に還元される仕組みなどを通して、まずはカードを持つ動機をつくること。そして、入会時の審査をスマホのみで完結させるなど、カードを作るまでの流れを簡単に行えるようにすることの2つを通して、若い世代がカードを持つハードルを下げようとしています。

 カード、電子マネー、コード決済など方法はさまざまですが、今後も定量的に見てCL化が進んでいくことは間違いありません。企業や銀行もこの前提のもとビジネスに取り組んでいく時代です。