特定エリアやコミュニティのみで利用できる「デジタル地域通貨」が存在感を増している。単純な決済ツールだけの役割ならば大手サービスに淘汰されてしまうが、行政改革や地域振興にも役立つプラットフィームとして利用者・加盟店を伸ばす。これからデジタル地域通貨はどう変化していくのか。文・聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』2023年9月号 「さよなら現金!! キャッシュレス本格到来」特集より)
大手にも負けないローカル経済圏での戦略
都市部で暮らしていれば完全キャッシュレス(CL)に近しい生活を実践することは難しくない。しかし、地方に行くほどCL決済を導入している場所は減る。あるいは都市圏であっても、大手チェーン以外の地元商店街に根付いたお店等ではまだまだ現金メインのところも目立つ。
ただ、そうしたローカルな経済圏ほど人的なネットワークが強く、口コミで波及する力は大きい。こうした状況を生かして、日本各地でデジタル地域通貨が存在感を増している。一口にデジタル地域通貨と言っても目的や使用方法、運営主体に違いはあるが、簡単に言えば特定の地域でのみ利用することができる独自の通貨である。
使い方も簡単で、例えば千葉県木更津市のデジタル地域通貨「アクアコイン」は、事前に専用アプリにチャージしておけば、PayPayやLINE Payなどと同じように加盟店に設置されたQRコードを読み取り、支払い額を入力するだけで決済を完了できる。
デジタル地域通貨には行政改革の文脈でも活用されている事例がある。東京都世田谷区の「せたがやPay」は、区の支援のもと、世田谷区商店街振興組合連合会が導入するデジタル地域通貨だ。2021年2月にサービスを開始し、4千店舗以上が加盟。利用ユーザーは28万人を超え区民の3分の1弱に相当する。総決済額も130億円を突破した。
世田谷区では、従来から区役所の商業課が支援し、世田谷区商店街振興組合連合会が中心となって地元商店街を盛り上げるために、紙の商品券事業を行っていた。ところが紙で発行するとなると、印刷はもちろん枚数を数えて集計するなどの作業が付随する。商店街の事業者は、区民が使用した商品券を地元の金融機関に持ち込み換金していた。ここで枚数を数える作業および振り込み(換金)業務を金融機関に負担してもらっていたが、金融機関サイドも人数削減が進む中で商品券に関する作業にかける工数の負担が大きくなっていた。そこで区が思い切って商品券事業をデジタル化できないかと検討したのが、せたがやPay導入の経緯である。
せたがやPayのシステムを手掛けるフィノバレーの川田社長は、実際にデジタル化してみると手間の削減以外にもメリットがあったと語る。
「従来の紙の商品券では7割くらいが大手スーパーで利用され、地元の事業者への還元が限定的でした。デジタル化して以降は、ほとんどが地域に根差した店舗で利用され、かつ加盟店の90%以上で月に1件以上の利用があります。すそ野の偏りがなくなりました。地域経済の支援という本来の目的により近づいた感覚があります」
せたがやPayは支払額に応じてポイントの還元が受けられるが、その還元率を変更するなどしてより地元のお店での利用を促す企画を行っている。
例えば、23年4月から始まった「せたがやのお店を応援」企画では、ポイントの還元率を、中小・個店が7%or5%(7%の還元は商店街〈会〉に加盟している中小個店、5%の還元は商店街〈会〉非加盟の中小個店)、コンビニ等が3%、大型店が0%となっている。店舗ごとの還元率設定をきめ細かく柔軟に行えるのはデジタルならではの強みだ。他にも、せたがやPayのアプリ上で地元のお店を紹介する特集コンテンツなどを展開し、プッシュ通知で利用者にお知らせするなど、メディアとしての活用にも力を入れている。
CL決済促進によるメリットというと、レジ周りの作業負担軽減や店舗運営スタッフの人員削減が想像されやすいが、デジタル地域通貨は地域のプラットフォームや行政改革、地域振興の起点の役割も果たしている。
“お金”をテコに行政運営を助ける
―― デジタル地域通貨が浸透すれば資金が地元で循環することもメリットですね。
川田 それはあります。また、手数料の部分でもデジタル地域通貨の存在意義は大きいはずです。
PayPayはじめ、CL決済を提供する企業の多くは東京にあります。あるいは、クレジットカードのブランドは海外企業です。となれば、例えば地方同士の取引でCL決済を行った場合、使えば使うほど手数料が東京や海外へ流出します。現金では必要なかったコストだと考えれば、この負担は大きいです。デジタル地域通貨を活用すれば、こうした手数料の流出も防ぐことができます。
―― 地域通貨はこれからどのような方向に進展していくのでしょうか。
川田 フィノバレーは自治体と協力しながらデジタル地域通貨を運営しているケースが多いので、自治体の役割から考えてみます。通貨と言うと経済性が際立ちますが、自治体は儲けることが目的の組織ではなく、福祉など必ずしも市場経済が成り立たない部分や富の再分配に関わる社会インフラを担っています。そういった面でいうと、CLを入り口にしながらもっと効率的な行政の運営ができると考えています。
―― 具体的にどのような可能性が。
川田 少し極端な例かもしれませんが、クラウドソーシング的な形で住民の皆さんの手を借りるというのはあり得るかもしれません。地方ほど職員の募集も大変で、今後も人口が減少し続けることを考えれば、少し住民が手を貸すだけで一気に行政の運営が楽になることは多くあります。いわゆる相互扶助ということになるのかもしれませんが、そういったことを促していくツールとしてデジタル地域通貨のアプリを活用できるかもしれません。
例えばボランティアポイントは分かりやすい例です。何か行政の手助けを募集し、代わりにデジタル地域通貨のポイントを付与するようなイメージです。そうしたポイントは結局地元のエリア内で消費されます。
―― ある意味、お金の流れをテコに行政のサポートを促すわけですね。
川田 これは話を大きくすれば住民の生きがいにもつながっていくことだと思います。ボランティアポイントを付与するような仕組みが一般化すれば、デジタル地域通貨のアプリが社会との接点になるからです。あるいは寄付のプラットフォームにして、ポイントを還元するような形もできるかもしれません。何か地元のために時間やお金を使いたいと考える人がいても現状はそういった気持ちに応えるツールが足りないと思いますので、そこを担うことができたら価値あるお金の循環が生まれるのではないかなと期待しています。