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マリオ映画が大ヒット加速する任天堂「IPビジネス」

日本国内でも公開1カ月で興行収入が100億円を突破するなど、世界中で爆発的な大ヒットとなった『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』。マリオは任天堂のゲームのキャラクターだが、このヒットをきっかけに任天堂の知的財産(IP)ビジネスはさらに加速しそうだ。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2023年9月号より)

史上最速で100億円を突破したマリオの爆発力

 任天堂の人気キャラクター、マリオが主人公のアニメ映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が空前の大ヒットを記録し、話題となった。ゲームの「世界観」を忠実に反映した作品づくりが、世代を超えた幅広い支持を集めることにつながった。任天堂はゲームのキャラクターなどをゲーム以外に活用するIPビジネスに力を入れており、ライバル企業も同様だ。当たりはずれがあり不安定なゲーム事業の収益を補う柱になるのか注目される。

 この映画は、『ミニオンズ』などを手掛ける米アニメ大手イルミネーションとの共同制作の形をとっている。4月の公開から31日目となる5月28日に、国内の興行収入が100億円を突破した。観客動員数は約705万人となった。洋画アニメの国内興行収入が100億円に達したスピードは史上最速だという。

 また、6月1日には、世界での興行収入が12億8800万ドルに達した。1ドル=145円で計算すると、約1867億6千万円という金額になる。2013年に公開された『アナと雪の女王』を抜き、アニメの世界興行収入の歴代2位に浮上した。ちなみに世界首位は、19年の『アナと雪の女王2』となっている。

 映画で活躍するのは、1985年に生まれた任天堂のキャラクター、マリオだ。ゲーム『スーパーマリオブラザース』にはじまり、ファミリーコンピューター、ニンテンドースイッチなど、新旧のゲームで「活躍」してきた。マリオを生み出したのは、現在、任天堂代表取締役フェローを務める宮本茂氏だ。

 今回の映画の制作には、宮本氏もプロデューサーの1人として携わった。映画は6年がかりで完成させたという。

 映画を作るにあたって重視したのは、ゲームの世界観を大事にすることだったという。登場するのは、いずれもゲームで活躍する人気のキャラクターだ。

 また、横スクロールの描写によってゲームのオールドファンの心をくすぐると同時に、新しいゲームに出てきたアイテムを登場させて、新しいファンの心にも訴えかけた。セリフによる状況説明をできるだけなくし、画面を見ただけで状況を把握できるような作りにもしたという。親、子供、孫まで、「親子3世代」で楽しめる内容となっている。

過去の実写映画の失敗で得た教訓

 実は、マリオの映画化は、これが初めてではない。93年には米ハリウッドで実写版『スーパーマリオ  魔界帝国の女神』が制作されている。

 この映画の制作について、任天堂はライセンスを付与する形をとっており、任天堂みずからは制作にタッチしていない。このため、もとのゲームから設定が大きくつくりかえられてしまい、ゲームのファンの心をうまくつかむことができなかった。こうしたことが原因でこの映画は興行的にうまくいかなかった。

 この「失敗」を繰り返さないためにも、今回の制作には宮本氏自身が参加し、マリオの世界観を忠実に再現した。それが、古いファンから新しいファンまでの多くの心をつかみ、今回の成功につながった要因といえるだろう。

 任天堂が今回の映画制作に力を入れた背景には、IPビジネス強化の戦略を推し進めていることがある。

 同社がこの戦略を打ち出したのは2015年頃だ。ゲームのキャラクターをゲーム以外にも積極的に活用していくとした。宮本氏は、報道各社のインタビューで、任天堂を「タレント事務所」と表現している。キャラクターを、映画、テレビドラマなどに登場して活躍する人気タレントになぞらえた表現で、「言い得て妙」といえるだろう。

 IPビジネス強化の戦略を打ち出した当時、任天堂は12年に発売した「Wii U(ウィー・ユー)」が伸び悩む苦しい時期だった。IPビジネスを強くすることによって収益の多くをゲーム機に頼る状況から脱するとともに、映画などゲーム以外でのキャラクターの活躍によってファンを増やし、ゲームにも興味を持ってもらおうという狙いもあった。

 実際に、任天堂のIPビジネスを推し進めるペースはスピーディーでなおかつ多様だ。19年には東京にグッズ直営店をオープンさせた。21年には、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)に、マリオの世界観を表現した「スーパー・ニンテンドー・ワールド」を開いている。今回の映画も、この戦略の大きな流れに沿ったものだということができる。

 並行して関連する収入も伸びている。任天堂のモバイル事業を含むIP関連収入は、15年度は57億円にとどまっていたが、21年度には9倍以上の533億円まで急増したという。

 さらに宮本氏は、メディアからのインタビューで、今後も映画制作などを進めていくことを示唆している。任天堂にはマリオ以外にも、「ドンキーコング」「カービィ」「ピクミン」「リンク」など、人気キャラクターが多い。こうした「人気タレント」たちを使って、さまざまなコンテンツを展開していく。

 任天堂のIP戦略をみる上でのポイントは、知財ビジネスの収益が、企業収益全体を押し上げていくかだ。

 任天堂の23年3月期連結決算は、売上高が前期比5・5%減の1兆6016億円、最終利益が9・4%減の4327億円だった。当然、マリオ映画の興行収入は、ここには反映されていない。

 減収減益になった理由としては、発売から7年目の家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」の世界販売台数が1797万台と、前期から2割以上落ち込んだことが大きい。

 さらには、半導体不足で生産に悪影響が出たことに加え、年末商戦も調子が良くなかった。21年に発売した、有機ELを画面に採用した新型は増えているものの、通常モデルは大きく減ったという。

 24年3月期のスイッチの販売計画は1500万台と、23年3月期の実績値を下回るとしている。後継機をつくるかどうかについては、研究開発をしているものの、現時点で発表できることはないとの立場をとっている。

 さらに、24年3月期の連結決算については、売上高を9・5%減の1兆4500億円、最終利益を21・4%減の3400億円と、減収減益を予想する。スイッチの販売減や、想定為替レートを前期より円高に設定したことなどが要因だ。

 大ヒットした映画の興行収入や関連グッズの売り上げなどは、24年3月期に計上される。しかし、業績全体を上向かせるほどではないと考えられている。依然として業績全体を左右するのはゲーム機であり、映画をはじめとするIPビジネスを今後どこまで収益の柱に育てることができるのか、任天堂の「手腕」が注目される。

IPビジネスは宝の山。エンタメ各社の競争に

 さて、IPビジネスに注力するようになってきているのは、任天堂だけではなく、ライバル企業も同じだ。

 ソニーグループは、人気のレーシングゲーム「グランツーリスモ」の実写版映画がハリウッドで制作され、日本では今秋から公開される。

 また、今年1月には、ビデオゲームをドラマ化した『ザ・ラスト・オブ・アス』が配信され、欧州などでも人気を博した。ソニーグループはこれからも、家庭用ゲーム機「プレイステーション」のゲームを次々に実写化していく計画だ。

 当たりはずれの激しいゲームと異なり、いったん人気を獲得したキャラクターを使った映画やドラマなどの映像コンテンツを打ち出せば、一定以上の観客を確実に呼ぶことができるだろう。ゲームではないが、マンガなどですでに人気を獲得しているキャラクターを使い、多くの映画やドラマを制作して成功を収めている好例は、米マーベル社を買収した米ウォルト・ディズニーだ。

 さらには、最近、CG技術が非常に発達しており、よりリアリティーのある映像世界を生み出すことが可能になっている。このことも大人の鑑賞に耐えうる作品が生まれる要因となっている。

 一方で、ゲームの世界から離れすぎると、ゲームのファンからはそっぽを向かれてしまう可能性がある。とはいえ、ゲームの世界に忠実すぎると、ゲームのファン以外も含めた幅広い観客を呼ぶことは難しい。

 一定の人気は見込めると油断し、制作のさじ加減を間違えば映画やドラマも失敗する。各社がどのようにIPビジネスを進めていくのか、興味は尽きない。