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トヨタのEV戦略のカギを握る「全固体電池」の実用化

トヨタ自動車は、電気自動車(EV)向けに、次世代の「全固体電池」を2027~28年に実用化する。1回の充電で走行できる「航続距離」や電池の寿命を伸ばすなど、投入するEVの飛躍的な性能向上につながる見通しだ。世界の次世代車市場の勢力図を一変させる可能性がある。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2023年9月号 より)

充電時間10分以下で1200キロ走行が可能

 トヨタが静岡県の研究拠点で開いた技術説明会で、耐久性に関する課題を克服したことを明らかにし、具体的な実用化の時期として2027~28年を挙げた。10分以下の充電で約1200キロメートルを走行できるようになるという。同社初のEV専用車「bZ4X(ビーズィーフォーエックス)」に搭載しているリチウムイオン電池と比べて、航続距離は2~3倍、充電時間は約3分の1になると見込んでいる。

 全固体電池は、電池を構成する正極材、負極材、電解質のうち、通常は液体の電解質に固体材料を使う。液漏れなどの心配がなく、安全性や形状の自由度が高まるとされ、繰り返し充電しても劣化が少ない。

 その実用化には固体の電解質を電極に密着させ、離れないようにする必要があるが、充放電する度に電極は膨張と縮小を繰り返すため、電解質と電極が離れ、使えなくなるという課題があった。実用化には数千回以上充放電できる耐久性が必要だが、その達成は難しかった。

 説明会でトヨタのCTO(最高技術責任者)を務める中嶋裕樹副社長は「いい素材が見つかった」と話したが、具体的には明らかにしなかった。トヨタグループの豊田自動織機と共同で愛知県豊田市の貞宝工場の試作ラインで生産しているという。実用化後、搭載するEVは乗用車だけでなく、商用車も選択肢となる見通し。

 トヨタは全固体電池の研究開発で先行し、1千以上の関連特許を持っている。20年夏には世界で初めて全固体電池を搭載した車両でナンバーを取得し、試験走行。当初は、20年代前半にハイブリッド車への搭載を目指すとしていたが、戦略を修正し、EVへの搭載を優先させる方向に舵を切った。今後は同じ10分以下の充電時間で航続距離を約1500キロまで伸ばすとともに、低コストで安定的に量産できるように技術開発を急ぐ。

 全固体電池をめぐっては、日産自動車も28年度までに搭載EVを発売したい考えだ。21年12月に公表した長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」で、全固体電池の量産に向けて1400億円を投資する方針を打ち出した。24年度に横浜工場(横浜市)に試験的な生産ラインを立ち上げ、材料や設計、製造プロセスなどについて検証する。内田誠社長兼CEOはこの時、「目標は、エネルギー密度が現在のリチウムイオン電池の2倍、充電時間は3分の1に短縮することだ」と強調した。

 日産は、会社法違反などで逮捕・起訴され、レバノンに逃亡したカルロス・ゴーン氏が経営トップだった10年に、世界初の量産EV「リーフ」を発売した実績がある。内田社長は、「全固体電池の自社開発に自信があるのは、リーフ発売から11年間、市場に安全な電池を送り届けてきたからだ」と自信を示した。

 また、ホンダも全固体電池の試作量産を準備しており、20年代後半の実用化を目指す。

 EVの性能とコストは、電池に大きく左右される。bZ4Xの充電時間は約30分で、航続距離は約600キロだ。日産の「アリア」は約45分の充電で380キロメートル走る。EVはまだ、充電にかかる時間の長さや航続距離でガソリン車やHVと比べて魅力ある商品と言えないのが現状だが、全固体電池がこうした

〝最大の弱点〟を変える可能性がある。同時にEVならではの商品の魅力を打ち出すことができれば、日本などEVの普及が進んでいない国・地域の市場環境が大きく変わることも考えられる。

 調査会社、富士経済が22年11月に出したレポートでは、全固体電池の市場は40年には、3兆8605億円になると予測。「リチウムイオン電池からの置き換えが本命視されるのは硫化物系と酸化物系であり、特に硫化物系がけん引する」とみている。

EV市場をリードするテスラとBYD

 EV市場では専業の米テスラや中国の比亜迪(BYD)などが先行している。7月初旬に発表されたテスラの1~6月の販売台数は約89万台で、4~6月は前年同期から8割増。BYDの1〜6月は前年同期比9割増の61万台超で、いずれも驚異的な伸びを記録している。

 テスラは米国など主力市場での値下げが販売増につながった。BYDは7月3日、独自動車大手のメルセデス・ベンツグループと共同出資する高級ブランド「騰勢汽車」から、SUV(スポーツタイプ多目的車)のEV「騰勢N7」を発売。価格は約30万元(約600万円)からで、事前予約は2万台を超えたという。

 トヨタは21年12月、16車種のEVコンセプトモデルの前で豊田章男社長(現会長)が会見を開き、「今までのEVには興味がなかったが、これからのEVには興味がある」と話し、EVに積極的に取り組む姿勢を示した。

 EVについて、30年までに30車種を投入し、同年の世界販売台数を350万台とする計画を発表。それまではEVとFCV(燃料電池車)と合わせて200万台という計画を掲げていたが、大幅に引き上げた。また、高級車ブランド「レクサス」は、30年までに欧州、北米、中国で、35年には世界で全車種をEVにすると説明した。

 そして22年5月、国内ではグループ会社のKINTOを通じ、サブスクリプション(定額課金)サービスでbZ4Xの受注を始めた。しかし翌6月、急旋回などを行うとタイヤのボルトが緩み、脱落する恐れがあるとして生産を中止し、国土交通省にリコール(回収・無償修理)を届け出る事態に。受注再開は10月で、不具合の判明から原因究明や改善策の公表まで3カ月以上の時間を要した。前田昌彦副社長(当時)はオンライン説明会で、安全安心に関わる機能だから万全の対応を取ったためだと強調。「EVだからではない」と説明していた。

トヨタ新社長のもとEV戦略で巻き返し

 その後、トヨタのEVに関する新しい話題は減少していたが4月、豊田氏の後任として佐藤恒治執行役員が社長兼CEOに就くと、EVに対するトヨタの姿勢は再び、積極的になったかに見える。

 佐藤氏の社長就任を発表した記者会見で豊田氏は「私はちょっと古い人間。未来のモビリティ(乗り物)がどうあるべきかという新しい章に入ってもらうためには、私は一歩引くことが必要だ」と世代交代の必要性を強調した。「変革をさらに進めるためには、私が新社長をサポートする体制が一番良いと考えた」とも話し、EVなどの次世代技術を新体制で進めてほしい思いをにじませていた。

 また、トヨタは、新たな生産技術「ギガキャスト」でEVの量産コストを下げる方針を示したが、ここからもEVへの本気度が読み取れる。これはテスラなどが採用した技術で、アルミ鋳造設備によって一体成型した巨大な車体部品を組み込むことで、部品点数を削減し、生産工程を簡素化するというものだ。EVを担当する組織「BEVファクトリー」プレジデントの加藤武郎氏は、ギガキャストについて、「26年の次世代EVに搭載しようと考えている」と述べた。

 現状のEVは電池のコストが重荷となっており、エンジン車と比べて価格競争力を発揮できない状況だ。トヨタはギガキャストの採用などにより、将来的には生産設備への投資を従来の半分に抑えることを目指している。

 このほか、トヨタは「チャットGPT」に代表される生成AI技術を車に搭載することも検討するとしている。例えば、最寄りのレストランなどを車内で問いかけた時に素早く回答してくれるAIが搭載されれば利便性は大きい。多機能化が進む中で複雑化する操作のマニュアルなどを生成AIに取り込み、運転者の車両操作を支援にも活用する。

 全固体電池やギガキャストで、トヨタが出遅れているとされてきたEV戦略で大きく巻き返せるかが注目される。