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ビールに有利な10月の酒税改正はチャンスかピンチか、勝つのはどこ?

10月に酒税が改まる。2020年以来3年ぶりの改正でビールの税額が1缶当たり6円65銭安くなる一方で、第3のビールは9円以上の大幅増税となる。ビール各社はビールへの回帰と口を揃えるが、このチャンスを捉えることができるのは一体どこなのか。文=ジャーナリスト/永井 隆(雑誌『経済界』2023年10月号より)

10月以降「消える」第3のビール

酒税の推移
酒税の推移

 「(今年10月の)酒税改正から、ビール回帰への流れは加速する」。アサヒビールの梶浦瑞穂マーケティング本部長は話す。

 アサヒは7月11日、ビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)のなかでのビール強化策として、コンビニエンスストア限定で販売するプレミアム(高級)ビール「アサヒ食彩」を発売した。

 「スーパードライ」に2021年採用した缶の蓋を全開すると泡が湧き上がる「生ジョッキ缶」の第2弾。通常の350ミリリットル缶に対し食彩の容量は340ミリリットル。それでいて店頭価格はサントリー「ザ・プレミアム・モルツ」、サッポロビールの「ヱビス」といった高級ビールよりも、「税抜きで10円ほど高い258円を想定」(アサヒ)というから、実質的には超プレミアムビールである。

 “スーパードライ一本足打法”だったアサヒだが、「(消費者)ニーズの多様化は顕著。量から質への転換を進める。イノベーティブな商品を出していく」と梶浦氏。

 酒税改正の中身は、ビール、発泡酒、第3のビールと3層ある税額が、20年10月、23年10月、26年10月と3段階で統一されていくというもの。酒税の高いビールを減税し、発泡酒と第3のビールを増税していく。

 20年10月、ビールは7円減税され70円に、第3のビールは9円80銭増税されて37円80銭になった。

 続いて23年10月にビールが6円65銭減税され63円35銭に、第3のビールが9円19銭増税され、発泡酒と同額の46円99銭となる。この段階で第3のビールという区分はなくなり、ビールと発泡酒だけになる。

 最終的には26年10月に、54円25銭で統一される。

 もっとも、ビール4社とも今年10月の改正後、ビールの減税分が価格に反映されるのは家庭用の缶だけ。350ミリリットル缶で、コンビニでの店頭想定価格231円前後から6円程度下がる見通しだ。

 同じビールでも業務用の瓶と樽は値上げされる。原材料高を受けた値上げであり、ビール類の値上げは22年10月以来1年ぶり。増税される第3のビールと増減税なしの発泡酒も、4社は出荷価格を引き上げる。

安さでボリュームゾーンを席巻するサントリー生ビール

 コロナ禍が明けつつあった23年年初。ビール4社の社長は一様に、「(減税される)ビールを中心に戦う」と訴えた。

 サントリーは4月に投入した「サントリー生ビール」が売れている。350ミリリットル缶でスーパードライやキリン「一番搾り」、サッポロ「黒ラベル」といったスタンダード価格のビールより、10円ほど店頭価格は安い。最終的な値段は小売店が決めるが、さいたま市内のスーパーでは、スーパードライや一番搾りが税込み198円に対し、サントリー生ビールは184円で8月上旬に売られていた。10月の酒税改正では、サントリー生ビールは「減税分は価格に反映される」(サントリー)という。

 原材料高に加え物流高のなかでも、あえて“安さ”を打ち出したのは、2回目の改正を千載一遇の機会と捉えたためだろう。サントリーは、高級ビールのザ・プレミアム・モルツと第3のビール「金麦」という高価格と低価格ジャンルでナンバーワン商品をもつ。その一方で、市場の中心であるスタンダード価格帯のビールが手薄であり、26年の酒税改正までに強力な商品を作らなければならない事情がある。

 なお、発売初年度にヒットし市場に定着した最後のスタンダード価格帯ビールは、1990年3月発売の一番搾り。30年以上、同ビールの大型商品は生まれていない。

 これから10月に向け、新製品投入などビール強化策を、各社は打っていく。9月には、第3のビールと発泡酒の値上げ前の駆け込み需要が発生するなど乱高下も予想の範囲だ。

 26年10月以降、酒税は一本化されるものの生活者の節約志向からエコノミーな商品は残るはず。「(流通の)PBは増えるのでは。安い商品へのニーズはあるから。もっとも、味や健康志向からお客さまに支持されている発泡酒や第3のビールをアサヒはやり続ける」(松山一雄・アサヒビール社長)という予想もある。

税金に翻弄され続けた日本のアルコール業界

 ビール各社の経営戦略に影響を与えるビール税だが、世界の中でも日本はトップクラスに高い、と指摘される。わが国にビールづくりが始まったのは1869年(明治2年)。これが、90年(明治23年)にはビール会社は約100社に膨らむ。こんな成長産業に冷や水が浴びせられたのは1901年(明治34年)。高額なビール税が導入されたのだ。酒税はそれまで日本酒にだけ課せられていた。ビールは、発酵をはじめ冷蔵、酵母の純粋培養、低温殺菌など当時の先端技術が集積されていて、近代国家の象徴だった。このため、明治政府はビール産業を育成する方針を立てていた。ところが事態は変わる。1900年に北清事変(義和団の乱)が発生すると、明治政府はビール税創設に動き、業界の反対を押し切って01年にビール税はスタートする。

 日清戦争の10倍の約20億円もの戦費を使う日露戦争(1904~05年)でも、ビール税は利用される。日露戦争の戦費の大部分は国債で賄われ、その利払い確保という点から酒税をはじめ所得税や地租、輸入税などが軒並み増税されたのである。

 一方で、ビール税に反対したビール業界は三井系の日本麦酒を中心に札幌麦酒、大阪麦酒が合併し大日本麦酒が誕生。その後も合併を繰り返し、超巨大企業になっていく。ビール税は戦争との関係が深く、第2次大戦が終わるまで繰り返し増税された。日本のビールの税金が高いのはこのためだが、終戦となり戦費調達の必要がなくなったのに、なぜか高額なビール税は残ってしまう。

 戦後も増税は繰り返され、発泡酒増税反対を訴えビール業界は政府と激しく対立する(2000年、01年、02年)シーンはあった。それ以降は大きな対立はなく、06年度酒税改正案では、10種類以上あった酒類の分野を4分類に再編した。4分類の1つが、ビール類や缶チューハイなどの「発泡性酒類」。分類内での税率格差を将来的に是正していく方針が示された。

 それから11年が経過し、ビール類の税額が26年10月までに段階的に統一されていくスケジュールと内容が決まったのは16年末だった。

 今年10月には、ビール類だけではなく日本酒やワインなど醸造酒類の税額も変わる。ワインは350ミリリットルで3円50銭上がり35円に、日本酒は3円50銭減税されて同じく35円になる。

 こうしたなか、キリンホールディングス傘下のメルシャンは持続可能な開発目標(SDGs)をテーマにしたワイナリーツアーを、長野県上田市の椀子ワイナリーで始める。今年は2回開催し、来年以降も年間5回程度実施していく。ワイナリー内の荒廃地だった土地をワイン用ブドウ畑に転換する取り組みなどをツアーで紹介する。

 長林道生・メルシャン社長は「ワインは利益を得にくいビジネス。スーパーの酒売り場でも安い輸入ワインが大半を占め、ワイン本来の魅力が伝わっていない。10月に増税があるが、SDGsは付加価値であり、今後ワインの単価を上げて、安売りの現状を打破したい。投資家や消費者には商品値上げへの理解をいただきたい」と語る。

 ワイン市場は“踊り場”の状態にあり、増税後もメーカー間の安売り競争が続く限りは、光明は見えてこない。そもそもワインは農業だ。生物多様性をはじめ持続可能なワイン造りの取り組みを世界にも発信し、「日本ワインの価値を上げていきたい」(長林社長)考えだ。

 10月の酒税改正は、各分野の酒類メーカーにとっての転換点となりそうだ。