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万博パビリオン問題で分かった関西財界リーダーシップの欠如

開幕まで残り1年半となった2025年大阪・関西万博。しかし聞こえてくるのは、「本当に間に合うのか」という声ばかりだ。パビリオンの建設が遅れているだけでなく、来年時間外労働の上限が規制される2024年問題が控えている。なぜこのような事態を招いてしまったのか。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2023年10月号より)

海外パビリオンの申請は今のところ韓国のみ

 働き方改革関連法の改正で来年4月から時間外労働への上限規制の対象職種が拡大する「2024年問題」の広がりが懸念されている。新たに注目度が高まっているのは建設業界への影響で、とくに2025年に大阪市で開かれる2025年大阪・関西万博の準備遅れを加速させるのではないかとの見方が広がっている。万博の準備工事については、「上限規制の対象外にすべきだ」との声も上がっており、今後の事態の推移から目が離せない。

 2024年問題は、これまで物流業界に関して注目されることが多かったが、最近では建設業界への悪影響も話題となっている。

 その規制とはどのようなものなのだろうか。

 具体的には、従業員の時間外労働を上限月45時間、年360時間に規制する労働基準法が24年4月から建設業者に適用される。当然、工事現場で労働者は長時間、働けなくなる。この結果、人手不足が深刻になるのではと懸念されているのが2024年問題だ。

 もともと建設業界は人手不足が深刻だった。「きつい・汚い・危険」の、いわゆる「3K」のイメージがあって若い人のなり手が少ない上に、建設労働者の高齢化が進んでいるからだ。このため、建設業への就業者数は、ピークだった1997年の685万人から、2022年は479万人へと、約3割も減った。

 この構造的な人手不足を踏まえ、政府は19年から始めた働き方改革の残業規制において、建設業界に運送業などと同じく5年の猶予を与えた。対応に時間がかかるだろうとみたからだ。

 しかし、来年4月からの残業規制強化まで1年を切っても、「建設業界が規制強化に余裕で対応できる」という声は聞こえてこない。むしろ、「とても対応できないのではないか」「人手不足が極端にひどくなり、多くの建設工事が頓挫するのではないか」といった懸念の声のほうが強く聞こえてくる。

 その点で「タイムリー」な話題となっているのが、「大阪・関西万博の建設工事が25年4月の開幕までに間に合わないのではないか」という問題だ。会場は大阪湾に浮かぶ人工島・夢洲(大阪市此花区)。ただでさえパビリオン建設などの進行が遅れている上に、24年4月からの残業規制による人手不足が事態悪化に拍車をかけ、「開幕に間に合わないことがますます現実味を帯びるのではないか」というわけだ。

 ここで、もともとのパビリオン建設の遅れについてみておきたい。目下、問題となっているのが、海外の国・地域が手掛ける「海外パビリオン」に関し、8月初め時点で、まだ一つも建設の緒に就くメドが立っていないことだ。

 海外パビリオンには3つのタイプがある。

 このうち「タイプA」は、対象となる国や地域が費用をみずから負担し、独自に建設するというものだ。米国、中国など56カ国・地域が手掛けることが想定されている。

 いま大きな問題になっているのが、この「タイプA」だ。

 建設するには、大阪市から「仮設建築物許可」を取得する必要があるが、海外の国・地域と日本のゼネコン各社との工事契約締結が進んでおらず、8月1日時点で、韓国が事前の申請に向けての事前手続きを行ったのみだ。当然のことながら、確実な着工のメドが立った国・地域はゼロとなっている。

 この背景には、建築資材の高騰や人手不足で契約条件の折り合いがつかないことがある。中には、日本のゼネコンを複数社回ったものの、たらい回しが続いている国もあるとの情報がある。

建設費予算1850億円が大きく膨らむのは確実

 海外パビリオンの次の形式は「タイプB」。これは、日本側が建物を建てて海外の国・地域に貸し出し、単独で使用してもらうことを想定している。3つ目の「タイプC」は、同じく日本側が建物をつくり、複数の国・地域で使用してもらう形となっている。

 なお、万博に参加を表明している国・地域の数は合計で153。ただ、「タイプA」の着工のメドが立たなければ、「万博から撤退する国が出てきてもやむをえない」(関西経済連合会の松本正義会長)という悲観的な声が出ている。

 「タイプA」が建設に向け進まないことを受け、万博を運営する日本国際博覧会協会(万博協会)はさまざまな解決策を模索している模様だ。在阪メディアを中心に、いろいろな解決策に関する情報がリークされ、連日のように報道されている。

 その一つが、協会が参加国に示したとされる「『タイプA』と『タイプB』の折衷案」だ。日本側が、費用を抑えられる簡素な形式の建物を建て、その費用を参加国が負担するという案になっている。「総額1850億円の建設費の膨張はできる限り避けたい」という日本側の「苦肉の策」ともいえる。

 一部メディアからは、日本側が、プレハブ型の建て売り方式を検討しているとの報道もあったが、これも「折衷案」の一つであるといえるだろう。

 さらには、「タイプA」の準備が難しい国・地域に対し、「タイプB」への切り替えを日本側が促す方針であるとの報道も出た。「タイプB」に関しては、「建設費用を日本が持つのか参加国側が持つのか」という問題が出てくる。なかなか話が進まなければ、結局のところ、日本側が負担しなければならなくなる可能性がある。

 そうなれば、前述の「総額1850億円の建設費」は膨らまざるをえないだろう。建設費は、国、大阪府・市、経済界の3者で等分に負担するルールとなっている。企業の拠出金で賄える経済界はまだしも、税金で賄う国や大阪府・市が果たして建設費増額に簡単に賛同するのか、きわめて難しい問題といえるだろう。

 海外パビリオンの建設遅れの解決に向けては、国もようやく重い腰を上げ始めた。

 西村康稔経済産業相が8月2日に発表したのは、海外パビリオンの建設促進に向けた「万博貿易保険」の創設だ。

 国内の建設会社が受注した工事に関し、代金を回収できなくなった場合にカバーするというもので、日本貿易保険(NEXI)が同日提供を始めた。個別の案件ごとではなく、海外パビリオン案件すべてを対象にしている。通常の保険と違ってリスクを抑えられる分、保険料も安くできることが特徴だという。専用の窓口を設けることで、中小企業や中堅企業も利用しやすいものとした。

 また、経産省の中の体制を強化し、前事務次官の多田明弘氏を万博担当に据えた。多田氏は、万博協会の石毛博行事務総長を補佐する。石毛氏は元経産官僚だが、政府内からは「国と大阪府・市、経済界の間を取り持つ調整役をまったく果たせていない」と不満の声が出ていた。

「2024年問題」を一時棚上げする可能性

 なお、日本の政府・自治体や企業が出すパビリオンの建設に関しては、ゼネコンは「スケジュール通り進み、開幕までに間に合うのではないか」とみている。

 競争入札で落札者があらわれなかった、日本政府が出展する「日本館」の建設は随意契約に切り替えられ、7月、清水建設が約76億8千万円で契約した。もっとも、初めの競争入札の予定額からは、約9億円、上振れする形となった。

 同じく、なかなか落札者があらわれなかった、著名な文化人らがプロデューサーをつとめる「テーマ館」も、次々と落札されていっている。

 見てきたように、海外パビリオンを中心に、万博の建設工事は問題山積だ。そして、仮に今後、浮上している課題がクリアされ、海外パビリオンの建設契約が次々と結ばれて着工にいたったとしても、立ちはだかる問題がある。2024年問題だ。

 今から建設契約が結ばれたとしても、すでに遅れ気味であるため、かなりの突貫工事を進めなければ開幕までに間に合わない。

 しかし、建設作業員の残業時間の上限規制がきつくなるので、人手が足りなくなることが予想される。加えて大阪市では、新型コロナウイルス禍後のインバウンド(外国人訪日客)回復を見越して、ホテルなどの建設ラッシュが続く。「この現場に人手をとられることも、万博の建設工事の人手不足を加速させる要因になるのではないか」という指摘もある。

 このほかにも、大阪湾にある夢洲にはトンネルと橋でしか渡れず、一気に作業員や建築資材を運ぶのは難しく、工事を急加速させることは不可能だという声も上がっている。

 この人手不足の問題を解消するため急遽浮上した「奇策」が、「万博の工事に対する残業規制を特例でなくす、もしくは緩和する」という案だ。上限規制を適用しないようにできないか、すでに万博協会が国に打診したことが判明している。ちなみに上限規制は、災害対応やライフライン復旧といったケースで適用除外とする特例規定が設けられている。

 この打診に関し、西村経産相は記者会見で「総合的に検討している」と述べるにとどめた。

 だが、この特例がイベントに適用されたことはこれまでないとされる。そもそも「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとした万博が、働き方改革の流れに逆行し、建設労働者を酷使する姿勢はいかがなものかという批判はすでに上がっている。国としても、そう簡単に特例を認めるわけにはいかないだろう。

 また、2024年問題は、万博に関係なく、日本全国の建設業界にとって重しとなっている。体力のある大手ならまだしも、賃金を上げて人手を集める余裕のない中小・零細企業は、仕事が回らなくなる懸念と、倒産リスクがささやかれている。「開幕に間に合わないから」といった理由で万博の工事だけに特例を認めれば、全国の建設業者から政府に対して猛反発が起きる可能性もある。かといって、人手不足を補うため、IT技術で万博工事を進められるかというと、今からでは難しいだろう。

 万博に関しては、2024年問題が障害となることなども、かなり前から分かっていた。ここまで事態が深刻になるまで問題をほうっておいた担当者らの責任は重いといわざるをえない。一番責任があるのが国なのか大阪府・市なのか万博協会なのかはさておき、今後、関係者が議論してどこまで有効な解決法を導き出し、万全な形での万博開幕につなげられるのか、注視していきたい。