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SNS情報をAIで収集・解析「災害現場の今」を知る 村上健治郎 スペクティ 米重克洋 JX通信社

村上健治郎 スペクティ

災害を目の前にして避難をするにも、被災後の被害を小さくするにも、不可欠なのが、正確な情報だ。しかし、状況によっては現場に近づくことも難しい。そこで、SNSの情報を収集・解析することで「現場の今」を提供するサービスの需要が増している。(雑誌『経済界』2023年10月号巻頭特集「防災テックで身を守れ!」より)

村上健治郎 スペクティ
村上健治郎 スペクティCEO

東日本大震災で体感したメディアと現場の情報格差

 防災の基本は一にも二にも逃げること。大雨が降りそうだとなれば、早めに安全な場所に避難する。そのために気象庁や市町村が発表するのが5段階からなる警戒レベルだ。

 「警戒レベル1」では心構えを高める、「警戒レベル2」では、ハザードマップなどで危険地域を知るとともに避難経路を確認する、「警戒レベル3」になると、いよいよ具体的な避難行動が始まり、高齢者など避難に時間がかかる人に対して避難を指示する。「警戒レベル4」となると、対象となる地域住民は危険な場所から全員避難する必要がある。それを超えた「警戒レベル5」は、すでに災害が発生した時に発令されるもので、「緊急安全確保」となる。ただしこの段階ではすでに周囲が浸水するなど、避難行動そのものが難しいことも多い。そのため政府では、「警戒レベル4までに必ず避難を」と呼び掛けている。

 このような避難指示・勧告は、予防的措置として行われるため、災害が起きる可能性の段階で出されることが多い。その結果、避難指示は出たものの、それほどの災害にはならず、「逃げ損」になることは珍しくない。行政としては、避難指示を出さず住民が被害にあうことは避けたいという考えが根底にある。もしそうなった場合、住民から非難されることは間違いないからだ。

 しかし、避難指示が出たにもかかわらず被害が出なかったケースが続くと、そのうち住民は「今度も大丈夫だろう」と勝手に判断するようになる。「オオカミが出たぞ」と嘘を何度もついた少年の言葉を、大人が信じなくなったのと同じことが災害においても起きてしまう。そのため本当にオオカミが出た時=災害が起きた時、被害はより大きくなってしまう。

 そこで被害予測をより正確なものにしようと取り組んでいるのが、防災テックベンチャーのスペクティだ。

 スペクティ創業者の村上建治郎CEOは、2011年の東日本大震災後、被災地でボランティア活動に従事した。そこで体感したのが、情報の不確実さだった。

 「メディアで取り上げられることの多かった石巻市には、ボランティアも多く集まっていた。それをまたメディアが報じる。そのため視聴者は、被災地全体で人手が足りていると思ってしまう。ところが実際には、石巻の隣の東松島市では全然ボランティアが足りなかった。もしそれが分かっていたら、石巻から東松島に人を送ることもできたはず。ところが自治体同士の連携もなく、融通することはできなかった」

 この経験をもとに、村上氏は同年、スペクティを創業した。そこで目をつけたのがSNSだった。同年1月に出た情報白書によると、その時点ではスマホ普及率は9・7%と1割にも満たなかった。しかし15年には5割を超え19年に8割となるなど、急速に普及していった。同時に、個人がSNSで情報発信することも日常となっていく。

 「誰もが情報発信できる時代になり、災害状況の把握もいち早くできるようになりました。これまでなら、行政や消防が被災地に電話をかけて状況を聞き、さらには人を派遣することでようやく確認できた。ところがSNSを通じて、今、どこで何が起きているか、即座に分かるようになった」(村上氏)

 たとえば豪雨により、崖崩れが起きた場合、そこを通りかかった人が写真を撮り、SNSにアップする。これを収集することで、現地に行かなくても状況を把握することができるようにしたのが、14年から提供する「スペクティ・プロ」というサービスだ。

 スペクティ・プロが収集するデータはSNSだけではない。気象庁の気象データや地震情報、自治体が発表する緊急速報を入手するとともに、全国の道路や河川に設置された1万台ほどのカメラの画像・動画情報を取得、それらをAIで解析し、「危機」にあると判断したら契約者に対して瞬時に通知する。

気象業務法の改正で予測事業が可能に

 このサービスを最初に採用したのはテレビ局で、サービス開始から1年後には、ほとんどすべてのテレビ局と契約を結んだという。続いて地方自治体が続き、今では100を超える自治体がスペクティ・プロを利用している。

 さらに最近では、企業の利用が増えており、契約企業は900社以上だという。企業はサプライチェーンの維持に日々苦心している。災害により道路が寸断されれば、部品や原料が届かなくなるため企業の生産計画は狂ってしまう。被害状況をいち早く把握すれば、素早く対応することができる。企業の導入の狙いはそこにある。

 スペクティ・プロではトヨタ自動車と提携、トヨタ車の走行データもリアルタイムで収集しており、それによりA地点からB地点への所要時間も把握できるという。

 今、スペクティが力を注いでいるのが災害予測だ。SNSや気象衛星のデータを元に、今後どれだけ雨が降るのか、そして浸水状況がどうなるかを立体的な地図で表示するシステムを開発した。過去のデータを元に実証実験を行った結果、高い精度で浸水状況が再現できたという。

 こうしたベンチャーの動きを後押しするために、今年5月、気象業務改正法が公布された。これまで気象予測は、気象庁やウェザーニューズのように、全国に観測機器を設置した会社のみに認められていた。しかも観測機器には細かい規定があり、検定に合格した機器を使用しなければならなかった。しかし法律が改正されたことで、検定済みではない観測機器の補完的な使用が可能になった。これを受けてスペクティは、予測業務へと進出する方針だ。そのためには「予測の精度をさらに高めていく必要がある」と村上氏は語る。精度が高まり、自治体がそれに基づいてより確度の高い避難指示を出すことができれば、前述の「オオカミと少年」のような悲劇が避けられるようになるはずだ。

 スペクティと同様に、SNSを収集して災害情報の把握に取り組んでいるのが、JX通信社だ。JX通信社は社名の通り、新しい時代の通信社を目指して設立された。経営理念は「データインテリジェンスの力でより豊かで安全な社会を創る」で、「ファストアラート」というリスク情報サービスを提供する。この中には災害情報も含まれている。

不安な心理を利用する悪質なフェイクニュース

米重克洋 JX通信社
米重克洋 JX通信社社長

 ファストアラートの開発の裏には、最近のメディアの地殻変動がある。インターネットの興隆と反比例して既存メディアは存在感を失っていく。経営も厳しくなり、あらゆる局面で経費削減が義務付けられるようになった。

 そのため、以前なら記者が足で稼ぐことが情報収集の基本だったものが、人員削減の影響で難しくなってきた。そこでテレビ局や新聞社では、SNSをチェックする担当者を置き、その情報に基づき取材するようになっていた。

 「しかしそれでもそこに人をはりつける必要があります。そこでSNSの情報をAIによって機械的に分析して提供すれば需要があると考えました」(米重克洋社長)

 ファストアラートのローンチは16年、これもスペクティ同様、テレビ局が続々と顧客になったことでビジネスとして回り始めた。

 スペクティが災害情報を中心に収集しているのに対し、ファストアラートは事故や事件など、より広い範囲のSNSを収集している。

 例えばワイドショーなどで「あおり運転」の映像が流れることがある。ほとんどが、「視聴者提供」によるものだが、その多くがファストアラートでSNSを見つけたテレビ局が、視聴者に連絡をして映像を提供してもらっている。そのサービスの中の一ジャンルに、災害情報があり、多くの自治体が契約している。

 ファストアラートは単にSNSから情報を集めているだけではない。JX通信社が提供するもう一つのサービスに「ニュースダイジェスト」というニュースサイトがある。これは災害や事故情報などを専門に提供するニュースアプリで、ダウンロード数は600万を超える。

 そしてこのニュースダイジェストには情報提供機能がある。ユーザーがこれを利用して、自分の身の回りの情報を提供すればポイントを獲得でき、そのポイントはペイペイポイントなどと交換できる。こうして集めたリアルタイムの情報とSNS情報を組み合わせることで、より確度の高い情報を提供できる。

 この確度の高さは、特に災害情報の提供の生命線だ。今では誰もが映像を加工できる。悪意を持ってフェイクニュースを作成することも可能だ。

 16年4月に熊本を震度7の地震が襲った。その直後、「地震のせいでうちの近くの動物園からライオン放たれたんだが」というツイートが画像付きで投稿され、地元の人たちを震え上がらせたが、これはまったくのフェイクニュースだった。投稿者はその後逮捕されたが、災害直後は人々が不安になっているだけにこのようなデマが広がりやすい。

 100年前の関東大震災直後、「朝鮮人や共産主義者が井戸に毒を入れた」というデマが流された。これを信じた人たちは自警団を結成、多くの朝鮮人を虐殺した。その数は正確には分からないが、数百~数千人にのぼるともいわれている。

 このように、不正確な情報は、時に大きな被害を生む。災害の被害を低減するつもりが、むしろ拡大することにつながりかねない。

 そのため、スペクティもJX通信社も、情報の正確性には最大限の配慮を行っている。スぺクティの場合、情報の収集・解析はAIが行うが、最後には必ず人がチェックし真贋を判断する。

 より早く、より正確な情報を提供することこそが、災害被害を最小限に抑える第一歩だ。