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市場の慎重姿勢を超える老舗ベンチャーキャピタルの決断 三好啓介 ジャフコグループ

VC ジャフコGP 三好啓介

設立から50年を迎えるジャフコグループのベンチャー投資はシード・アーリー向けに完全にシフトしており、客員起業家(EIR)制度への参画をはじめ、起業家輩出に力を注ぐ。金融不安のリスクが完全には拭えない情勢下において、今後市況がどう変わろうとも積極的な投資を止めない攻めの姿勢を貫くと、三好啓介氏は語る。文・本誌=金本景介、写真=西畑孝則(雑誌『経済界』2023年10月号 第2特集「疾走するベンチャーキャピタル」より)

三好啓介 ジャフコグループ社長兼パートナーのプロフィール

VC ジャフコGP 三好啓介
ジャフコグループ 三好啓介 社長兼パートナー
みよし・けいすけ──1969年9月生まれ。93年上智大学法学部卒業後JAFCO入社。スタートアップ投資から事業立ち上げ、M&A、IPO実現など30年間ベンチャー企業の成長戦略に携わる。2022年4月より現職。

中長期的にはVCファンドの大型化は続く

―― 今年3月に米シリコンバレー・バンク(SVB)破綻を皮切りに金融不安の傾向が見られました。インフレ退治のためのFRB(連邦準備制度理事会)による利上げも続き、スタートアップの資金調達環境には負の影響が見られます。

三好 このまま回復して伸び続けることも考えられますが、何かしらのキッカケでさらに厳しい市況になることもあるかもしれません。両方のシナリオを想定しています。ただ、日本の場合はアメリカと比べれば、その影響は薄い。米国のVC投資総額は2021年をピークとして盛り上がっていましたが、現在は大きな調整を迫られています。以前と比較すれば日本の投資総額は着実に増え続けていますが、アメリカほどの急激な成長スピードではなかったので、現在は良くも悪くも大きな影響を受けずに推移しています。

 日本の場合は、政府の方針も含めて、公的資金などスタートアップ向けのLP投資の流れは、強く後押しされています。ただ、投資先の選定には慎重になっている状況です。

―― 米地銀破綻の余波はそこまで大きくは無いと考えますか。

三好 金融不安が前よりも強くなっていることは確かです。しかし、SVB破綻の時は非常に早い対応がなされたこともあり、SVB破綻そのものによる大きな影響はありません。ただ、今までの急成長したVC投資の流れを見直している人は多く、いわば調整中の局面です。これまでの成長スピードが凄まじかった分、誰しもが漠とした不安を感じており、破綻が一つでも起こると、連鎖しやすい状況にあります。慎重姿勢は当分崩されないでしょう。

―― たとえば21年は一時的なバブル的状況であり、今後これ以上は伸びない、という見方もできますか。

三好 そんなことはありません。VCへの投資は上場株式や債券など他の出資先選択肢よりもはるかに大きなリターンが狙えるという認識が強まっているからです。現在の世界金融市場は慎重姿勢ではあるものの近年目立っていたソフトバンク・ビジョン・ファンドや、米タイガー・グローバル・マネジメントのようなVCファンドの大型化の傾向は、中長期的に今後も続いていくはずです。

―― 伝統的な慣習である10年のファンド期間を取りやめ、無期限に運用していくという米大手VCセコイア・キャピタルの2年前の表明は話題となりましたが、この取り組みは一般化する可能性はありますか。

三好 伝統的な10年というファンドの運用期限が、さらに伸びていく傾向があることは認めています。ただしそれは、あくまで都度の延長になります。VCファンドの狙いは上場までなるべく大きな事業を創り出すというところに焦点があるわけです。セコイアのような期限無しファンドの場合は、上場後も投資先の株を持ち続け、無期限的な運用をすることが狙いなので、上場後も成長し続けていく大きなスタートアップがもっと増えてくれば、そうしたスキームが広がっていくことも考えられます。ただし、ファンドの運用期限を無くすためには会計や税務などの制度も刷新する必要があり、さらに出資者が納得して投資できる全体の仕組みを整えることなど乗り越えるべき壁は多いです。これは各VCの課題である一方で、政府と共に解決していくべきことでもあります。

―― 大学発のディープテック系スタートアップの投資期間は10年を超えた長期化が前提となります。

三好 大学発スタートアップへの支援は重要なテーマですが、研究と開発の試行錯誤を繰り返し事業化していく超長期的な時間軸と、10年を期限とする民間VCファンドの時間軸が必ずしも一致するわけではない。しかし、新産業の創出のためにも、研究機関の最先端の知的財産を事業化する取り組みは、必要不可欠です。

不安定な市況でもスタートアップは生まれる

―― 起業家同様キャピタリストの数も増やしていく必要がありますか。

三好 キャピタリストは起業家の相談に乗り、お金の集め方や、メンバーの採用、マーケティングまわりをはじめ起業サポートの枠組みを提供しています。VCはいわばスタートアップが生まれ育つために欠かせない支援の箱です。もちろん誰彼問わず起業を勧めることは適切ではありませんから、熱意を持った人がおのずと起業してみたいと思えるような環境をつくっていくべきです。例えば、近年大企業に就職していたはずの優秀層の大学生が多くスタートアップに向かうのは、自分の周りの友人がスタートアップに関わる人が増えたからです。身近な友人が上手くいけば、冒険心も湧き上がるものです。成功者を増やしていくことが、スタートアップ創出の鍵を握っています。

―― 現在のジャフコは起業初期のスタートアップに向けた投資がメインとなっています。

三好 ここ10年程のベンチャー投資は、シード・アーリーステージ向けがほとんどを占めています。去年からは、さらにその前段階の起業家予備軍の方々に向けた支援を始めています。具体的には、当社は、22年7月から経産省が実施する客員起業家(EIR)制度に参画しています。この制度により、当社に在籍しながら、キャピタリストとの壁打ちによるアイデアのブラッシュアップや、バックオフィスのサポートなど、当社のネットワークを活用しつつ起業準備が行えます。

―― 起業のハードルを下げる取り組みは意義深いですが、スタートアップへの投資はリスクが高いことには変わりません。

三好 金融不安の高まりを受けて危機の再来が議論されようとも、15年前のリーマンショック時とは違って現在は世界的にカネが大量に余っている状態です。成長期待の高まっているスタートアップにリスクマネーが流れる傾向は変わりません。歴史を振り返っても、不景気の時ほど、次の時代をつくるスタートアップが出てきやすい傾向さえあるように思います。例えば、民泊仲介サイトで急成長を遂げた米エアビーアンドビーも世界金融危機の渦中である08年に創業されています。先の見えない状況の時こそ、委縮せず積極的に投資し続けるべきです。