経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

日本経済再興への布石。独立系VC創出の試み 赤浦 徹 インキュベイトファンド

VC インキュベイトファンド 赤浦徹 代表

シード・アーリーステージのスタートアップ投資に特化した独立系VCのインキュベイトファンド。創業者の赤浦徹氏は、スタートアップを交えた「大企業再編」が、日本経済復活の鍵となると語る。また、同社は新卒採用時から、ベンチャーキャピタリストとして独立を促す取り組みが奏功している。文・本誌=金本景介、写真=西畑孝則(雑誌『経済界』2023年10月号 第2特集「疾走するベンチャーキャピタル」より)

赤浦 徹 インキュベイトファンド代表パートナーのプロフィール

VC インキュベイトファンド 赤浦徹 代表
インキュベイトファンド 代表パートナー 赤浦 徹
あかうら・とおる──1968年8月生まれ。91年、東海大学工学部卒業後、ジャフコにて8年半投資部門に在籍し投資育成業務に従事。99年に独立しインキュベイトキャピタルパートナーズ開業を経て、2010年にインキュベイトファンドを設立。累計総額1,250億円強のVCファンドを設立し、一貫して起業・設立時からの出資による運用を行う。19年7月より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会会長、23年7月より特別顧問に就任。

海外機関投資家からの期待。国内VCの拡大は続く

―― 昨年の日本のVC投資額は2021年よりも増えています。これは2年前をピークに大きくダウンしているアメリカとは対照的です。

赤浦 アメリカではFRB(連邦準備制度理事会)の利上げを背景に、IPOを目前としたグロースステージのスタートアップを中心に資金調達額が大幅に落ち込んでいます。一方、国内のVCマーケットは堅調です。VCファンドの組成額も上昇しています。日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)は、国内外の機関投資家マネー流入の拡大という目標を設定し、業界全体で動いてきました。直近の成果としては、190兆円を運用する世界最大の年金運用機関である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が今年VCファンドへのアロケーション(予算の割り当て)を始めることが決まりました。この件は、15年からJVCAが働きかけていた念願です。最初の出資は大きくはないものとなるでしょうが、その前進は大きなものとなります。

―― 日本のVCファンドへのLP出資は、事業会社と金融機関がほとんどの割合を占めています。

赤浦 21年のアメリカのスタートアップの資金調達額は約36兆円、日本はそれに対して9千億円に過ぎません。VCファンドのLPの内訳を比べると、日本は、機関投資家からのLP出資は1%以下ですが、それに対してアメリカでは過半数が機関投資家からの調達です。つまり、この日米のスケールの差を埋めるためには、国内外の機関投資家から今後資金をどれだけ調達できるかという点が重要なのです。機関投資家からの出資が見込めるようになった今年からは新たなVCファンド組成も弾みがついている状況です。国内のスタートアップ調達額も1兆円を越え、過去最高を更新するはずです。

―― とはいえ、すべての国内VCファンドが順調なわけではありません。見方によっては国内VCにこだわるのではなく、海外VCから国内スタートアップに資金供給すれば良いのでないかという意見もあります。

赤浦 たしかに新しく立ちあがったばかりで実績がないVCはなかなか出資が集まらない傾向があり、一方で安定した成果を出しているトップ層のVCには資金が殺到する二極化の傾向となっているのは事実です。多くの新興VCが生まれている現状は素晴らしくはあるものの、海外一流VCを競争相手とした時に、レベル差を埋めるための努力は欠かせません。そういう意味では、日本はまだまだ海外投資家からの莫大な資金の受け皿となれるVCの絶対数は足りていないといえるかもしれません。

一方、国内トップ層のVCに目を転じれば、海外の機関投資家からの出資額は着実に増えています。なぜならファンドの運用成績が、非常に優秀だからです。例えば、2つのファンドを連続して3倍以上の運用成績にしたVCは、アメリカでも2%程度に過ぎませんが、実はこれ以上の結果を出している日本のVCは少なくありません。また、アジア地域への投資を一定の割合で決めていたLPが、今まで中国にしていた出資をインドか、日本に振り分けていることも追い風になっています。日本はGDP世界3位であるにもかかわらず、日本のVCマーケットの規模は、今まで相対的に小さ過ぎたのです。海外機関投資家から直接国内のVCの出資をしたいというオファーが増えている背景には、このような事情があります。

 海外機関投資家も、日本国内の投資を増やしていく上では、地場に密着して長期的に支援し続けなければ、投資先企業の価値を高めていくことができないということを、よく理解しています。そして、海外の一流VCが日本のスタートアップ投資で実績を出せるとしても、そこから日本にしっかりと拠点をおいて、長期的にハンズオン(投資先の経営に積極的に携わること)しながら支援できるかというと、やはり疑問は残ります。

大企業再編に向け。今こそ「選択と集中」を

VC インキュベイトファンド 赤浦徹 代表2
VC インキュベイトファンド 赤浦徹 代表

―― 日本のスタートアップのイグジット(投資資金の回収)はIPOに偏重していますが、大企業によるスタートアップの買収をはじめM&Aをさらに一般化すべきという声は根強いです。

赤浦 大企業がスタートアップを買収するにはまだハードルが高い。それは売り手のスタートアップは基本的に赤字だからです。買収した大企業は、会計上大幅なマイナスとならざるを得ず「のれん代」(買収先の無形固定資産の価値。買収金額と買収先の純資産との差額)をどう処理するかという問題があるため、話は簡単ではありません。

 私は、むしろ将来的にはスタートアップがPBR(株価純資産倍率。株価を一株あたりの純資産で割った数値であり、1倍は株価と解散価値が等しい状態)が1倍を下回る大企業を買収する、という形になれば良いのではないかと考えます。時価総額1兆円のスタートアップが日本でドンドン出てくるのも時間の問題です。

 この流れを促進するような税制改革も進みつつあります。具体的には大企業が事業部門、子会社を売り出した時にその株式を100%売る場合に限り、売却時の利益に税金が掛からないとする「スピンオフ税制」をさらに拡充した特例措置が去年なされました。現時点では、24年3月までの期限付きではあるものの、具体的には売り手企業が20%未満の株式持分を残すスピンオフ(パーシャルスピンオフ)でも売却時の利益が課税されないという内容です。大企業が事業を売却するインセンティブが増している状況があります。

―― 税制優遇によるスピンオフの促進は、硬直化した大企業が持つ技術や人材をスタートアップ市場につなげていきたいという政府の狙いがあります。

赤浦 スタートアップの育成は当然重要ですが、日本の経済の中心はやはり大企業ですから、ここを再編していくことが日本経済再興のための肝となるはずです。なぜ日本の大企業のPBRが1倍を割っているかといえば、コングロマリット・ディスカウント(各事業部や子会社のそれぞれの企業価値の合計よりも、その複合企業の企業価値が小さくなってしまうこと)が起きているからです。不明な点の無い完璧なポートフォリオを組みたい海外の機関投資家から見た時に多くの業種を手掛ける巨大なグループ企業は評価が難しく、どうしても市場価値が低くなってしまいます。大企業は専門特化していくべきです。すなわちノンコア事業を売却して、メインとなるコア事業に関連する事業だけを買収していくやり方です。大企業同士による再編の過程で、さらにこれから台頭してくるメガスタートアップが、大企業が売りに出したノンコア事業を購入していくのが望ましい。例えば、スタートアップが売上の10倍の時価総額がついているとした時、大企業は売上の1倍の時価総額だと仮定します。スタートアップがその大企業のノンコア事業を購入し、自社の一部とすることで、買収された大企業の事業部門の時価総額が10倍に上がるわけですからね。

 この「選択と集中」を繰り返すことで、日本企業の価値は大幅に上がるはずです。企業時価総額3倍も夢ではありません。そして、スタートアップの経営者は、在任期間が長く強い覚悟を持ったオーナー経営者ですから、中長期的な目線で思い切った経営判断もできます。スタートアップに伝統的な大企業のリソースを託すことで、日本のポテンシャルを発揮できるはずです。

独立系VCを増やす仲間づくりの取り組み

―― インキュベイトファンドは独立を奨励しており、新たなVCを増やす取り組みに積極的です。

赤浦 私が独立したのは99年ですが、当時の日本は投資先の選定も個人で完結できない会社型VCしか見当たらず、完全独立系のパートナーシップ制度を取るVCはほぼ皆無でした。日本は「失われた30年」となりましたが、これはイノベーションの種を播くことができなかったVCのせいでもあると、本気で考えています。ですから、なぜ競合を増やすのかといった声もありましたが、ここから新たにベンチャーキャピタリストを多数輩出していくために、新卒で入社した社員が8年以内に独立することを前提とした仕組みをつくっています。

 また、独立したメンバーに向けては、信用がないため最初の資金集めが難しい1号ファンドにも当社がアンカーLPとして5億円を出資するサポートもしています。

―― 一方で、近年はCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)の設立も目立ちます。

赤浦 CVCの意義は確かにあります。しかし、それは大企業の潤沢な内部留保を活用しつつ、どのように新しいビジネスを開発していくかといった考えの下で設立された新規事業開発室のようなものです。大企業のロジックの中での必然性があることですから、CVCは有用であると思います。

 ただ、ゼロからイノベーションを生み出す独立系VCとは役割が全く異なります。アメリカでは優れた独立系VCが多数あったからこそ、東証上場企業3896社の時価総額の合計をたった5社で超えるようなGAFAMをつくれたわけです。このような企業、ひいては世界を大きく変える起業家が生まれるキッカケづくりは、依然としてVCが担っています。そのためにも仲間を増やし続けていきます。