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総論 伝統の製造業とイノベーションの力で復活を目指す中部経済 中部圏社会経済研究所 代表理事 宮本文武

中部圏社会経済研究所 代表理事 宮本文武 みやもとふみたけ

日本経済を牽引するものづくりの集積地として知られる中部経済。円安や対中ビジネス、半導体不足などの影響で厳しい状況が続いてきたが、ようやく明るい兆しが見えてきた。今後の見通しについて中部圏社会経済研究所の宮本文武代表理事に聞いた。(雑誌『経済界』2023年11月号 第2特集「リブート中部経済」より)

中部圏社会経済研究所 代表理事 宮本文武 みやもとふみたけ
中部圏社会経済研究所 代表理事 宮本文武 みやもとふみたけ

製造業は足踏み状態も明るい兆しも鮮明に

 中部経済を支えてきた製造業が回復に向かい始めた。中部9県の景気動向について宮本代表理事は「足踏み状態」と指摘する。しかし、製造業は部品の調達難による生産縮小に見舞われたものの、鉄鋼、金属関係は比較的堅調で、生産調整分などの若干の変動はあったものの非自動車関係の業績が改善され、今後、自動車部品のサプライチェーンが正常化すれば期待は高まる。

 それに加えて、設備投資の意欲が強まっていることも重要で、今後、対中貿易が正常化すれば、中部地区の製造業にとっては大きな追い風になることが期待される。

 「中部圏社会経済研究所の分析では中部9県の景気動向(次頁図版参照)の現状は『足踏み』、先行きについても足踏み状態と判断しています。一般的には景気は上向いているように見えるかもしれませんが、もうしばらく良い傾向が継続しないと『改善』とまでは言い切れません。

 中部経済はものづくりを通じて世界とつながっているので、中国を中心とする世界的な製造業の不振が、景気を押し下げる原因となっています。今、懸念しているのは中国の経済状況です。中国経済が鈍化しているのは明らかで、その影響がどの程度のものとなるのか、心配しています」(宮本氏)

 中国では数年来、経営不安が指摘されてきた巨大不動産会社が連邦破産法15条の適用を申請したことで、「不動産バブル崩壊」の懸念が広がっている。負債総額が大きくなれば、「中国発」金融危機に発展するリスクもあり、日本全体への影響も計り知れない。

個人消費は堅調。スタートアップにも期待

中部圏 景気動向指数の推移
中部圏 景気動向指数の推移

 一方で個人消費については、好調な企業業績と賃上げを背景に、改善していくものと見られる。自動車関連企業が部品等の値上げに柔軟に対応するなど価格転嫁が進んでおり、加えてベースアップもあり、個人の消費マインドは確実に上がってきている。可処分所得が増加して、コロナ禍で制限されていた旅行や飲食なども正常化されたので、飲食業や観光業などは息を吹き返している。

 「個人消費の回復は中部圏全体でもそうですが、特に名古屋を中心に盛り上がっています。もちろん、値上げの影響は無視できませんが、実際にベースアップがあったので、消費者のマインドが意欲的になり、コロナ禍で抑えられていた行動が大きく変わりました。大企業だけでなく中小企業も含めてベースアップがあったのは大きかったですね。

 また、トヨタが価格転嫁で調達価格を値上げするというニュースも、他の企業にとってはとても良い話題になったと思っています。消費マインドが上向きになったことと、製造業の設備投資や企業業績が改善したことが良い要因になっています。インバウンドの復活もあり観光産業や飲食業界は業績が戻ってきていますが、ここに来て掃除や接客するスタッフの人手不足が問題となっています。今後もそれが心配です」(同)

 現在、名古屋の中心市街地は、再開発ラッシュに沸いている。特に栄地区では商業施設やオフィス、ホテルが入居する複合ビルが建築中だ。24年に竣工する「中日ビル」は地上33階・地下5階の超高層ビルで地域のランドマークタワーになる。名古屋駅の周辺では将来のリニア中央新幹線の開業を控えて、超高層複合ビルやマンションなどの建設も活発化している。

 中部圏には神社仏閣に加え、豊かな自然を背景とした天然の観光資源も豊富だが、昨年11月に新しい観光施設として人気アニメの世界観を再現した「ジブリパーク」が開業、大きな人気を集めている。観光資源が多様化して世界中のインバウンドを受け入れる態勢が整えば、観光立国としての中部経済の価値はさらに高まるに違いない。

 経済を活性化させるためにはスタートアップやベンチャー企業の育成が欠かせない。行政や経済団体などが中心となって愛知県内にはインキュベーション施設が増えており、産学連携で技術開発に弾みを付けたり、上場を目指す起業家も増えている。

 「中部圏はトヨタを中心として製造業が強いこともあり、どうしても製造業に頼りすぎる体質があります。また名古屋の人は保守的なイメージがありますが、それを払拭して働き方や発想の自由度を高めないとイノベーションが起こりにくいとも思います。まずは、もっとチャレンジできる環境や企業内『起業』ができる雰囲気をつくることが大事です。イノベーションを起こしやすい雰囲気づくりや制度を設けて、発想や行動の自由度を高めることが重要で、われわれもこうしたことを積極的に発信していきます」(同)

 伝統の製造業にイノベーティブな行動が生まれれば、中部経済はさらに発展していくに違いない。