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遺伝情報に直接アプローチ核酸医薬品が開く可能性

松井雅章&岡本晃充 東京核酸合成

松井雅章&岡本晃充 東京核酸合成
松井雅章&岡本晃充 東京核酸合成

(雑誌『経済界』2023年11月号 巻頭特集「ベンチャーが導く『がん治療』革命」より

 がん細胞だけを選択的に殺せないか。近年のがん治療において、多くの研究者が突き詰める命題だ。28、29ページで取り上げた光免疫療法もそうした発想から生まれた治療法だが、異なるアプローチで取り組む研究もある。

 注目される研究のひとつが「核酸医薬」だ。一般的にがん治療に使われる医薬品は、化学合成によって製造される低分子医薬品や、免疫療法で使用される抗体医薬品。それに対して核酸医薬品は、タンパク質のもととなるDNA、RNAなどの核酸を患者に投与することで、病気を引き起こすタンパク質の合成や機能を抑制する効果を狙う。病変を生む遺伝情報に直接作用するため、これまで治療が困難だった疾病への活用が期待される。

 新型コロナワクチンを開発した米モデルナや、同じくコロナワクチンをファイザーと共同開発した独ビオンテックをはじめ、世界中の企業が核酸医薬の研究を熱心に進めている。

 東京大学大学院工学研究科の岡本晃充教授らが2022年4月に創業した東京核酸合成では、この核酸医薬をがんの治療に生かす研究を行う。

 人間の体に備わっている免疫機能は、外来の核酸の二重らせん構造を異物とみなして攻撃する性質を持つ。岡本氏らはこの特徴に着目。がん細胞のなかで短い核酸を集めて二重らせん構造「核酸集合体」を作ることにより、免疫の働きでがん細胞をアポトーシス(自殺)させる仕組みを作れないかと考えた。

 がん細胞には、特殊なマイクロRNAが正常な細胞と比べて過剰にみられる。このマイクロRNAめがけて核酸医薬「oHPs(Oncolytic DNA Hairpin Pairs)」を投与し結合させることで、核酸集合体を作る。投与する核酸がヘアピンのように見えるため、同社はこの技術を「ヘアピン核酸技術」と呼んでいる。

 「ヘアピン核酸技術」の特長は、投与した核酸が、がん細胞だけに過剰に発現するマイクロRNAに付着するため、正常な細胞を攻撃しないことが期待される点だ。既にマウスを使った実験では、腫瘍の増殖が抑制されることを確認している。

 現段階での課題は、がん細胞のマイクロRNAに、いかに着実に素早く薬剤を届けるかという点だ。体内での薬剤の分布を制御し、目的の場所に薬剤を届ける技術のことを、DDS(ドラッグデリバリーシステム)と呼び、さまざまな製薬会社や化学メーカーが研究・開発している。自社の医薬品と相性が良く、効果の高いシステムを採用することが目下の目標だ。

 現在同社のCEOを務める松井雅章氏は、もともとゴールドマンサックス証券の営業パーソンだったが、アカデミアの世界に転がっているビジネスのシーズを社会実装できればと考えていたとき、岡本氏に出会う。

 「この技術を社会実装できれば、点滴1本でがんが治せるかもしれません。ゆくゆくは世界中に届いて、医療格差の解消にもつながるかもしれない。リスキーかもしれないけれど、飛び込んでみる価値があると思ったんです」(松井氏)

 副作用の少ない新たながん治療薬の候補となるか。文=小林千華