経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

がん患者の生活を変える?「治療用アプリ」開発の今

(雑誌『経済界』2023年11月号 巻頭特集「ベンチャーが導く『がん治療』革命」より

 Medical(医療)×Technology(技術)で、IoTなどのテクノロジーを医療に生かす「メドテック」の領域が盛り上がりを見せている。その関連技術として、薬剤などを使って直接患部にアプローチするわけではないが、疾患による痛みをコントロールしたり、治療の効果を高めたりすることを目指せる手法がある。スマートフォンなどにインストールして使う「治療用アプリ」だ。

 治療用アプリは、治験や薬事承認申請といった手順を経て、医療機器として製造販売承認を受け、薬剤などと同じように医師が患者に処方するもの。ニコチン依存症や高血圧など、生活習慣の改善が治療プログラムに影響する疾患では、既に活用され始めている。機能は疾患によってさまざまだが、診察時以外にも患者の生活の様子や現在の病状を医師と共有することができたり、必要に応じて、医師による診療をアルゴリズムがサポートしたりする。

 現在、この治療用アプリをがん治療に活用する開発が進められている。2016年にはフランスの医師が、初回の化学療法(抗がん剤)、放射線療法、外科手術を終えたステージ3~4期の肺がん患者のグループに治療用アプリを処方した結果、アプリを処方されなかったグループと比較して、その後の生存期間の中央値が約7カ月長くなったと発表している。また、18年には米マサチューセッツ総合病院の医師らが、AIを搭載したスマホアプリを、がん性疼痛を有する転移性固形がん患者に処方したところ、一般的な緩和ケアで対応した患者のグループよりも痛みの重症度が低下し、治療に対する後ろ向きな気持ちが改善、不安の度合いが減少するとともに、重症化による入院頻度も減少したと発表した。

 国内でもがんの治療に貢献するアプリの開発が始まっている。特に期待度が高いのが、ニコチン依存症の治療用アプリで、国内での治療用アプリの薬事承認取得第1号を勝ち取っているCureApp(キュアアップ)。20年11月、がん患者支援を目的とした治療用アプリの開発を、第一三共と共同で開始したと発表した。通院で抗がん剤などの薬物療法を受けている患者に対し、日々変化する症状や副作用に、医療機関がリアルタイムで対応することは難しい。がん治療薬の開発に力を入れる第一三共が協力することで、より患者と医師双方のニーズに合った機能の実装を目指す。

 CureAppは、治療用アプリの持つ可能性として、「医療費の高騰や医療格差の拡大など国家レベルで抱えている深刻な問題を解決」しうる点を挙げている。アプリの効果で全国どこにいても高い水準の医療を受けられるようになれば、患者本人だけでなく広い範囲に良い影響が及ぼされる可能性がある。

 現在、入院期間をなるべく短くし、仕事などと両立しながら通院でがんを治療する方法が増え、そんな治療スタイルを望む患者も増えている。しかしその分、直接医師の目の届かない場所で患者が行動する機会も増え、重篤な症状につながるトラブルが発見されない可能性も出てくる。病院に行かない期間も医師と密にコミュニケーションができるのは、テクノロジーが進歩した現代ならではだ。がんの治療用アプリが実現すれば、私たちのイメージする「がん患者の生活」はより活動的なものに変わるかもしれない。