経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

罹患者の4分の1が生産年齢企業のがん対策が問われる

武田雅子 メンバーズ

2019年に新たにがんと診断された99万9075人のうち、主な生産年齢に当たる15~64歳は24万2903人と、約24.3%を占める。今後定年延長や定年後再雇用で、この割合はさらに上がるだろう。企業はいかに経済的損失を抑え、従業員をサポートしていけるか。文=小林千華(雑誌『経済界』2023年11月号 巻頭特集「ベンチャーが導く『がん治療』革命」より

がんになっても働ける?従業員の不安を解消せよ

 映画『50/50 フィフティ・フィフティ』では、ラジオ局に勤める27歳の主人公が突然がんと診断される。主人公が診断結果を伝えた途端、同僚や友人、恋人、両親までが彼への態度を一変させる様子が描かれている。しかしそのなかでも、ただ一人の親友だけが変わらず彼に接してくれることが大きな救いとなり、主人公は周囲との関係性を見直しながらがんと向き合えるようになっていく。

 この主人公ではないが、実際がんと診断された際に、周囲がどういう反応を示すかが気になる人は少なくないはずだ。特に治療技術が進歩した昨今では、仕事を続けつつ治療が受けられるケースも増えている。しかし、職場に迷惑をかけてしまうのではないか、がんについて伝えることで仕事を回してもらえないなどの不利益を被るのではないかという懸念を拭い去るのは難しい。

 国立がん研究センターがん対策情報センターが2020年10月に発表した「患者体験調査報告書 平成 30年度調査」によると、がんと診断された時に収入のある仕事をしていたと回答した人々のなかで、治療のために「退職・廃業した」人は19・8%、「休職・休業はしたが、退職・廃業はしなかった」人は54・2%。このなかにはもちろん、診断時点で既にがんが進行しており、治療をしながらの就労継続が望めなかった人も含まれる。しかし、診断を受けた動揺や不安から、職場や医療機関と十分に相談しないまま退職を選択してしまう人もいる。また、そもそも治療を受けながら働ける環境が整っていない職場も多い。

 しかし、もっと早く見つけていれば治せたかもしれないがんのために従業員が辞めてしまったり、長期間休職せざるを得なくなったりしてしまうことは、企業にとっても経済全体にとっても損失だ。患者本人にとっても、がんが治ってから再就職する負担を考えれば、職場の理解を得て働きながら治療が受けられるに越したことはないだろう。さらに、高齢化で働き手の平均年齢が上がれば、それに比例して働くがん患者も増えることは想像に難くない。

 そこで現在、企業内での取り組みや、有志によるコミュニティの活動が注目される。

 カルビー、サッポロビール、電通などのがんを経験した従業員有志で構成される団体「WorkCAN’s(ワーキャンズ)」は、「企業内ピアサポーターの育成」に取り組んでいる。ピアサポートとは、病気や障害などの経験を生かして、同じ立場に置かれた人をサポートすること。新たにがんと診断された従業員が出たとき、社内に相談できる人がいると知っていれば精神的な支えになるし、今後の治療と仕事のバランスについても、社内の制度と照らし合わせて的確なアドバイスが得られる。ワーキャンズでは、企業研修や意見交換などを通じ、企業のがん対策を推進している。

 一企業として特に注目すべき取り組みを行っているのが伊藤忠商事だ。もともと働き方改革に情熱を注いできた同社は、17年から「がんと仕事の両立支援策」を打ち出している。まずがんの予防と早期発見のため、40歳以上の社員全員が5年ごとに国立がん研究センターの専門検診を無料で受けられ、がんが発見されれば即座に治療に入れる体制を作った。また、がん先進医療費は会社が全額負担するため、社員は高額な医療費を心配せずに治療に専念できる。各部署には両立支援コーディネーターが置かれ、治療と仕事の両立をサポートしてくれる。さらに、がんと治療の両立そのものが「業務」とみなされ、個人の評価指標にも反映される。

 ここに挙げたのは特に手厚い例だが、検診の徹底や柔軟な働き方の採用も立派ながん対策と言える。企業にとってはまず、がん対策の必要性を知ることが急務だ。

武田雅子 メンバーズ
武田雅子 メンバーズ 専務執行役員CHRO
たけだ・まさこ 1989年、クレディセゾン入社。営業推進部トレーニング課長、戦略人事部長などを経て2014年に取締役就任。自身の乳がんの経験を生かしてがんと診断された従業員をサポートする。18年に同社を退職。カルビー常務執行役員CHRO人事総務本部長を経て、23年3月より現職。

働く環境づくりは経営者の責務

私は36歳のときに乳がんと診断されました。クレディセゾンで人事部、営業推進部の課長を兼務していた頃です。手術のために3週間入院し、その後も出社前に放射線治療に通う日々が続きましたが、上司や同僚との意思疎通がうまくできていたので、仕事とのバランスを取りつつ通院治療を終えられたと思っています。周囲が常に私を気にかけてくれたためでもありますし、私自身も現状や今後の治療計画についてこまめに周囲に情報共有していたことで、スムーズに仕事の分担ができました。

 その経験を生かし、がんサバイバーの就労問題についての意見交換の場に参加したり、自身でも社内コミュニティを立ち上げたりしてきて、現在も一般社団法人CSRプロジェクトという団体をメインに、活動を続けています。企業向けのセミナーや実態調査などを行いながら見ていると、この10年余りで企業の在り方も随分変わってきたと思います。社員の検診のフォローアップだけでなく、いざがんと診断された社員が出れば、本人と適切なコミュニケーションをとって柔軟な働き方を提案するなどの取り組みをする企業がとても増えました。

 特に、新型コロナで働き方が変わったところで、がんサバイバー就労支援の取り組みも一気に加速した感がありますね。コロナ禍で一般的になった在宅勤務やフレックスタイム制度は、がん患者やその家族にも有効な制度です。

 とはいえ、がんという病気にはまだ不治の病という印象を持つ人もいますし、社員に「がんになった」と言われれば身構えてしまう管理職、経営者は多いはずです。しかし、そういう社員が出たときに会社がどう対応するのか、他の社員は必ず見ています。ですから、ただがんの対策をするというよりも、時代に合わせて柔軟な働き方ができるように制度を整える、その目的のなかにがん対策を置いて考えればいいのだと思います。

 ウェルビーイングの観点からも、働くことに多少ハンディがある社員にとっても働きやすい環境を整えることは、いまや経営者の責任です。そこで配慮すべき属性のひとつにがんがあるというだけです。

 私は活動のなかで、企業が社員のがん対策をする過程で、組織としての結束が強くなるシーンを何度も見ています。安心して働ける環境ができることは、社員の士気向上にも人材の確保にも有効で、まさにいいことだらけ。ぜひ企業戦略の一環として、がん対策に取り組んでほしいと思います。(談)