ガソリン価格の上昇が続き、8月下旬には最高値を更新した。これを受け、政府はもともと9月末までだった補助金を年末までに延長する方針だ。国内新車販売台数は回復が続いているが、ブレーキがかかる懸念もあり、電気自動車(EV)へシフトする契機になる可能性もある。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2023年11月号より)
ガソリン税軽減ではなく補助金頼みの急場しのぎ
8月30日に経済産業省が公表した28日時点のレギュラーガソリン1リットル当たりの全国平均小売価格は、前週から1円90銭高い185円60銭。統計上比較可能な1990年以降の最高値を約15年ぶりに更新、9月4日には186円50銭をつけた。
背景には、石油輸出国機構(OPEC)とロシアなどの産油国でつくるOPECプラスが協調減産を行い、原油相場が高止まりしていることがある。しかし、米国などでは最高値をうかがうような状況にはない。日本特有の要因として、円安により、円ベースでの調達コストが膨らんでいることが追い打ちをかけた。そして、昨年導入した補助金が段階的に縮小されていることもガソリン価格を押し上げた。
岸田文雄首相は8月30日午後、官邸で自民、公明両党のガソリン価格高騰の負担軽減に向けた提言を踏まえて、新たな支援策を実施すると表明。補助金により、10月中に175円程度の水準を実現すると強調した。
ガソリン価格の上昇を抑える策としては、3カ月連続で160円を超えた際にガソリン税の一部を軽減する「トリガー条項」があるが現在、凍結されている。凍結は東日本大震災の復興財源捻出のためで、解除には震災特例法の改正が必要だ。機動的な対応が難しいほか、国・地方の税収が減る。このため、トリガー条項の発動には知事らの反発が強いだけでなく、旧民主党政権時に導入されたことも、政府・与党が活用したがらない理由の一つとみられる。
国民民主党の玉木雄一郎代表は、補助金延長とトリガー条項の凍結解除、暫定税率や二重課税の廃止を主張していたが、政府が補助金の延長だけで対応するとの報道を受けてX(旧ツイッター)に「せこい!」と投稿した。高値が長期化した場合は補助金の再延長もあり得るが、現時点での政府の対応は「急場しのぎ」に映る。
JAF(日本自動車連盟)も、抜本的な解決策を求めた。8月31日にホームページで、185円60銭のうち、ガソリン自体の価格は114円90銭で、税金のため価格が約1・6倍になっていると棒グラフを示して指摘。そして、「この機会に以下の事項について改めて強く要望します」として、「ガソリン税等に上乗せされ続けている『当分の間税率』を廃止すべき」「ガソリン税に消費税が課税されている『Tax on Tax』という不可解な仕組みを解消すべき」とした。当分の間税率とは、2010年度税制改正で、現在まで暫定的に課せられている特例税率で、1リットル当たり25・1円。これや二重課税という根幹の問題に手をつけず、補助金でやり過ごそうとする政府に対するいら立ちが読み取れる内容で、「このような自動車ユーザーが到底理解・納得できない仕組みを一刻も早く解消すべきと考えます」と主張した。
一方、海外では、ガソリン価格を抑制するための補助金政策を採用する国は減っており、欧米で続けているのは、激しいインフレに苦しむ英国くらい。日本でも国民負担を重くし、脱炭素に逆行する政策として長期的に維持されるかは不透明だ。補助金の対象について、個人は低所得者に、事業者は運輸業者や農林水産業者に絞るべきだとの指摘も根強い。そうなると、今回は補助金で抑えられることになったガソリン価格が将来は再び高騰し、200円を超えていく懸念もある。
新車販売市場復活もガソリン高が冷や水に
ガソリン価格の高騰は、公共交通機関が未発達で移動手段を自動車に頼り、1世帯に複数台の車があることが普通の地方経済に大きな打撃となる。高値が長期化すれば、地方を中心に、車を買い替える動きが鈍り、自動車市場を冷え込ませかねない。
足もとの販売状況は好調だ。日本自動車販売協会連合会と全国軽自動車協会連合会が発表した8月の国内新車販売台数は、前年同月比17・3%増の34万342台。前年同月比のプラスは12カ月連続。もっとも、前年は半導体不足などで新車販売が落ち込んでおり、その比較では販売増は当然ともいえる。季節的要因があるため単純には比較できないが、今年6月は39万2719台で、7、8月はこれより低い水準となっている。また、8月の内訳をみると、登録車(軽自動車以外)は19・4%増の21万3865台。軽は14・0%増の12万6477台と、2カ月ぶりに前年同月実績を上回った。
ガソリン価格の高止まりを受け、燃費性能の高い車の人気が高まる可能性がある。思い出されるのは、10年代前半、ハイブリッド車(HV)が火をつける形で、熾烈な燃費競争が繰り広げられたことだ。トヨタのHV「プリウス」が人気となる中、11年9月にはダイハツ工業の軽自動車「ミラ イース」が、同年12月にはスズキの軽自動車「アルト エコ」が発売された。両車はエンジン車にもかかわらず、HVに負けない燃費性能を実現。カタログ燃費では1リットル当たり30キロ走るとしたミラ イースは「第三のエコカー」というキャッチコピーを掲げて投入された。当時は新車販売促進策としてエコカー減税やエコカー補助金が導入されており、競争は過熱した。
しかしその後、極端な燃費性能は下火になっていく。室内空間が広く使い勝手が良いスーパーハイトワゴンとして人気になったホンダの軽自動車「N-BOX」が17、18年と登録車を含めた新車販売台数で首位を獲得したことは、燃費以外の価値に着目して車を買う人が多くなったことを象徴する。このほか、自動ブレーキや前方の車を自動で追従するクルーズコントロール、駐車支援システムなどの安心・安全機能も進化。燃費を含めた総合的な車の価値が見直されるようになったと言える。
ただ、今年7月の国内新車販売台数の車名別順位は、1位がトヨタの小型車「ヤリス」、2位は「N-BOX」、3位はトヨタの「カローラ」で、車両価格が低く購入しやすいことが大きいとみられるが、いずれも燃費性能にも優れた車だ。
維持費で大きな差が生じれば、ガソリン高はEVの普及を後押しする可能性もある。東京電力エナジーパートナーは、ホームページでガソリン車とEVの維持費を比較。1万キロ走ったときの試算として、EVが5万1646円で済むのに対し、ガソリン車は10万9890円だったと示し、EVがガソリン車の2分の1以下のコストで済むとした。ガソリン車の価格は1リットル当たり165円で計算しており現在、さらに差は広がっているとみられる。
EV市場を左右するガソリン価格の行方
22年(1~12月)をみると、EVの新車販売台数(登録車)は約3万1600台。約2万1千台だった前年から約1・5倍に増えた。しかし、普通乗用車の販売台数が約222万台なので、EVの割合は全体の約1・4%に過ぎない状況だ。
この販売比率をみると、少なくとも国内では消費者がEVを強く求めていない状況だと言える。「買いたいEVがない」と様子見している消費者が多いようだ。
しかし、特に地方都市での通勤や通学との利用と相性がいいという指摘もある。決まった距離の通勤などで乗り、帰宅して朝まで充電することを繰り返すと、エネルギー代を節約できるからだ。資源エネルギー庁によると、9月4日時点の自治体別価格はいずれも1リットル当たりで、最も高い長野県が194円50銭。鹿児島県の192円90銭、長崎県の192円10銭などが続いた。
電池を搭載するEVは、同じクラスのエンジン車と比べて割高になるが、国の補助金などを活用することで出費を抑えられる。22年6月には日産と三菱自動車が軽自動車EVを投入。それぞれ「サクラ」(日産)と「eKクロスEV」(三菱自)として、約1年間で生産台数が累計5万台を達成するなどヒットした。
日本の自動車メーカーは中国で販売を大幅に減らしている。これは、現地で人気の高いEVでまだ、魅力的な商品を投入できていないからだ。米バイデン政権もEV振興に力を入れており、日本メーカーもこうした世界市場への対応を強める見通しだ。このため、海外での拡販を視野に投入するEVの日本市場向け商品が次々と登場するとみられ、今は乗用車全体の中で小さなシェアでも、徐々に向上していく可能性が高い。特に、EVならではの利便性や魅力を打ち出した車が登場したとき、ガソリン価格が高止まりしていれば、EVの普及加速を後押しする公算が大きい。商品力が重要なのは当然だが、「賃金がなかなか上がらない」という景気状況が続く限り、10年代のように燃費競争が過熱する中で、当時はほぼなかったEV市場が一気に拡大することも考えられる。