昨年『ONE PIECE FILM RED』が年間興収ナンバーワン作品となり、今年も『THE FIRST SLAM DUNK』が150億円を超える大ヒット。2021年から3年連続で100億円超え作品を生み出した東映。今年2月の手塚治元社長の急逝から4月に新社長に就任した吉村文雄氏に、これからの舵取りを聞いた。聞き手=武井保之 Photo=逢坂 聡(雑誌『経済界』2023年11月号より)
吉村文雄 東映社長のプロフィール
歴代社長と系譜が異なる新社長が担う新たな責務
—— 手塚元社長の急逝から新社長に就任されるまでの2カ月間はどのような動きがあったのでしょうか。
吉村 会長の多田憲之がいったん社長を兼務しましたが、やはり業務が集中してしまうなどの弊害があり、3月中旬に多田から4月1日付での社長就任の話を受けました。私が手塚の後任という既定路線があったわけではなく急な話だったのですが、2週間でなんとか準備を進めました。
—— 手塚元社長やその前に社長を務められていた岡田裕介さんはプロデューサー出身です。コンテンツ事業を担ってきた吉村社長とは系譜が異なります
吉村 そうですね。私は映画部門を経験していませんので、歴代社長の経歴と比較すると異色だと自分でも思います。
映画の製作配給を本業にしている会社なので、最初に打診されたときは、作品プロデュースなど製作経験のない人間がトップに立てるのかと個人的には考えました。しかし、業界を取り巻く環境が大きく変わり、昔のように映画を作って、映画館で上映してという映画の製作と配給・興行のみで収益を得ていく時代ではなくなっています。ライツビジネスという言葉が一般化していますが、今はひとつの作品をさまざまな形態でビジネス展開し、いかに収益を最大化するかが重要です。同分野に長く携わってきた私には、その知見も経験値もあると思っています。
—— 吉村社長は東映の配信ビジネスも手がけてきました。
吉村 配信ビジネスに関しては、おそらく東映が業界でもっとも早く参入していたと思います。私は2001年に専門部署を立ち上げた創設メンバーでしたが、ガラケー時代の着メロ、着うたを扱う音楽配信事業からスタートし、通信会社とのつながりを強めて、映像配信事業に乗り出しました。02年7月には仮面ライダーなど特撮作品を有料配信する「東映特撮BB」を立ち上げています。当初はずっと赤字続きでしたが、潮目が変わったのがスマホの普及と外資系プラットフォーマーの参入。そこから現在のビジネス状況につながります。東映は映像配信を20年以上続けているんです。
—— 映画製作が最優先であるのと同時に、コンテンツ収益最大化も同列に位置付ける会社経営の意思表示が、吉村社長の就任なのですね。
吉村 今年2月に発表した東映グループ中長期VISION「TOEI NEW WAVE 2033」にも掲げていますが、2次利用を含めた映像作品およびIPの最大化に重点を置いていきます。ただ、2次利用での収益を大きくするには、作品のクオリティーを高める必要があり、1次利用での映画興行をまずヒットさせなければならない。立ち返ると、どれだけ映画企画のグレードを上げられるか、興行収入を稼げる作品を並べていけるかが重要になります。ライツビジネスが注目される時代になったからこそ、大元になるコンテンツの力がより一層重要になる時代です。
グローバル展開へ。企画開発の新会社設立
—— 創立70周年記念作品『レジェンド&バタフライ』は24・7億円のヒットになりました。
吉村 邦画実写としても時代劇ジャンルとしても立派な数字です。製作費が膨らんだため事業収支では厳しい面もあるのですが、時代劇でここまでクオリティーの高い作品を作り、観客の評価を頂いたことに意義があります。Amazonさんにも高く評価いただき、邦画実写で初めて全世界同時配信作品になりました。視聴数も非常に良いと聞いています。
10年後には東映グループの海外売上構成比を50%まで引き上げることを中長期VISIONに掲げています。アニメはすでに海外シェアが高く、良い成績で推移していますが、実写の海外売り上げはまだ全体の数%ほど。いかに世界で売れる作品を作るかがこれからの課題です。
—— 時代劇はそのために注力していくジャンルになりますか。
吉村 東映が長年培ってきた得意ジャンルでもあり、最大のセールスポイントでもありますので、時代劇は重要なコンテンツです。今回のようにスケール感のある時代劇作品を継続的に作っていきたい。東映京都撮影所で毎年1本は新作大型時代劇を製作するサイクルの確立が目標です。
—— 『聖闘士星矢 The Beginning』は、ハリウッドメジャープロダクションとの共同製作で自社IPを実写化するチャレンジングな枠組みでした。
吉村 東映アニメーションが長くテレビアニメや劇場アニメとして育ててきた作品をハリウッドスタジオと手を組んで実写化し、全世界配給しました。残念ながら興収はあまり伸びませんでしたが、ハリウッドのメジャースタジオと直接つながる枠組みであり、グローバル展開のひとつとして、このビジネススキームは継続していきたいと考えています。
—— 7月に新設したFLARE CREATORSは、世界市場を意識した企画開発会社です。
吉村 グローバル展開できる企画を生み出すことに注力する新会社です。これまで日本では、企画提案に対して費用が支払われず、案件として成立して初めてフィーが生まれる商習慣がありました。そうではなく、企画が成立するしないにかかわらずアイデアやクリエーティブに対して一定の対価を支払う仕組みを採用します。それが担保されることで、クリエーターはビジネスとしてしっかり提案できる形まで企画をブラッシュアップできる。※プリビズなどによって企画が視覚化されれば、投資家は出資判断がしやすくなる。すでに企画の持ち込みや相談が来ています。まずは立ち上げたところですが、ここ5年のうちに10本ほどの企画を具現化させたいと考えています。
時代に応じて変化する〝なんでもあり〟こそ東映
—— 社長として、東映をどういう会社にしていきたいと考えますか。
吉村 私は東映という映画会社に入社以来、映画とまったく関係のない仕事に数多く携わってきて、それがおもしろかった。イベント事業では、自分で企画し自分の裁量で動き、多岐にわたる仕事をしてきました。いまの若手社員には、やりたいことにチャレンジし経験値を積んでほしい。自発的に面白いことをやる社員が増えれば、会社全体の活力につながります。それをビジネスにする環境をつくるのが上の世代の役割です。
東映の映画は、時代によっていろいろな要素やジャンルを求められてきました。社員の「こういう企画がやりたい」に端を発して映画が製作され、ヒットすれば続編につながり、それがまた当たれば類似した企画を横に広げていく。とにかく面白いものを作って広げていこうとするバイタリティーがありました。その社風は今ももちろん残っていますが、時代にあわせてスマートになっている。型にハマった仕事をするのではなく、社内から多種多様なアイデアが生まれてくるのが理想です。そこから創出される新しい事業の芽を育てていきたい。
—— 会社としての〝東映らし
さ〟をどう考えますか?
吉村 今年11月23日に公開予定の『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』もその象徴のひとつだと思うのですが時代を問わず一貫しているのは、面白いもの、儲かるものなら何でもトライすることを常に続けてきたところです。いろいろなことに手を出したからこそ何かがうまくつながって、70年存続することができました。
かつて、テレビの登場によって映画が斜陽産業になったときに、テレビドラマ制作に最初に乗り出したのも東映でした。変化への目鼻が利くから、時代に応じて変わり身が早い。常に新しいビジネスを起こして渡り歩いてきたのが東映らしさ。運と勘でやってきたところはありますけど(笑)。でも、今の時代はそれだけではまわらない。ビジョンを作り、しっかりと戦略を立てていきます。
—— 吉村社長の映画体験を教えてください。
吉村 母親が洋画好きだったので、イングリッド・バーグマンなどの映画をよく見せられました。子供心には『東映まんがまつり』や『ゴジラ』を見たかったんですけど、そういうものはなかなか見せてもらえず。その反動で小学生の頃、当時流行っていたパニック映画を見に行き、ショックを受けて。その体験が後を引いて、スプラッター系のホラー映画好きになりました(笑)。そういう時代がありながら雑多な映画を見てきましたが、子供の頃一番怖かったのは『ジョーズ』ですね。どんな作品にしろ映画館という特別な場所で映画を鑑賞する体験は何ものにも代えがたいと思います。
※映像製作において、事前にイメージなどを共有するために、コンピューター上であらかじめ画面設計をすること。